「剣士フレデリック」
虚空を竜の影が舞う。もう、珍しくも無い光景だ。フレデリックは重たいプリガンダインに身を包み、同じく身に余る長剣を腰に佩いていた。
いまいち、腹具合が満たされない。明らかに上手く食べていけていない。剣士、いや、戦士としてそれは良くないことであった。
フレデリックは半ばふらつきながら午後の宿場町を歩く。だが、ここは宿場町などとは仮の姿で、北へ進めばすぐ帝都、南へ旅すれば、帝国自然公園があるぐらいだ。では、この町の宿という宿の数々は誰のために用意されたものか。そして町を歩く者達の中に時折、眼光鋭い者がいるのは何故か。
それはここにはコロッセオがあるからだ。コロッセオ、コンサートなども行われるが、大体は、闘技が披露されている。
鋭い目つきの者達は、闘技で名を上げようとする自称猛者達であり、宿に泊まるのはそういった者達と、その試合を観戦に訪れている客たちであった。
一本道の先にコロッセオが鎮座しているのが見える。円形でそれは大きな建物だった。闘技に出れば、全ての方角から客達に観られ、拍手喝さい声援を浴びる。
フレデリックはふらふらと一本道を行き、円形の建物に開いた洞穴のような入り口に入った。中は薄暗いがカウンターの向こうは煌々と燭台の火が照らしていた。
「よぉ、今日も来たぜ」
フレデリックは馴染みの受付嬢に言った。
可愛らしい相手は目を見開いていた。
「フレデリックさん、御やつれになったみたいですが、大丈夫なんですか? 一度故郷へ戻られた方が良いですよ」
「コロッセオが出来てから皆勤賞だけが俺の誇りだ。最後に残ったそれを捨てるぐらいなら飢えて死んだ方がマシさ」
「そんなこと……」
言葉に詰まる受付嬢にフレデリックは長剣と参加費である銀貨一枚を渡した。
「ジェーン、案内してあげて」
受付嬢が言うと、ウサギの耳を頭に着け、黒いレオタード姿の妖艶な女性が現れた。
「フレデリック、あなた、また来たの?」
ジェーンもまたどこか呆れたように言った。
「来たよ。最初の相手はヴァンか、ウィリーか、ドラグナージークか、楽しみだぜ」
「夢見るのもたいがいになさいね。さぁ、案内するわ」
ジェーンが先に行き、フレデリックは歩んだ。薄暗い一本道、この先を行けばまぶしい太陽に照らされた試合会場だ。
だが、ジェーンは廊下の扉を開け、フレデリックを導いた。
「なぁ、ジェーンさん。こんな個室に男と二人だけとか、少しここの運営の奴らに首をかしげるんだが」
「何かされたら金玉蹴り飛ばせ良いだけの話よ。それより、装備を選んで」
ここは控室であり、選手は籠に入った木で作られた様々な武器を選ぶのだ。だが、大きさ、長さなどはいろいろ揃っているが、種類は木剣に槍ぐらいしかない。ウィリーは本来ならウォーハンマーを使うが、妥協して両手持ちの木剣を武器に選んでいる。そんな人物も少なからずいるが、フレデリックは片手持ちの剣を愛用している。受付に預けたブロードソードと同じ型の物を難なく選んだ。
「フレデリック、一度、故郷へ帰った方が良いわよ」
「それはできない」
「そんなフラフラの身体じゃ、また負けるのは確定してるわよ。ちゃんと食べてないんでしょう?」
「まぁな。だが、一回戦を突破すれば、賞金が手に入る」
「受付に支払った参加費用が戻ってくるだけじゃないの。せめて二回戦は突破しないと」
「それが今日かもしれないぜ」
フレデリックが笑顔で言うと、ジェーンは腰からパンを取り出した。
「だったらせめてこれでも食べて」
「……すまない。ジェーン」
「良いのよ」
フレデリックはもらったパンに食らいつく。胃が満たされ、徐々に全身に熱が回り、意識がはっきりしてきた。
その時、扉を叩く音がした。ジェーンと同じ格好をした美人がそこに立ち、フレデリックを見た。
「あなた、また来たの?」
「俺はいつだって現れる」
「だったらせめて時間をずらしなさいよ。みんながどれだけあなたの心配をしていると思ってるの?」
「この時間は譲れない。戦いに矜持のある猛者達が集うこの時間帯だけは譲れない」
フレデリックはジェーンを振り返った。
「パンをありがとう。まだ温かかったよ」
フレデリックは扉の外へ出ると、薄暗い回廊を駆け、短い階段を上り、熱狂に溢れる試合会場へと飛び出した。
2
フレデリックは相手を見た。そこには一回戦を勝った相手が待ち受けていた。十連勝すればチャンプに挑戦できる。それがこの闘技場のルールであった。そしてルールといえば、投擲武器以外は体のどこに当たってもアウトというルールだ。例え鎧でもだ。
フレデリックが右手に握った木剣を振り回し、入場すると、会場もまた呆れたような声で溢れかえった。
「故郷に帰ったんじゃなかったのか?」
「才能ないのに、頑張るねぇ」
「お金の方はどうしてるんだろう」
彼の野望の前には大きなお世話だがフレデリックは、対戦相手である新進気鋭と呼ばれている女性剣士と向き合った。
カッコつけるために外装を着飾る者達の中、この剣士は厚手の布鎧に皮の装備と己の戦いやすい真正直な外装をしていた。最近売り出し中の剣士で、フレデリックから新進気鋭の肩書を奪い、ただのフレデリックにしてくれた少しだけ因縁のある相手であった。
ショートソードを手にし、腰にもグルリとショートソードを差していた。
そう、闘技場で投擲を得意としているのはこの女性であった。
審判が進み出てくる。戦う両者は六メートルの距離を取り、剣をそれぞれ正面に構えた。
この女の特技は投擲とすばしっこさだ。
何度も戦ったことのあるフレデリックは知っている。
「ヒルダ、勝負だ!」
「勝ちます、勝負ですフレデリックさん!」
「第二試合ヒルダ対フレデリック始め!」
審判の宣言と共に会場は声の渦が巻いた。渦は熱狂し、一つの音となっている。
ヒルダが踏み込んできた。
相手は剣を上段から振り下ろそうとした。
フレデリックは下段から救い上げたが、それは空を切った。
「しまっ!?」
声を上げた時にはショートソードがプリガンダインの胸部を打っていた。ヒルダはフェイントを仕掛けたのだ。
「勝者、ヒルダ!」
会場は割れんばかりの怒声に包まれた。フレデリックのあまりの情けなさに観客達が激怒したのだ。
「さぁ、退場して」
審判が促した。
「ヒルダ、また強くなったな」
フレデリックは相手にそう述べると怒号の中、堂々と会場を後にしたのだった。