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作者: はらけつ

この街のスカイラインは、低い。

いや、この世界のあらゆる街のスカイラインは、低い。

だから、この世界の空は、高く大きく広い。



「ホンマですか?」

「ホンマです」

「で、どこへ?」

「どこかへ」



ある日、地球は侵略された。

いや、正確に言うと、侵略はされてない。

星自体は、侵略されていない。

地球を覆う大気圏が、侵略された。

いや、これも正確に言うと、対流圏と成層圏と中間圏の、約99.9999%が侵略された(それより上方は、言うがもがな)。


ややこしい。

こういうことだ。


上空十八メートル以下は、今まで通り。

十九メートル以上は、侵略され済み。

日常生活には、さしたる不都合は無し。

ただ、飛行機等を使った空輸はNGになったので、そこらへんの物流に頼っていた業種は、軒並み業績を下げた。

庶民的に一番影響があったのは、プチセレブが食していた海外食品が、手に入らなくなったこと。

ま、でも、それは、地産地消に励めばいいだけのことなので、庶民のほとんど的には無問題。


物理的に、十九メートル以上の上空を利用することは、できなくなった。

十九メートル以上の上空を使用する可能性のあるものも、使用できなくなった。

目に見えなくても、物理的なものはダメ。

だから、電波もダメ。

よって、テレビやラジオ、ケータイやスマホ、WiFiや無線LAN始め、電波を使うものは、軒並み使用不可になった。


無理も無い。


十八メートル以下で電波が行き来している分には、支障は無い。

が、一旦、十九メートル以上に出てしまうと、その受送信は、容赦なく途切れてしまう。

たまに途切れるのなら、『まあええか』で済ますこともできるのだが、頻繁多発どころの騒ぎではなく、途切れは日常的に発生した。

イレギュラー事態とかそんな話ではなく、もうしっかり常態化。


そんな不安定なものにインフラを任せることは危険過ぎるので、今まで電波に頼っていたものは、すべて有線になる。

各家にぶっとい共同線が引かれ、その中で、テレビ線・ラジオ線・電話線・インターネット線等が同居することになる。


自然、生活は、電波を駆使していない頃に戻る。

時期的に言えば、昭和初期とか大正年間とか。

でも、昔に戻った生活になったわけではなくて、超ザックリ言えば、《通信機能を使うものに関しては、各家単位になった現状生活》みたいな感じ。


生活より街並みの方が、大きく変わった。

なんせ、十九メートル以上の建物が、皆無。

法的には、バッファゾーンを一メートルほど設けて、十八メートル以上の建物を禁止している。

おかげで、建物の屋根のラインは ‥ スカイラインは、十八メートル未満に規定されて、スキッと走っている。

おかげで、街の空は、高く大きく広い。

街並みも、開放感が半端無い。


これぞ、人の生活圏。

これぞ、人間の居住地。

必要以上に、『空が狭い』ってどうよ。

『今までが異常』なような気がして来た。

限度を超えて、大きな建物とか高い建物って、ホンマにいる?

『いらん』ような気がして来た。

『人寄せとか、見栄とか、誇示だけ等』のような気がして来た。


ある意味、空を侵略されて、そこらへんの考え方を転換せなあかんようになったのは、『良かった』ような気がする。

基本的に、以前と変わらす、(電波関係除いて)なんも生活に不自由してないし。

いや、よく、十八メートル以下を残してくれたよ。

寛大な侵略者に、拍手。

なんでも、十八メートル以下が死守されたのは、日本のおかげらしい。



侵略者へのロングインタビュー (抜粋)


「この度の侵略では、地表十八メートル以下を、

 現状のまま残してくださいましたね?」

「ああ」

「どうしてですか?」

「私達は、地球の文化をリスペクトしているので、地球人類を滅ぼして、

 その文化を失うことは、避けたかったんだ」

「それは、どのような文化でしょうか?」

「特には、日本の文化が挙げられると思う」

「具体的に、お聞きしてよろしいですか?」

「構わないよ。

 特に、日本のアニメーションに、みんな親しんでいるね」

「日本のアニメーション ‥ 」

「ああ。

 地球の電波を傍受して、録画していたやつも多い。

 時期的には、日本の昭和後期のアニメになるのかな」

「では、今の日本の、いわゆるジャパニメーションとは違うわけですね?」

「違うね。

 ジャンルで言えば、ロボットアニメになるだろうか」

「具体的な作品名を、挙げてもらってもよろしいですか?」

「ああ。

 機動戦士ガンダムとか、無敵ロボ・トライダーG7とかだね」

「一九八〇年前後の作品群ですね」

「お、よく知ってるね。

 そう。

 僕達の星の人間は、例外無く、

 子どもの頃、これらの作品に親しんでいる」

「それが、今回の侵略方針と結び付いているようには、

 思えないのですが?」

「いや、それが、密接に結び付いているんだよ。

 僕達は、日本のアニメーションを始め、地球の文化に親しんで来た。

 リスペクトも感じている」

「ありがとう御座います」

「いやいや。

 それだけの文化だからね。

 侵略するにあたって、なんとか、その文化、ひいては、

 『その文化を生み出している地球人類を、残すことはできないか?』、

 を考えたんだ」

「はい」

「こっちも侵略だからね。

 地球を現状のまま自由にするわけにいかない、監視下に置きたい、

 地球からメリットを得たい」

「はい」

「だから、侵略方針に、頭を悩ませたんだ。

 でも、さんざん頭を悩ませた甲斐あって、

 みんなが賛成する侵略基準を、思い付くことができた」

「はい」

「それが、日本のロボットアニメに関係することだったわけだ」

「すいません。

 まだ、よく分かりません」

「だろうと思う。

 もう少し、我慢して聞いてくれ」

「はい」

「地球の文化を保持したい、

 それには、地球人類に、ある程度不自由にはなるが、

 変わらす生活してもらって、

 文化や生活に、最低限の発展性を保障することが、必要だと思ったんだ」

「はい」

「そこで思い付いたのが、君達の歴史のローマ帝国だよ」

「古代ローマ帝国ですか?」

「そう、帝国統治の押さえるとこだけ押さえて、

 それ以外は、現地人の文化・習慣を尊重し、各地の統治方法に任せた、

 ローマ帝国のやり方を参考にした」

「はい」

「基本、地球人類には変わらす生活してもらおう、

 統治機構もいじくらないでおこう、

 地球自体にも、物理的に開発することはやめよう」

「はい」

「でも、無分別に、宇宙へ出て行ってもらうのはマズい」

「はい」

「そこで、『宇宙に繋がる上空の制空圏だけ、

 ガッチリと確保したらいいじゃないか』、思ったんだ」

「そういうことですか」

「そう、そういうこと。

 そこで、監視する上空の範囲、つまり、

 地球人類に自由に使ってもらう空の高さの基準を、

 僕達が親しんで来たロボットアニメに求めたんだ」

「そんなの ‥ できるんですか?」

「できた ‥ というか、基準を設けた。

 高過ぎて、こちらの監視がユルユルになり、

 地球人類に、野放図に開発してもらっても困る。

 かといって、低過ぎて、こちらの監視がキツくて、

 地球人類が閉塞感に囚われて、ジリ貧になってもらっても困る」

「はい」

「丁度いい高さを探っていたところ、

 あるロボットの設定が目に入った」

「どのロボットアニメですか?」

「全長十八メートル ‥ 建物にして五~六階建て ‥

 『丁度いい高さ』、だと思った」

「全長十八メートル ‥ 」

「主人公は、そのロボットで戦いに臨む時、

 「アムロ,行きまーす!」と言う」

「ああ!ガンダム!」

「そう。

 僕達の侵略方針の制空基準は、地上から十九メートル以上。

 地上から十八メートル以下は、地球人類に自由に使ってもらうことにした。

 これを僕達は、《ガンダム基準》と呼んでいる」

「ガンダム基準 ‥ 」



すげえな、ガンダム。

人類、救っちゃったよ。

ガンダムの初回放送平均視聴率は7%くらいだから、その頃の人口を一億一九〇〇万人くらいとして、最初にガンダムを見ていた人は、述べ八三〇万人くらい。

つまり、八三〇万人+おもちゃ買ってくれた人、の協力で、途中で打ち切りにならず、最終話まで放送されたわけで。

そのおかげで、他の星の人が見て、感動を与えて、結果的に地球を救ったわけで。

いや、これ、ガンダム、殿堂入りか、世界遺産入りやろ。

そして、ありがとう。

当時のガンダムを応援してくれた人々。


人が何と言っても、『自分が面白いって思ったもんは、面白いと信じる』、っていうか。

『人の価値観に、振り回されない』『自分、ブレブレにならない』、って言うか。

『子ども向けであろうが、大人向けであろうが、

 男向けであろうが、女向けであろうが、

 オモロいもんはオモロいし、つまらんもんはつまらん』、って、ハッキリ思い定めるってことやな。


自分達の価値観を絶対無比のものと考え、他人の価値観(侵略者の価値観)を想像する(思い遣る)ことに欠如した、人類大多数。

その、人類大多数が陥った、つまらん事例を、ひとつ。


侵略者が、人類の制空圏に対して、ガンダム基準を打ち出した時、地球から侵略者に非難が殺到した。


侵略されてんのに、侵略者に、堂々と非難を述べるってどうよ。

恐い者知らず、身の程知らす、現状認識多大な不足。

自分の価値観、絶対視。

相対している相手とか、今の環境とか、将来の状況とか、に対する想像力が欠如してるんやろなー。


十八メートル以下規定に不満を持つ人々は、十八メートルより上 ‥ 十九メートル以上の区域で、変わらす日々を過ごした。

それは、侵略者が十八メートル以下規定を打ち出した後、一ヶ月経っても、改まない。

侵略者は、期限を切る。

期限は、翌月末まで。

期限まで、一ヶ月以上の猶予があった。


が、不満分子の人々の生活は、なんら変わらなかった。

元々、高い所に住み、高い所で働いている人は、自称セレブが多かった。

だから、侵略者とはいえ、『わたしに、命令すんな』、ってな心持ちだったんだろう。


人々は、住み続ける。

人々は、働き続ける。

そして、消え去る。

どこかへ


期限キッチリ。

一分一秒狂わずに、十八メートルより上 ‥ 十九メートル以上の空間は、無になった。

そこに住んでいようが、働いていようが、たまたま所在していようが構わずに、どっかへ飛んで行った。

十九メートル以上の建物は、十八メートルラインで、スッパリと断ち切られる。

屋根無し、部屋の中丸見え、行方不明者・傷害者発生の事態が、続出する。


懲りない自称セレブは、懲りずに侵略者に苦情を述べた。

侵略者の返答は、簡潔にまとめると、次の一言。


「言ったでしょ」


はい、言ったはりました。

こっちが、本気にしてませんでした。

対処を怠りました。

自業自得です。


ここに至ってようやく、自称セレブ達は、無力感に苛まれ、生活スタイルを変える。

地に足を付けて、過ごす、働く、行動する。


騒ぎが一段落し、復興住宅への入居もほぼ終えた時、人類みんなの間で、ある疑問が表面化する。


『十九メートル以上の物や人、どこへ行った?』


侵略者からは、特に明示は無い。

今度は、丁寧に改まって、人々は侵略者に問う。

侵略者の返答は、簡潔にまとめると、次の一言。


「どこかへ」


それ以上は、ノーコメント。

取り付く島無し。

地球人類は、侵略者と費侵略者の立場の違いを、心に滲み入って思い知らされる。



ガンダム基準が、常時設定されていることは、他の事象でも判明する。

十九メートル以上の高さを、何も物も持たない。

ビルもタワーも、神木も寺の塔も、丘も山も、十九メートル以上は、スパッと平らになっている。

少しでも、突出しようものなら、それは雲散霧消する。


自然現象も、例外ではない。

竜巻は十八以下メートルしかなく、台風も十八メートル以下しか吹き荒れない。

十九メートル以上は、無風状態、いつも凪状態。

十九メートル以上の空はスッキリ青く、夜に星は眩しく瞬き、夕焼けは照りつけ赤い。

どれだけ、十八メートル以下が、荒れ狂っていても。


まるで、上層アイス、下層コーンフレーク、のパフェ状態。

まるで、上層油分、下層泥水の、汚濁水槽状態。


案の定、十九メートル以上に巻き上げられた ‥ 放り上げられた人や物は、二度と帰って来なかった。

どこへ行ったのかは分からないが、どこかへ行ったのは分かっている。


苦情を侵略者に言っても、無駄。

「はあ、何言ってんの?」とか返されるのが、オチだろう。

『自分の意志でなくても、十九メートル以上に立ち入った結果なので、仕方が無い』、というところだろう。

『まあ、悪い偶然だね。そういうこともあるよ』が、本音というところか。


それにしても


それにしても、十九メートル以上に達してしまった人や物は、どこに行くのだろう?

侵略者サイドでは、コントロールしているのだろうか?


侵略者の母星に飛ばされ、奴隷にされるとか。

殖民星に飛ばされ、労働力にされるとか。

どっかの星に飛ばされ、捨て置かれるとか。


侵略者の胸先三寸、こちらには文句言う権利さえ無い。

侵略者から、リークされることも無い。

どっかから、漏れ聞こえることも無い。

もしかしたら、侵略者も、把握してないのかもしれん。

いや、こんだけ分からんとこみると、その可能性は大いに高い。


おいおい、侵略者さんよ。

そこに、思いやりは、あるのかい?

そこに、リスペクトは、あるのかい?

そこに、寛容は、あるのかい?


『無いやろなー』と、世にはびこる[どっかに行ってしまった人、放っぽり放し]の雰囲気を捉え、思う。

重ねて、心で問う。


なあ、侵略者さん。

そこに、躊躇は、あるんかいな?

そこに、迷いは、あるんかいな?

そこに、葛藤は、あるんかいな?


『無いやろなー』と、またしても思う。

侵略者の、『表向き尊重、裏向きこちらの思うがまま、腹の中は奴隷扱い』ミエミエの行動様式から、透けて見える。


俺らの扱いなんて、それこそボタンをカチッと押すように、お手軽に決めてるんやろうなー。

俺らにとって、どんなに重大、生き死に直結することでも。

でも、悔しいけど、こうも科学力の差があるのを目の当たりにすると、反抗する気も失せるんやなー。


悔しいなー。

ムカつくなー。

情けないなー。


だから、いつのことになるかは分からんけど、後の世代に期待する。

時間とか空間とかにこだわらへんし、未来を信じる。

でも、期待したり信じるだけやったら、ほぼ100%、『後の世代にお任せ』というか、体のいい先送りなる。

やから、子ども達に、俺らの ‥ 星の先住民の、尊厳・心構えとかを、伝えていこう。


そうと決まれば、気合い入れて、善は急げ。

 ‥ そう、力入れて、大きく出んでもええか。

俺のできること、して行こう。

真摯に、丁寧に生活して行こう。


そうすりゃ、子ども達も周りの人も、なんかしらええ影響を、受けてくれるやろ。

それが、自然と伝わって、ジワジワと広がってくれたらええやん。

時間かかるとか、手間かかるとかに、あまりこだわらへんし。


ほな、『明日から』とか辛気臭いこと言わんと、『今日から』。

今、この時から。


0.1ミリずつでも積み重なりゃ、大きいでしょ。

一日0.1ミリとして、十日で1ミリ、百日で10ミリ、つまり1センチ。

一年三六五日で3センチ6.5ミリ。

三年で10センチ9.5ミリ、十年で36センチ5ミリ。


おっきいやん。

むちゃ、おっきいやん。

なんやて、九年も経たずに、1メートルクリア?


まさに、塵も積もれば山となる。

千里の道も一歩から。

諦めたら、そこで試合終了だよ。




トントン


「第一書記、お呼びですか?」

「ああ、アンドレイか。

 よく来てくれた、入りたまえ」

「失礼します」

「そこに、腰掛けてくれたまえ」

「はい」

「ウォッカでいいかな?」

「あの ‥ ご用件は?」

「いや、たまには、アンドレイと、酒を酌み交わしたいと思ってね」

「 ‥‥ ?」

「 ‥ いや ‥ 実はここ数日、あのボタンが頭の中から離れなくて。

 気分転換に、アンドレイと酒を呑もうと思ってな」

「そうですか ‥

 そういうことなら、喜んで」

「ありがとう。

 実は今も、視界の隅で、ボタンを追ってたりするんだ」


苦笑。

苦笑。


「無理も無いですよ。

 人類の命運を握るボタンですから」

「あれを押してしまうと、アメリカを滅亡させられる。

 しかし、カウンターで、こっちも滅亡させられる。

 ひいては、地球全人類が滅亡してしまう」

「ええ」

「えらくプレッシャーでな」

「分かります」

「アメリカとの和解の手筈は整えて、実行にも移している。

 後は、結果待ちでな。

 その間、アクシデントや突発的激情で押してしまわないように、

 実は、共に呑むのを口実に、アンドレイに来てもらったわけだ」

「私は、お目付け役、というわけですね」

「いやいや、このひとときを、この重大な時間を共にする、

 私の大事な呑み仲間だよ」


コポコポコポ

コポコポコポ


「世界中のみんなの為に!」

「世界中のみんなの為に!」



リンリン リンリン


「はい」

「私だ」

「あら、あなた」

「キャロルは、まだ起きているかい?」

「いるわよ。

  ‥ キャロル!」

〈なあーに、ママ?〉

「パパから、お電話」


ガチャガチャ


「はい、パパ」

「はい、キャロル。

 いい子にしてたかい?」

「うん。

 パパは?」

「いい子にしてたよ。

 でも、ここ数日、ちょっとプレッシャーに悩され気味なんだ」

「ヤバイの?」

「そのプレッシャーの元は、あるボタンなんだけど、

 そのボタンのことが、頭から離れないんだ」

「ふ~ん」

「そのボタンが、部屋の中にあったりするから、

 どうしても、目で追っちゃったりしてね」

「ふ~ん」

「いやいや、ほとほと、まいったよ」

「そんなボタン ‥ 」

「うん ‥ ?」

「お尻のポケットに、付けちゃえばいいのよ。

 そうしたら、自分からは見えなくなるから、気にしなくなるかもよ」

「 ‥ ハハハ! ハハハハ! そりゃいい!

 キャロル、グッドアイデアだ。

 そうか、ボタンをボタンに、か」

「そうよ」

「いや、いい気分転換できたよ。

 キャロルに電話して良かった」

「パパ、今日も、遅いの」

「今日も、帰れそうにないな。

 ママとお兄ちゃんに、よろしくな」

「はい。

 じゃあ、おやすみ、パパ」

「おやすみ。

 愛してるよ、キャロル」

「わたしも」


 ‥ チン



パタパタ バタバタ ‥ ヒョイ


「お父さん、入るで」

「おお」


スタスタ


「これ、何?」

「転送先変更ボタン」

「へっ?」

「俺らの制空圏に入って来たもんを、自動的に排除して飛ばす先を、

 決めるボタン」

「ああ、下の人や物を飛ばすやつ?」

「そう」

「そんなんが、なんでここにあるん?」

「その排除マシンの制御が、俺の仕事やから」

「いわゆる、『家庭に仕事を持ち込んでいる』、ってこと?」

「耳が痛い」


しげしげ


「ちょっと、押してみてもええかな?」

「あかんあかん」

「やっぱり」

「 ‥ と言いたいところやけど」

「へっ?」

「飛ばし先が変わっても、俺らにはなんも影響無いし、こっそり押す分には、

 ええんちゃうかな」

「ええの?」

「俺は、見て見ぬフリするから」

「明らかに、この色、このデザイン ‥

 「押して」って言ってるもんなー」

「ほんじゃ、俺、後ろ向いてるし」

「うん」


カチッ




台風に巻き上げられたところまでは、覚えているんだが ‥


額に、熱感とヌルヌル感を感じ、手をやる。

手が、染まる。

朱に、染まる。

額から、血が出ている。

でも、痛みより熱感の方が勝っている。

血が流れるというより、滲んでいる。

『大した傷ではない』と踏み、辺りを見回す。


気付けば、周りには、いろんなものがある。

建物の一部らしきもの、木、車、犬、猫、等。

所々、人らしきものもある。

動かない。

気を失っているのか、はたまた、死んでいるのか。

倒れている人々に、法則性は見受けられない。

老人、大人、子供、男、女 ‥ 老若男女だ。


徐々に、人々は、目覚め出したようだ。

目を開ける、頭を上げる、辺りを見回す、そして固まる。

目を開けたひとりの女が、俺に気付き、俺と目が合う。

その目は質問を物語っているが、俺は、視線に返答を含まない。

そいつは、近付いて来る。

身体はフラフラと、道筋は俺に一直線にしっかりブレず、近付いて来る。

声が聞こえる範囲まで近付くと、声を発す。


「ここは、どこですか?」

「分かりません」

「日本ですか?」

「分かりません。

 でも、おそらく、違うと思います」

「じゃあ、どこですか?」

「さあ、見当が付きません」


女は、俺の返答から何も得られず、呆然と辺りを見回す。

建物の一部らしきもの、木、車、犬、猫、等。

赤い空、青い雲。

黄色い地面に、緑がそこかしこ。

風は吹き抜け、実害は無いが、風は薄茶色をしている。


「なんなのよ ‥ 」


女は呆然として、つぶやく。

左目尻にある云わゆる、泣きぼくろが、わなないているようだ。

女の言葉の余韻に重ねて、返事を心の中でつぶやく。


『なんなんやろうな』


台風に巻き上げられたところまでは、覚えている。

いっしょに、多くの人や物も巻き上げられて、渦巻いていたのは覚えている。

上空高く、共に巻き上げられたのは覚えている。

そこからだ。

ある程度の高さまで巻き上げられると、スパッとブラックアウトした。

そこから先が、記憶に無い。

気付けば、ここにいた。


どこだ、ここは?

どこの地だ。

どこの国だ。

が、この地が『地球とは違う』と思いたくないが、頭は『違う』と言っている。

赤い空、青い雲、随所に緑の黄色い地面、風は薄茶色。

どう考えても、違和感がある。

『ここは地球』と考えない方が、自然だ。

周りの環境が、地球と違い過ぎる。


とすると、他の星か?

が、太陽系に、こんな星があっただろうか?

確かに衛星レベルでは、人類は、すべて把握しているわけではないだろう。

だが、惑星レベルでは、把握しているはずだ。

今、感じている重力は、地球と変わらない。

ならば、この星の大きさとか質量は、惑星レベルではないのか?

ならば、そのような星が太陽系には見受けられない以上、この星の所在地は、太陽系以外の可能性がある。


そして、俺は今、息をしている。

息をしているということは、空気があるということだ。

酸素があり、二酸化炭素があり、窒素があり、空気の構成比は地球並みなのだろう。

星は大気に覆われ、少なくとも、『地球生物が生きるのに、適した環境』であることが考えられる。


なんにせよ、サバイバル。

息がありそうな人間を集めて、今後の方針を立てなければいけない。

地球から来たらしい落ちている物を取捨選択して、使えそうなものをキープしておかなければならない。

リーダーシップを取るとか、指導者の立場に立つとか、苦手で嫌いと言ってもいいかもしれんが、今はそんなこと言ってる場合ではない。

とりあえず、先程の女と、善後策を話してみよう。



「「「「「今日は、建国一〇〇周年でございます!」」」」」


今日で建国して、一〇〇周年。

初代の王と初代の御后が、この星に来て、まる一〇〇年。

当初は、生きている人間を集め、使えそうな物資を集め、原始生活を余儀なくされた。

縄文時代や弥生時代の生活もかくや、といった生活振りだった。

だが、十ヶ月が経とうという頃から、加速度的に生活は進展する。

それはまるで、お腹の中の胎児が、進化の過程をハイスピードで消化し、人間の赤子になることを、連想させる。

この星の自然にあるものを、活用することを考え実行するやいなや、生活はすこぶる発展する。


今や、あらゆる所に、いくつもの町ができた。

町々を繋ぐ道路が、できた。

町々間の連絡制度も、機能している。

町の中は、黄の岩で作られた建物が、並んでいる。


建物に挟まれた道を、パレードは行く。

初代王の額の傷と、初代御后の泣きぼくろをモチーフにした、国の旗が翻る。

国旗持ちを先頭に、近衛兵、楽団、騎馬隊が続く。

パレード自体は、大きな団体ではなかったが、各人の衣装のしつらえは、鮮やかだ。

スカイブルーの上着に、ちょっと灰色がかった白いズボン。

上着中央と、ズボンの右脚中央に、国旗と同じモチーフのマークが付いている。

頭には、サフランイエローの帽子。

そして首には、眼にも鮮やかな真っ赤なスカーフ。


ザッザッ ザッザッ ‥

♪♪♪♪♪♪♪♪♪ ‥

ザッザッ ザッザッ ‥


旗をなびかせ、スカーフをなびかせ、パレードは行く。

パレードが練り歩く沿道には、人々が連なっている。

老若男女問わず、パレードを注視し、瞳に光を湛えている。


子ども達は、憧れの光を。

大人達は、愛国心の光を。

老人達は、感謝の光を。

男達は、誇りの光を。

女達は、親しみの光を。


ジーノはいつも、聞いていた。

おじいさんから、聞いていた。


「いいかい、ジーノ。

 この国は、こんな風に歩んで来たんじゃ ‥ 」


王と御后の出会いから始まり、困難に直面する生活。

次々と襲って来るトラブル、過酷な自然環境。

仲間との、出会いと別れ。


生まれてくる次世代達、死にゆく前世代達。

新世代と現世代との、断絶と融和。

幾つもの争いの末、獲得した平和と安定。


その後に生まれて来た世代達の、活躍。

平和と安定がもたらす、発展と伸展。

平和と安定がもたらしてしまった、怠惰と汚濁。


何も知らず、知ろうとせず、現状の恩恵をこうむる世代の誕生。

低成長と停滞感に苛まれる、現状。

そんな現状を、もどかしくも打ち破ろうと、足掻き続ける今。


おじいさんの話は、いつも同じように進み、同じように落ち込み、同じように山場を迎え、同じように締め括られる。

おそらく、おじいさん一人が考えたものでなく、昔から『盛られ、ブラッシュアップされ』を繰り返して来た物語なのだろう。

おそらく、世の中じゅうのおじいさんが、世の中じゅうの孫に、話し聞かせているのだろう。


そして、おじいさんは言う。


「先人の功績に感謝して、今の世に生まれたことにも感謝して、

 日々生きていかなあかんのだよ」


そう言う。


『そーかー?』、と思う。


確かに、感謝するところは、先人に感謝する。

でも、半分くらい、『先人は、面倒なことを、後の世代に先送りしてる』ような気がする。

曰く、『自分の尻を、自分で拭けてない』ような気もする。

『俺たちに、一方的に、責任押し付けられてもなー』、とも思う。


ジーノの世代は、めんどくさがり、に見える。

傍目には、醒めているようにも、クールにも見えるかもしれない。

でも、シンプルに取捨選択して、選んだ少数選択肢を、『腹を括って、実行しているだけ』、だと思う。

それをなんか、上の世代はケチを付ける。

曰く、『価値観が、絶対的に違う』ような気がする。


いや、世代じゃないか。

上の世代にも、そういう人は多くいる。

ジーノの世代にも、上の世代みたいなやつは多くいる。

多分、『比率の問題』なんだと思う。

『ジーノ世代で、ジーノ世代みたいな考え方をする人が多くて、上の世代で、ジーノ世代みたいな考え方をする人が少ないだけ』、だと思う。


おそらく、ジャンルの問題なんだろう。

人間のジャンル。

ジーノ含め、ジーノ世代の多くは、こっち側のジャンル。

上の世代の人の多くと、ジーノ世代の少数派は、あっち側のジャンル。

『それだけの違いに過ぎない』、と思う。


でも、今の社会システムは、上の世代が作ったものだから、上の世代みたいな考え方をする人が、恩恵を蒙るようにできているんだろう。

つまり、上の世代の人の多くと、ジーノの世代の少数派。


なるほどな。


ジーノは、思う。


『なるほど』とは思うが、そんな現状には全然満足していない。

どころか、不満だらけだ。

が、何をするわけでもなし、アクションを仕掛けられても、リアクションを返すわけでもなし。

だって、何か変わる?変えられる?


「何かしなきゃ、変わらない」と、言う。

「何もしなきゃ、何も変わらない」と、みんな言う。

お節介じみて、プチ脅迫じみて、言う。


それが美辞麗句に過ぎないことは、みんな薄々気付いている。

でも、表立って言うと、いろんなところに支障があるから、みんな言わないだけだ。

だって、昔からの歴史を冷静に眺めれば、分析すれば ‥

時期を得ずに、何かが劇的に変わったことは『ほぼ無い』、と思う。

勝者がコントロールして来た昔話や歴史書の類は、置いといて。


時期、でしょ。

潮、でしょ。

機会、でしょ。

タイミング、でしょ。


時期を得ない行動は、何も得ないし、何も変わらない。

下手すりゃ、マイナスになる。

その時期が、『今ではない』のは分かる。

じゃあ、いつか?

十年後?一年後?一ヵ月後?一週間後?明日?

分からないけど、いつか絶対来る。

人々の思いが結集して、停滞感を打破する、未来に繋げる、何かを変える時期が。


その時には、ジーノも行動するつもりだ。

が、ジーノは、フィジカル弱いし、精神的にも強い方では無い。

兵士的に、攻めるとか守るとか、できそうにない。

頭も至ってフツーレベルで、切れるわけではない。

まあ、『ちょっと低めの、一般人レベルの能力』、だと思っている。

ランクで言うと、『中の下か、下の上くらい』、だと思っている。


とりあえず、自分には何ができるか?

ジーノは自分に、問い掛ける。

問い掛けて、選択したことに、腹を括る。


切り捨て、切り捨て、切り捨てして、残ったものを見極め選択する。

見極め選択したものを、研ぎ澄ますことに、腹を括る。


「 ‥ とりあえずは ‥ 」


さし当たっての手法を考え、覚悟を決める。


「知識を蓄えることやな」


知識を得て、それに伴い、知恵を養うことを、決心する。

質(知恵)から量(知識)は生まれないが、量(知識)から質(知恵)は生まれる。

いや、生まれると信じる。

信じ込む。

知識の力と、自分の力を、信じ込む。


やることは、決まった。

ある意味、シンプル。

みんな、世の中や世渡りは複雑だと言うけれど、自分らで複雑にしているような気がする。

『覚悟決めて、見極めれば、シンプルなもん』、だと思う。

贅沢したい、お手軽に楽したい、アイツより上にいたい、ステイタスを保持したいとか考えるから、自業自得で『わやくちゃ、になるんだ』、と思う。


ジーノはとにかく、本を読みまくることにする。

人の話を、聞きまくることにする。

蓄えた知識で、いろんなことを考えまくることにする。

その上で、『蓄えた知識を取捨選択して、知恵に昇華させよう』、と思う。


ジーノの瞳は、パレードを見ていない。

かと言って、居並ぶ老若男女を見ているわけでもない。

ある意味、何も見ていない。

傍目には、ボーッと見つめているようにしか見えない。

だって、ジーノの頭の思考は、今でなく未来にあるから。

見つめる瞳は、未来に向いているから。



「「「「「今日は、建国三〇〇周年でございます!」」」」」」


今日で建国して、三〇〇周年。

旗二つを先頭に、パレードが行く。

文書を掲げた先触れに続く先頭は、前後二つのはためく旗。

先の旗は、初代王の額の傷と、初代御后の泣きぼくろをモチーフとした、この国の国旗。

後の旗は、この国の中興の祖の紋章を印した、準国旗扱いの旗。

その紋章のモチーフは、書籍とペンと文書と人の頭。

この国の紋章のモチーフには、獅子や虎やフクロウといった動物、木や草や花といった植物が多いのだが、それらとは一線を画す。


建物の中の道を、パレードが行く。

昔は、石造りの建物が多かったが、今では、煉瓦造りの建物も増えて来ている。

割合で言えば、既に半々になっているかもしれない。

道も、濡れると滑りやすく賛否両論だった石畳の道は、ほぼ駆逐され、まだ滑りにくい煉瓦畳の道に、切り換わっている。


旗二つを先頭に、近衛兵、楽団、騎馬隊が続く。

パレード自体は、大きな団体ではなかったが、各人の衣装のしつらえは、昔ながらの鮮やかさだ。

スカイブルーの上着に、ちょっと灰色がかった白色のズボン。

上着中央に、国旗と同じモチーフのマーク。

ズボンの右脚中央には、準国旗と同じモチーフの紋章が付いている。

頭には、サフランイエローの帽子。

そして首には、鮮やかな真っ赤なスカーフ。


ザッザッ ザッザッ ‥

♪♪♪♪♪♪♪♪♪ ‥

ザッザッ ザッザッ ‥


旗をなびかせ、旗をなびかせ、スカーフをなびかせ、パレードは行く。

由緒正しい、伝統的なスタイルに身を包んだ一団が行く。

が、沿道の、パレードを出迎える人々の瞳には、光は無い。

いや、『面白いなー』とか『ええなー』とかの思いは、瞳に溢れている。

でも、昔のような光は、無い。


バッキーニはいつも、聞いていた。

おじさんから、聞いていた。

祖父母や父母始め、親戚一同からハミゴにされていたおじさんから、聞いていた。

この国の中興の祖、故ジーノ首相の本当の思いを。


ジーノ首相の事跡は、中興の祖と呼ばれるだけあって、光りに包まれている。

一介の庶民から身を起こし、着実に人々の支持を集め、政界の階段を上り、首相になる。

首相になるやいなや、この国の停滞感、汚職、制度疲労等を一掃する政策を、次々実行に移す。

それこそ、人々の羨望、賞賛の的だった。


が、おじさんは言う。


「表向きはな」


おじさんは、続ける。


「むっちゃ深い苦悩と、むっちゃリアルな計算があったらしいで」


ジーノ首相の事跡は、表に出ているもの、広く話されているものだけで判断しては、いけないらしい。

表と裏が密接に絡み合って、相互補完していたらしい。


清濁併せ呑む、ってやつですか?


「でも、そうとも、一概に言えんのよ」


よほど、複雑な思考・手順を駆使していたらしい。


「いや、むっちゃザックリ強引にまとめると、

 二つにまとめられるんやけどな」


複雑やない、全然複雑やない ‥ どころか簡単やん。


「まとめると、ジーノ首相の、表にも裏にも通ずる方針は

 《自分がされて嫌なことは、人にもするな》と、

 《自分の尻は、自分で拭け》やな」


それって、むっちゃ当たり前のことやん。


「当たり前のことやけど、案外できてへんやつ、多いねん。

 いや、その方が多いかも。

 歳取って来たり、役職が上になるに連れて、

 その傾向は強くなって来るような気がする」


確かに、そんな感じがする。

『お前が言うな』『自分のこと、棚に上げるな』、ってやつですか。

変に頑固なやつ、意味が分からんやつ、多いよなー。

そういうやつに限って、哀れなほど、既得権益にしがみついてるねん。

哀れやなー、痛々しいなー 下衆いなー。


まあ、そういう人達ほど、世の中、牛耳ってるんやけどね。

だから、せっかくジーノ首相が中興してくれた国も、今では再び停滞感に覆われている。

バッキーニの世代は、閉塞感に襲われている。


バッキーニの横に、人が近付いて来る。

バッキーニに寄り添う。


「バッキーニ」

「わっ!」


バッキーニ、驚く。

全然、気付いていなかったらしい。

自分の名前を呼んだ人物を、びっくりまなこで見つめて言う。


「なんだ、ザッキーリか」


やれやれ。


ザッキーリと呼ばれた人物は、肘を曲げ、掌を上に向け、肩をすくめる。


「これで、俺達のバンディエラ、なんやから」

「なんやねん。

 そっちに話、持ってくなや」

「一応、バンディエラなんやから、もちょっと、

 リーダーっぽく振舞ってくれや」

「あの場で、

 『リーダーっぽいことしてやろう』ってやつがいいひんかったから、

 なし崩し的に、俺にお鉢が廻って来たんやないか!」

「やりたそうやったやんか」

「訳が分からず、ホケーとしてただけや!」

「そうとも言うな」


ザッキーリは、バッキーニの言葉を、右から左へ受け流す。

受け流されて、バッキーニの言葉の勢いは、たたらを踏む。


「 ‥ はあ ‥ もうええわ ‥

 で、なんや?」

「何が?」

「俺に用があるから、声掛けたんやろが?」

「ん ‥ あ、そうそう」

「だから、なんやねん?」

「今日、集会やてよ」

「なんかあったんか?」

「また、転送されて来たらしい」

「おお」

「で、《やって来た人》を救助して、いつものところに集めたから、

 いつものところに集合やてよ」

「了解。

 でも、ザッキーリよ」

「うん?」

「一応、俺達、レジスタンスなんやから、言動とか行動に、

 もうちょっと注意払わなあかんのとちゃうか?

 こんな、真昼間、町中で、

 秘密にせなあかん連絡してたらあかんやろ?」

「ええんちゃう」

「ええのか?

 こんなラフな感じで?」

「ええやろ」

「こんなカジュアルな感じで?」

「ええやん」

「なんか、この感じって、地下感ってゆうか、

 アンダーグラウンドな一体感ってゆうか、

 そういうもんが薄いような、いや無いような気がするんやけど」

「ええやん。

 明るくて」

「そうか」

「ええやん。

 ネガティブっぽくなくて」

「そういうもんやろか」

「そういうもんや。

 言わば、俺達は、ニュータイプのレジスタンス、ってとこやな」

「なんか、手垢の付いた表現やけど、そういうことにしとくか。

 で、時間は?」

「ああ、それ ‥ 」



シンプルな石造りの、大きな建物の一室。

時間キッカリに、バッキーニとザッキーリは、連れ立ってドアを開ける。

窓には分厚く濃紫のカーテンが引かれているものの、部屋の中は、照明で煌々と明るい。

京畳換算で、十畳はありそうだ。

しかし、床は、床石剥き出しだ。

所々、人が座れるように、マットが置いてある。


マットに座っている人間は、老若男女、様々だった。

が、一様に、服が薄ら汚れ、ボロボロだ。

血が滲んでいる人間もいる。

しかも一様に、なぜか、濡れそぼっている。

みんな、首を落とし、肩を落とし座り込んでいる。

顔には、疲れと戸惑いと不安から、クッキリと皺が刻み込まれている。

老若男女、例外なく、刻み込まれている。


まごうことなき、《やって来た人》だった。

《やって来た人》は、言葉を交わしもしない。

ただ目を落とし、視線を足元の床に据えるだけ。

幾分キョロキョロしてるのは、まだ歳若い、いや幼い《やって来た人》だけ。

それでも、遠慮がちというか、おそるおそるという風情。


立っている人間も、いる。

二人、いる。

壁に寄りかかり、何か話し込んでいる。

「そやから ‥ 」「やけど ‥ 」等の言葉が漏れ聞こえ、身振り手振り大きく話している。

時折り、笑い声が弾けるところを見ると、和気藹々と話しているようだ。

《やって来た人》が醸し出ている場の雰囲気、と対照的。

そこだけ、『パッと明かりが点いている』ようだ。


「トーニ、ガーブ、ご苦労さん」


トーニとガーブは、一斉に、こっちへ顔を向ける。

トーニと呼ばれた男は、凹凸の無い、白ッぽい顔をこちらに向ける。

眉毛としてまんまる眉を描き、口唇としてまんまる唇を描いて、「麿はの」とかのたまえば、似合いそうだ。

ガーブと呼ばれた男は、凹凸の有る、黒っぽい顔をこちらに向ける。

額にはバンダナを巻き、サンバ等ラテンの音楽が掛かると、踊り出しそうだ。


「ああ、今日の人達は、こんだけや」


トーニの返事と共に、バッキーニは改めて、部屋いる人々を見直す。

見直して、数える。

座っている人々を、ザッと数える。


「十数人、ってとこか」

「そやな。

 目標人数まで、あと十回前後、ってとこやろな」

「そうやろな」


バッキーニ、ザッキーリ、トーニ、ガーブ、この四人は、いわゆるレジスタンス《TGK》のメンバーだった。

他のレジスタンスと連携を取ることもあるが、基本、この四人で活動している。

が、ゲリラ活動やそういった類の活動とは、連携しない。

何故、一般的なレジスタンス活動と一線を画しているかは、その特殊な活動内容にある。



太陽は青く、空は赤い。

大地は黄色くグラディエーションが掛かり、所々、緑。

風は、薄茶色のグラディエーションで、吹き荒ぶ。


バッキーニとザッキーリは、地面に伏せていた。

バッキーニは、双眼鏡を覗きながら言う。


「今日は、あかんか」


どこからともなく、人や瓦礫がやって来る。

それは、周知の事実だ。

元々、この星の住民は、その《やって来た人》が始祖になっている。

みんなに敬われ親しまれている初代王と御后も、最初に《やって来た人》らしい。

言わば、『《やって来た人》は、自分達と全く同じ種族』ということになる。


でも、この星のどこに、いつ頃やって来るのか、誰も知らない。

『政府が、意図的に隠蔽している』、と思われる。


『政府が、意図的に隠蔽している』という噂が、もう一つある。

政府は、以前から、『《やって来た人》を放置して、飢え死ぬままにさせている』という噂がある。

なんでも、星の人口が増えて、『これ以上、人々がやって来ても養えない』と判断したそうだ。

それまで、《やって来た人》の受け入れは、重要な人口確保手段としていたが、百八十度政策転換したわけだ。


その噂を確かめる為、バッキーニとザッキーリは、調査する。

その結果、この地にやって来た。

この地 ‥ この辺り一帯の地は、《始まりの地》。

「この星に最初に《やって来た人》が、辿り着いた地」、と言われている。

この地の一画が、「最近、厳重に区画された」と、バッキーニとザッキーリは、情報を仕入れる。

その一画を探り当て、今、現場検証をしているところだった。


ザッと見たところ、半径一キロメートル程の円を描いて、鉄柵が張り巡らされている。

鉄柵の高さは、約十ートル。

人は、いない。

パトロールしているらしき人も、いない。

『ここなのか?』と思う程、不釣合な、緩い警備。


鉄柵の内側には、鉄柵から約一メートルの距離を置いて、黒幕が張り巡らされている。

高さは、約十メートル、鉄柵と同じ。

黒幕は、漆黒ともいえる黒で、中はまるで見えない。


「今日も、『今のところは、なんも無し』やな」


バッキーニとザッキーリは、意見の一致をみる。


情報を収集すれば収集する程、『新しく《やって来た人》は、《始まりの地》で放置され餓死させられるに違いない』との思いは、確実になる。。

だから、『《始まりの地》に行けば、その人達を救うことができるのでは?』、と考えた。

四人は、その地を、調べ調べ探し探しして、なんとか探り当てる。

そして、基本、バッキーニとザッキーリが現地の様子を調査し、トーニとガーブが《やって来た人》受け入れ体制を形作ることになった。


四人が調べたところでは、『《やって来た人》の発生は、時期によって隔たりがあること』が分かる。

季節で言うと夏頃前後、月で言うと五月中旬から九月下旬、に固まっている。

特に、八月頭~九月中旬の発生が、多く見受けられる。

四人は、とりあえず最初は、八月のひと月いっぱい、張り込むことにする。


バッキーニとザッキーリが張り込んで一週間は、何も無かった。

一週間の間、誰も来なかった。

パトロールの人員も、来なかった。

動くと言えば、小動物が、ちらほら横切るだけ。

鉄柵と黒幕の二重サークル、寂しくスタンドアローン。


「今日も、あかんか」


バッキーニのつぶやきにザッキーリがうなずき、二重サークルを観察し続けること数時間、それは震える。

ほぼ同時に、青い太陽と赤い空が、震える。

震えは、最初は小刻みなものだったが、次第に大きなものになる。

震えの規模が、ある程度大きくなると、風の色が薄まる。

元々、薄茶色だった風の色が、みるみる輪を掛けて薄くなり、やがて完全な無色となる。

風が無色となった範囲は、限られていた。

二重サークルの上空、空高く天空まで、風の無色は伸びている。

それはあたかも、二重サークルを土台にして、無色透明の柱が、地面から空へ向かって、突き立っているようだった。


その柱の中を、廻りながらスパイラルしながら、降りて来るものがある。

瓦礫形、植物形、動物形、人形 ‥

バッキーニは、双眼鏡の焦点を絞る。

できる限り、ズームアップする。

瓦礫や木々といったものに混じって、何人かの人が舞っている。

瓦礫も人も他のものも、二重サークルの中に、吸い込まれて行く。


間違いない。

二重サークルの中が、《やって来た人》が集う、《始まりの地》だ。

そして今や、餓死必至の、《終わりの地》だ。


風に、色が付く。

無色透明が、薄茶色のグラディエーションへと、色が付く。

《やって来た人》がやって来る《現象》は、終わったみたいだ。

バッキーニとザッキーリは、すぐにも確認に向かいたい衝動に駆られるが、少し様子を見ることにする。

案の定、数十分して、迷彩の上下に白衣を羽織った人間が、二人やって来る。

車でやって来た二人は、車に乗ったまま、鉄柵の周りを一周二周して、引き返す。

すぐ、引き返す。


「なんや、あれ?」


ザッキーリは、拍子抜けしたように、つぶやく。


「設備がおかしくなってないか、確認したんやろ。

 『おかしくなってなかったら、それでOK』、ってなとこちゃうか」

「それでええのか?

 手薄やないか?手抜きやないのか?」

「それでええんやろ。

 あんま、手付けたくないもん見たくないもんが、

 黒幕の中にあるんとちゃうか」

「そうか」

「こっちは、その見たくないもんを、確認せばあかんな」

「黒幕の中が、見えたらええんやけど」

「ここからじゃ分からんし、なんか障害物あるやろうから、

 上空から見えたらええんやけどな」

「上空ねー ‥ あっ!」

「なんや?」

「あるやん」

「ん?」

「ドローン!」

「ドローンか!」


確かにドローンは、上空から確認するのに、うってつけだ。

ここら辺一帯なら、差し障りも無いだろう。


「でも、監視に見つかるんと違うか?」

「かもしれんな」

「捕まるとか、撃ち落されるとか」

「かもしれんな」

「あかんやん」

「でも、何日か現場を見てきて、かなり警備ユルユルなのが分かったから、

 『勝算は充分ある』、と思うんやけどな」

「そんなもんやろか」

「そんなもんやて。

 で、なにかあったら、そん時はそん時」

「そやな。

 じっと手をこまねいて、ズーッとフリーズしてる方が、気持ち悪いわな」

「そういうことやな。

 ほな、ドローンの手配しよ」

「確か、トーニが持っとったんとちゃうか?」

「ちょうどええやん。

 トーニのそれ、借りよ」



バッキーニの横に控えりしは、トーニ。

トーニの横に控えるは、ドローン。

そして、伏せる二人の前方には、二重サークル。


ザッキーリと、ドローンを携えたトーニが交代して、数日。

二重サークルには、何も動きが見受けられない。

鉄柵と黒幕が、そこにあるだけ。

内部は『どえらいことになっている』ような気がするが、外部には一切分からない。


と、青い太陽が震える。

赤い空が震える。


「来た来た」


バッキーニが、つぶやく。

初体験のトーニは、身構える。


「ええか。

 《現象》が終わっても、しばらくしたらパトロール来よるから、

 それが帰ってから、ドローン飛ばしてくれ」

「ほい」


トーニは返事しながらも、二重サークルから、目を逸らさない。


震えが、大きくなる。

まさに、大きくなる。

風の色が、薄まる。

薄茶色が、ますます薄まる、消えてゆく。

まさに無色透明、になる。


無色透明の柱、立つ。

内部旋回、スパイラル。

旋回して、種々、降りて来る。

種々、二重サークルに吸い込まれるように消える。


振るえ、止まる。

風が、色付き出す。

穏やかな風景に、二重サークルが立つ景色が戻る。


「もうちょっと、待ってな」


案の定、数十分して、パトロールがやって来る。

迷彩の上下に白衣を羽織った二人組は、車で二重サークルの廻りを一周して、引き返す。


「あれでええの?」


トーニが、訊く。


「ええみたいやで。

 二重サークルの周辺が大丈夫やったら、ええんやろ。

 わざわざ中を、確認したくないし見たくないんやろな」


バッキーニが答える。

続ける。


「ほんじゃ、そろそろ行こか」

「了解」


トーニは、コントローラーを取り上げる。

ほどなくして、ドローンも動き出す。

プロペラを廻し出す。

浮かび上がり出す。

どんどん浮かんで、上昇中。

どんどん浮かんで、上空約十五メートルのところで、上昇停止。


下から近付くと、監視装置があれば引っ掛かる恐れがあるので、比較的盲点の、上から近付くことにする。

実際の状況とコントローラーに映る画面、を見比べながら、慎重に近付いていく。

二重サークルの数メートル手前まで、行く。

何も動かない、何も起こらない。

やはり思った通り、二重サークル自体に、警備システムらしい警備システムは無いようだ。

というか、警備システムそのものが無いようだ。

余程、黒幕の中を、見たくないのか?

余程、黒幕の中は、どえらいことになっているのか?


ドローンは、近付く。

近付いて行く。

二重サークルの、鉄柵を越える。

何も無い。

二重サークルの、黒幕を越える。

何も無い。

何も無いはずだ。

警備システムも、必要無いはずだ。

パトロール員も、中を覗かないはずだ。



中が、こんなにひどいとは ‥


ピンクの、ネバネバ粘り気のある物体が、プール槽に満々と満たされている。

プール槽は、見たところ、半径約一キロメートル弱、深さ約三ートル弱。

そう。

プールサイドらしきものを残し、ほぼ、黒幕の内側を埋めている。。


ネバネバピンクプールには、いろんなものが浮かんでいる。

木、草、土、瓦礫、男、女、老人、子供、等々。

いや、「等々」で誤魔化しちゃあかんな。

等々の中には、丸みを帯びた木々や瓦礫、骸骨やまだ肉が付いている骨がある。

見た目、溶けかけの感じのものが多い。

いや、認めよう、目の前のものから目を逸らさずにいこう。


ネバネバピンクプールにあるものは、溶解している。

多分、新しくやって来たものも、同じ道を辿るだろう。


警備システムとか警備員とか、いらないはずだ。

ネバネバピンクプールに嵌まってしまえば、脱出不可能、エスカレーター式に死体化。

《現象》があった時だけ、音かなんかで知らせるようにして、おっとり刀でパトロール員が掛け付ける。

周囲に異常が無いか、車でパトロールして、ハイ終了。


パトロール員も、この光景は見たくないやろうからな。

確実に、夜、夢で見るな。

うなされてトラウマ化。


バッキーニとトーニも、一見はひどく驚愕したが、その後は割りに淡々と、観察している。

おそらく、事前の情報から、阿鼻叫喚餓死絵図を薄々心に描いていたから、そう引きずることも無く、作業が進められているのだろう。


「見ると、まだ、かなり肉が付いてるやつがあんな」

「ああ」

「前回の《現象》は、いつやったっけ?」

「一週間くらい前やな」

「ということは、『一週間であれだけしか溶けへん』ってことか」

「多分、溶け始めんのに、時間掛かるんやろな」

「瓦礫に上半身乗せてるやつ、下半身はグダグダやけど、

 上半身は綺麗なもんやからな」

「まあ、ネバネバピンクに常時浸かってなかったら、

 被害受けにくいんやろ」

「ちゅうことは ‥ 」

「うん」

「『二、三日中やったら、充分救助可能』、ってことか」

「その可能性は高いな」


バッキーニに意見に同意するも、トーニは疑問も呈す。


「 ‥ でも ‥ 」

「ん?」

「ネバネバピンクから引き上げんの、難しいんちゃうか?」

「そうか?」

「見るからに粘っこくて、容易に離してくれそうにないで」

「そうか ‥ 」

「なんか手考えへんと、人力とか物理的な力だけでは、

 ダメそうな気がする」

「なるほど」



コントローラーからメモリーカードを引き抜いて、カードリーダーのスロットに差し込む。

カードリーダーはパソコンに接続されており、パソコンはメモリーカードを認識すると、カードの中身を自動再生する。

パソコンの画面で再生が始まり、ザッキーリとガーブは、画面に食いつく。

バッキーニとトーニは、その後方に佇む。

画面はデフォルトでフルサイズにしているので、画面いっぱいに映像が広がる。


「げっ ‥ 」

「げげっ ‥ 」


ザッキーリとガーブは、画面に広がる映像を見て、驚き、沈黙してしまう。

二人共、ある程度、阿鼻叫喚餓死絵図を、心に描いていたはずだ。

それでも、ドローンで撮った映像は、やっぱり破壊力があったらしい。


「 ‥ これは ‥ 」

「 ‥ あかんでしょ ‥ 」


画面から目を背けたいけど背けられない、背けるわけにはいかない二人は、画面を食い入るように見つめる。

ほどよいところで、バッキーニは話し掛ける。


「《やって来た人》を救おうとしたら、

 あのネバネバピンクから逃れさせることが、必須やな」

「監視とかは、考えんでいいの?」

「それは、大丈夫やと思う。

 実際に現地見て、ザッキーリとトーニも、同意してくれると思う。

 警備、ユルユルって言うか、ほぼ無い」


ガーブの疑問に、バッキーニは答える。

『その通りなんよ』とでも言うように、ザッキーリとトーニもうなずく。


「問題は ‥ 」

「「うん」」

「ネバネバピンクの魔の手から、どうやって救い出すかやな」

「「うん」」

「どうも、力ずくとかの物理的な力の作用では、無理っぽそうな気がする」

「「うん」」

「なんか、化学的とかそういう力が要りそう」

「「 ‥ そうなんか ‥ 」」


考え込む、バッキーニ、ザッキーリ+ガーブ、そしてトーニ。

沈黙が、落ちる。

心情的に、光りも落ちる。

思考的に、考えも沈む。


「 ‥ あのさ ‥ 」

「「「ん?」」」

「話し変わるけど」

「「「何?」」」

「これって、これなんちゃうん?」


ガーブが、バッキーニ+ザッキーリ+トーニに、問う。

ガーブは、ネバネバピンクの再生画面を最小化し、インターネットブラウザの画面を最大化する。

タタタタッ、カチカチッと検索し、あるサイトを表示する。

バッキーニは、そのサイトを覗き込んで、目を見開く。


「おお!

 まさに、これやん!」

「マジで?」

「ホンマに?」


「ホンマやて!」

「ホンマや!」

「マジや!」


ザッキーリとトーニも、続いて驚く。

三人が、実際に目にしたネバネバピンクが、そこにある。

で、売られている。

割合、お得な価格で。


そのサイトは、ネバネバピンクを開発した会社のホームページだった。

そのサイトでは、ネバネバピンクを卸売りしている。

数がまとまれば、卸売り価格で、小売りもしている。


「ピンクだけやないんやなー」


ザッキーリが感心したように、ネバネバはピンクだけではなかった。

ピンクの他に、レッド、ブルー、イエロー、グリーン、パープル、ブラウンがある。

ピンクを入れて、計七種類の色彩。

ネバネバレインボーが、商品のラインナップ。


プールに満たされるネバネバレインボー ‥ そこに浮かび人々と瓦礫 ‥ じっくり溶けていく人々と瓦礫 ‥ を想像し、四人は一斉に顔を顰める。


「「「「げー ‥ 」」」」


さすが、ネバネバピンクの製造元サイト。

卸売りや小売り情報だけでなく、開発目的・開発プロセス、使用用途・使用方法、保管方法やスペック等も載っている。


 ‥ ん? ‥ スペック ‥


ガーブは、キーボードに指を滑らす。

マウスを、せわしなくクリックする。


「なあなあ」

「ん?」

「この情報、使えるんちゃうん?」


ガーブの問い掛けに対応して、バッキーニは、画面を覗き込む。

画面には、ネバネバピンクのスペックが、映し出されている。

曰く、容量、成分構成、取扱区分、保管方法、法規情報等々。


「これが?」

「いや、成分構成研究したら、ネバネバをネバネバでなくする方法とか、

 わかるんちゃうん?」

「 ‥ ! ‥ ガーブ、グッジョブです!」


ネバネバピンクを化学的になんとかする為に、成分構成を研究するってか。

ええこと、思い付くやんけ。


二人の話しを聞いていた、ザッキーリとトーニも、にんまり微笑む。

 ‥ と、ザッキーリは顔を素に戻し、言う。


「いや、そないに大げさに考えんでも、ええんとちゃうか?」

「どういうことや?」

「成分見て、ネバネバを引き起こしてるやつに当たり突けて、

 それのネバネバを取り除く方法が無いかどうか、

 検索して調べてみたらええんちゃうか?」

「なるほど!」

「ザ・ワールド!」

「時よ止まれ!」


ガーブの案に、バッキーニ、ザッキーリ、トーニは、激しく同意する。


「ほな、ガーブ」

「おお」

「明日まででええし、ちょっと調べてみてくれるか」

「ほい。

 やってみるわ」


「よろしく」

「お願い」

「お頼申します」


ガーブの快諾に、バッキーニ、ザッキーリ、トーニは、激しくお願いする。



パサッ パサッ パサッ


「で、昨日、調べた結果やけど」


ガーブは、バッキーニ、ザッキーリ、トーニに、プリンタで打ち出した用紙を配って、説明を始める。

用紙には、昨日確認した、ネバネバピンクのスペック表が印刷されている。

そこに手書きで、図や添え書きが書き込まれている。


「この、赤で○付けた二つ、

 ブンコメゴガV3とラクオウトッナZXが、ネバネバの元らしい」

「なんか、強そうな名前やな」

「変身しそう」


バッキーニとザッキーリの感想は置いといて、ガーブは話を続ける。


「んで、この青で○を付けた、ダーソイセカJが、溶解液らしい」

「「「妖怪駅?」」」

「溶解液な」

「「「 ‥ はい ‥ 」」」

「ダーソイセカJは、そんなに強い溶解液やなくて、

 やっぱり、溶け出すまでに十数時間、

 完全に溶けるまで数週間かかるみたいや」

「つまり、《現象》が起こってすぐに行動したら、

 『溶解のことは、とりあえず考えんでええ』、ってことか」

「そやな」

「「妖怪?妖怪?」」

「もうええって」

「「はい ‥ 」」


いち早くシリアスモードを取り戻したバッキーニは、ザッキーリとトーニを窘める。


「ほな、ブンコメゴガV3とラクオウトッナZXのネバネバを、

 なんとかしたらええってことやな」

「うん。

 それについても、考えてある」

「おお、仕事が早い」

「ブンコメゴガV3とラクオウトッナZXを調べたところ、

 同じ物質を用いたら、ネバネバがサラサラになるらしいねん。

 それが、ナスノシホ555って物質らしい」

「ナスノシホ555 ‥ 」

「なんや、思い当たらんか?」

「思い当たらんな」

「案外、身近な物質に含まれてるんやけど」

「う~ん」

「ヒント、緑」

「「「う~ん」」」

「ヒント、下の方」

「「「う~ん」」」


バッキーニに、ザッキーリ、トーニも加わり、ガーブの問いを考えるが、答えを思い付かない。


「ヒント、黄色にへばり付いている」

「 ‥ あっ!」

「バッキーニは、分かったようやな。

 二人は、まだ分からへんか?」

「「う~ん」」

「ほな、バッキーニ、答えをどうぞ」


バッキーニ、右手を縦に丸めて口元へやり、咳払いをする仕草をして、おもむろに答える。


「オホン、地面にへばりついてる、苔っしょ?」

「正解」

「「マジで!」」

「「マジで」」


バッキーニ+ガーブ、ザッキーリ+トーニで、コール&レスポンス。


「ということは ‥ 」

「うん」

「そこらへんの苔拾って、ネバネバピンクプールに入れたら、

 『ネバネバ解消!』ってことか」

「理論的には。

 まあ、『どれぐらい要る』とか、

 『ネバネバとれるまで、どれぐらい時間かかる』とか、

 ネバネバがとれてる時間とか、いろいろ実験せな分からんやろけど、

 俄然、光りが見えて来たな」

「そうすると ‥ 」

「うん」

「問題は、どうやって、実験と言うかテスト用のネバネバピンクを、

 手に入れるかやな」

「「いやいや」」


ザッキーリとトーニが、一斉にツッコむ。

キョトンとするバッキーニとガーブに、もう一度ツッコむ。


「「いやいや」」

「「えっ?」」

「「買ったらええやん」」

「へっ?」

「そこから買ったらええがな」


怪訝なバッキーニにかぶせて、ザッキーリは言う。

トーニも『さもありなん』と言う風に、うなずく。


「そのサイトから買って、縮小したモデルでシミュレーションして、

 実際のスケールに計算して調整したらええがな」

「「 ‥ !」」


『おー』と感心する様子で、バッキーニとガーブは、ザッキーリにパチパチと拍手する。


「それ、いくらすんねん?」

「一キログラム、三〇〇円くらいやな」

「思ったより、安いやん。

 数十キログラムとか買って、ちっちゃいネバネバピンクプール、

 作ったらええねん」

「そうすっか」

「そうしよや。

 四人で割っても、一人数千円くらいやで。

 いけるいける」

「ほな買お。

 ガーブ、注文出してくれ」

「ほーい。

 どれぐらいにする?」

「そやな ‥ 」



ザー ザー ザー ザザーー

ザー ザー ザー ザザーー

ザー ザー ザー ザザーー

ザー ザー ザー ザザーー


ネバネバピンクが届いたので、ネバネバピンクを一斗缶からプールに開ける。

プールは、子ども達が水遊びするようなもので、それよりちょっと大きなやつだ。

プールの表面には、ネバネバピンクの溶解能力が比較的効かないという、布テープがビッシリ貼り詰めてある。


ザー ザー ザー ザザーー

ザー ザー ザー ザザーー

ザー ザー ザー ザザーー

ザー ザー ザー ザザーー


ネバネバピンクを、プールに入れ終わる。

ネバネバピンクを入れ終えたプールを見ると、粘り気のある桃色の液体が、少し波打って蠢いているように見える。

まるで、色鮮やかな、生きている単細胞生物のようだ。


『あんんまりええ、見ものやないな』


バッキーニは、ネバネバピンクプールから目を引き剥がすと、ザッキーリに目をやる。


「苔の用意は、ええのんか?」

「ああ、ええで。

 とりあえず、ネバネバピンクの容量の一〇%から始めよか?」

「「「オッケー」」」


プールとは別に、幾つか水槽にキープして置いたネバネバピンクの一つに、苔を投入する。

バッキーニ、ザッキーリ、トーニ、ガーブは手分けして、ネバネバピンクプールに、苔を投入する。


投入する。

かき混ぜる。

様子を見る。

掬い上げる。

確認する。

粘り気全く無し、滑らかな表面。


「いや、一〇%で、全然オッケー」


ザッキーリは、掬い取ったネバネバピンクを確認して、OKを出す。

投入して、かき混ぜて、数秒して、この結果。

予想以上、期待以上の結果だった。


「もうちょっと少なくても、ええかもしれんな」

「ほな、五%でやってみるか」


ザッキーリの判断に、バッキーニは、苔を用意して答える。


幾つか水槽にキープして置いたネバネバピンクの一つに、苔を投入する。

五%分の苔を、投入する。

かき混ぜる。

様子を見る。

掬い上げる。

確認する。

粘り気全く無し、滑らかな表面。


「五%でも、全然オッケー」


ネバネバピンクを、掬い上げて眺めていたザッキーリは、OKを出す。


「更に、もうちょっと少なくても、ええかもしれん」

「マジでか。

 なら、一%でいってみよか」


ザッキーリの判断にに、バッキーニは、またもや苔を用意して答える。


幾つか水槽にキープして置いたネバネバピンクの一つに、苔を投入する。

一%分の苔を、投入する。

かき混ぜる。

様子を見る。

掬い上げる。

確認する。

粘り気全く無し、滑らかな表面。


「一%でも、全然オッケー」


その後、調整して苔を投入すること、六回。


六回目に、

かき混ぜる。

様子を見る。

掬い上げる。

確認する。

少し粘り気のある、滑らかな表面。


「0.000001%でも、全然オッケー。

 ちょうどええかも」

「ほな、0.000001%でいこか。

 としたら、どれぐらい要る」


バッキーニは、パソコン前のガーブに尋ねる。


「半径一キロメートル、深さ三メートルの円形プールとして、

 1,000× 1,000× 3.14× 3 として、

 9,420,00立方メートル。

 重さに直すと、9,420,000 × 1 で、

 9,420,000キログラム。

 それの0.000001%やから、9.42キログラム。

 まあ、約九キログラムの苔が必要ってことやな」

「思いの外少なくて済んだけど、集めるのは、地味に大変そうやな」

「そうやな」

「なんかええ手はないかな?」

「う~ん。

 そこらへんに散らばってる苔を集めてたら、時間かかってしゃーないし、

 どっか、苔が密集して生えてるところがあったら、ええんやけど」

「「う~ん」」


ガーブと、バッキーニとザッキーリが悩んでいると、トーニがあっさり言う。


「ああ、俺、探して来るわ」

「へっ?」

「適当にブラついて、イケそうなところに当たりをつけて、

 ドローン飛ばして、調査したらええんやろ」

「おお。

 そうしてくれるか」

「おお。

 ポジション的に、それは俺の役目やろ」

「よろしく頼む」

「頼まれた」


バッキーニの依頼を、トーニは、すんなり受け入れる。


「ほな、ガーブ。

 ゲーゲロアースで検索して、怪しそうなとこの航空写真と地図、

 プリントアウトしてくれ」

「ほい」



「ここなんやけど」

「「「ふん」」」


トーニが示した地点を、三人は眺める。

航空写真上と地図上で、○に囲まれた地点に、目を凝らす。

確かに、航空写真の色目では、緑に覆われている。

地図で確認すると、ひどく辺境的なところでもなく、人が近付き易くもある。


「で、これが、そこの現状」


トーニが、カードリーダーのスロットに、メモリーカードを差し込む。

パソコンがメモリーカードを認識するや、自動的に動画再生が始まる。

ドローンが上空から、その地を撮影した画が、映し出される。


「おお」

「これは、なかなか」

「ええんとちゃうの」


ドローンが上空から撮影したその地は、一面緑世界だった。

黄色い地面が顔を覗かせる隙間も無く、緑の苔に覆われている。

その規模は広大で、少なく見積もっても、サッカーのピッチ十面分位はありそうだ。


「これなら、九キロ分くらい、すぐに集まりそうやな」

「問題は ‥ 」

「なんや、なんか問題あんのか?

 権利関係か?」

「いや、所有権とか登記とか、そこらへんは置いといて、物理的なことで」

「なんや?」

「いや、集めた苔の、輸送方法」

「んん?」

「誰も車持ってへんやん。

 そもそも、誰も免許無いし」

「ああ、それか。

 心配すな。

 ちゃんと考えたある」

「どうすんの?」

「九キロを、四人で手分けして運んだら、一人2.25キログラム」

「うん」

「約二キロを運んだらええんやろ、いけるいける」

「でも、二キロを背負って、この距離はキツいやろ」


四人のアジトから、苔の大地まで、距離にして十数キロメートルはある。


「誰が、「歩いて」って言ってん?」

「へっ?」

「チャリンコ四機、発進準備」

「えっ!

 俺のカゴ無いけど」

「背負って漕げ」

「そうなるか ‥ 」


バッキーニの冷厳なる指令に、トーニはうなづく。



キコキコ キコキコ

キコキコ キコキコ

キコキコ キコキコ

ギコギコ ギコギコ


帰りである。

苔の大地からの帰りだ。


ものの一時間もしないうちに、約九キログラム分の苔は、集まった。

あと何回かは、確実に、充分取れそうな気がする。


重いリュックを担いで、自転車を漕ぐ。

いや、担いでるのはトーニだけで、後の三人は、前カゴにリュックを入れて、軽快に漕いでいる。


これで、下準備は、調ったことになる。


いちいちアジトに持って帰り、いちいちアジトから運ぶのも、手間食うし時間食うし腹空くので、取った苔は直で運ぶことにする。

ネバネバピンクプール近くに設けた見張り基地まで、運ぶことにする。

基地と言っても、背の低いカモフラ柄のテントが、一基あるだけだが。


そのテントに、苔を保管しておき、交代で監視につく。

とりあえず、最初は、バッキーニが監視役につく。

一応、四人しかいないとはいえ、レジスタンス団体《TGK》のバンディエラなので、最初はバッキーニの役目になる。

まあ、「体のいい「お前、最初にやれよ」で、押し付けられた」、とも言う。


苔をテント内に運ぶと、「「「じゃ」」」とばかりに、三人は速やかに立ち去る。

残されたバッキーニは、双眼鏡を出し、ネバネバピンクプールの監視に入る。



鼻につく。

バッキーニの、鼻につく。

テント内に、苔の香りが充満している。

ふむ、芳しい。

ふむ、豊潤。

バッキーニは、穏やか~な朗らか~な気持ちに、囚われる。

バッキーニは、ほっこり気分で監視を続ける。


多分、黒幕の中の、ネバネバピンクプールは、極酸鼻阿鼻叫喚地獄絵図。

そしてこっちは、テントの中、苔の香りに包まれ、ゆったり気分。

ネバネバピンクプールとテントの差、その差約数百メートル。

その差は、来るのが早いか遅いかの差。

早く来て何代か経た者と、今来た者の差。

元は、全く同じ者。

いや、今でも、身体的・生物的には、全く同じ者。

いつかできてしまったこの差。


タイミングと言えば、タイミング。

偶然と言えば、偶然。

それを殊更、必然とか奇跡とか運とか言ってしまうと、たちまち人為的で鼻に付いて、胡散臭くなる。

だから、自然なことと言えば、自然なこと。


でも、なんか、嫌やねん。

キショク悪いねん。

気持ち悪いねん。

だから、この差をなんとかしたいねん。

ちゃぶ台引っくり返す感じで、なんとかしたいねん。

だから、とにかく計画立てるねん。

シミュレーションするねん。

行動するねん。

監視と言うか、見つめ続けるねん。


バッキーニは、苔の香りで緩みそうになる自分の心を、目的意識を改めて確認し、奮い立たせる。

なんとか奮い立たせて、監視を続ける。

見つめ続ける。

他のメンバーにも、『苔の香りの罠に落ち込まないように、注意してやろう』と思う。

《現象》は起こらない。



ザッキーリは、監視する。

鉄柵を越えて黒幕の中にあるであろう、ネバネバピンクプールを見つめ続ける。

苔の香りに包まれて、見つめ続ける。


まったく、この香りは、ほっこりさせるな。

まったく、眠気を誘うな。


まったく不思議なもんや。

この、ほっこりさせる香りを醸し出すもんが、あのネバネバピンクへの特効薬になるんやからな。

あの、ギトギト感のある、生理的嫌悪感のある、生理的不快感のあるものを、穏やかにしてくれるんやからなー。


まあ、こういうのは、得てして、こういうもんかもしれん。

この世の中、何が何に繋がるか分からへんし。

何が流行するか、分からへんし。

完全に古典となっていたものが、廻り廻って巡り巡りまくって、再び流行を迎えたりするしなー。

その意味で、『今の何かの幸福』が、『将来の何かの不幸』に繋がるか分からへんし。

『今の何かの不幸』が、『将来の何かの幸福』に繋がるか分からへんし。


ホンマ、分からへん。

まあ、俺らのできることは、丁寧に日々を積み重ねることやな。

怠ることなく、誠実に真摯に、生活することやな。

それが、不断に精進し続けるってことなんやろ。

それが、亀の歩みでも、0.001ミリずつでも、進化を続けるってことなんやろな。


ザッキーリは、苔の香りで森林浴気分うたた寝気分になりつつあった自分の心を、日々の営みを思い起こし、奮い立たせる。

立たせて立たせて、監視を続ける。

バッキーニの言う通りだったと、他のメンバーにも、『苔の香りの罠に落ち込まないように、注意してやろう』と思う。

《現象》は起こらない。



トーニは、監視する。

苔の香りに混じるほんわか懐かしい香りを、『何やったかな?』と思いながら、監視する。

トーニは、思い至る。


そうそう、お寺の香りや。

多分、お香とかお庭とか、そんなもんの香りやな。

そういや、ちっちゃい頃、お寺とか神社とかよく行ったよなー。

べつに正直、信心とかあるわけやなかったけど、充分な敷地あったから、遊び場に適してたもんなー。

そして、最初に、お堂とかお社に手を合わせて、『これから遊ばせてもらいます』って念じ言ってことわっておいたら、なんか気分良かったもんなー。


べつに、お寺であろうと神社であろうとその他諸々であろうと、かまへんかったよなー。

真摯に手合わせてお祈りしたら、どっちでもええんとちゃうん。

多少ユルくても、押さえるとこ押さえて、キチンと接したらえんとちゃうん。

必要以上に、必要無いとこまで、押さえなあかんことないやろ。

必要無いとこまで押さえんと、「不信心」とか「信心が足りない」とか言われて、不幸とか暗黒未来の理由にすること自体、嘘っぽいし胡散臭い。

ましてや、なんで、信心に、不必要極まりない金が要るわけ?

意味が分からん。


苔の香りに混じるノスタルジックな香りにやられて、セピア色の思い出に浸ろうとしていた自分の心。

が、現実の事態への憤りを思い起こさせ、トーニは、自分の心を奮い立たせる。

振り切り立たせて、監視を続ける。

二人の言う通りだったと、ガーブにも、『苔の香りの罠に落ち込まないように、注意してやろう』と思う。

《現象》は起こらない。



ガーブは、監視する。

苔の匂いにつられて、自然の凄さ・深さ・そっけ無さを思いながら、監視する。

ガーブは、思い続ける。


凄いよなー。

こんだけの量やのに、取ってからもう大分時間経ってるのに、まだグイグイ匂うもんなー。

しかも、その匂いときたら、


ガーブは、鼻から匂いに満たされた空気を吸い込み、身体いっぱいに、匂いいに満たされた空気を行き渡らせる。


むっちゃ深みがあるもんなー。

そんで別に、大上段に構えるとか主張するわけでなく、こっちも特別なアクションを起こさなくてはいけない、わけでもない。

なんや、『別にこっちも、気イ入れて匂い醸し出しているわけやない。だから気持ち良かったら、匂い嗅いだらええがな、吸ったらええがな』、っていう感じがする。

言わば、素っ気無いけど泰然自若、文字通り自然体やな。

他の言い方すれば、『ツンツンはしていないが、素っ気無い無いとか淡々とかしてる感じはするから、ツンデレ系の言わばタンデレ』か。


まあ、元々自然て、そんなもんやんなー。

自然現象に、人間が感情移入して見るから、なんやかんや言うわけで。

例えば、自然災害も、『しゃーない』とか『自然の摂理』で済まさず、人為的のみならす自然的な責任も求める風潮やもんなー。

でも、自然にとっちゃ、人間の都合なんか、知ったこっちゃないわな。

『何それ?』ってなもんや。

いや、それも無いか。


その意味で言や、「この星に優しい」とか、ちゃんちゃらおかしい。

『「人間に優しい」でしょ、誤魔化すなや』、って感じやな。

星は、その時々の状況に応じて、適した形にトランスフォームしてるだけでしょ。

星の自己防衛システムが、発動しているだけでしょ。

それが、人間に不都合やからって、「この星に優しい」にすり替えた活動を、星の都合無視して、展開するってどうよ。

誰が、そのシステムを発動させてん。


ガーブは、苔の香りが思わせる、自然の佇まいに感じ入っていた自分の心を、奮い立たせる。

似非エコ活動への辟易に思いを巡らし、奮い立たせる。

憤り立たせて、監視を続ける。

『「三人の言う通りでした。苔の香り、要注意でした」と、バッキーニ、ザッキーリ、トーニに報告しよう』、と思う。

《現象》は起こらない。



バッキーニは、監視する。

何度目かの、監視役だった。

八時間交代を四人で廻したので、何度目か、はたまた監視を始めてから何日目か、曖昧になって来ている。

確か、『十何度目かの監視役』だったような気がする。

確か、『十何日目かの監視役』だったような気がする。


ん?

それやったら、なんか、おかしないか。

経過日数は、役目従事数の、四の倍数+1にならなあかんやろ。

あ、でも、役目従事数が、一桁台やったのかもしれんし。

 ‥ それはないか。

ほな、経過日数が何十日やったとか。

 ‥ もうええわ、ややこしい。


そんな不毛な思惟を、バッキーニが行なっていた時、震える。

青い太陽が、赤い空が、大きく。


薄まる。

風の色が、みるみる。


立つ。

無色透明の柱が、スパイラル。


降りて来る。

種々、諸々、内部旋回。


 ‥ 振るえ、止まる。

風が、色付き出す。


「まだや」


バッキーニは、待つ。


数十分後、パトロール員が見廻りに来る。

おざなりに、二重サークルの廻りを廻って、サクッと見廻りを済ませる。

そして、サッサと、速やかに立ち去る。


「今や」


バッキーニは、ザッキーリ、トーニ、ガーブに連絡を取る。

「速やかに、駆け付ける」ように伝える。

自らは、苔(の入った麻袋)を抱えて、自転車のカゴに放り込む。

自転車は、一度に約九キログラムの苔を運べるように、改良してある。

前輪の上・左・右、後輪の上・左・右に、それぞれカゴが取り付けてある。

計六つのカゴで、苔を運べるようにしている。

もっとも、自転車を漕ぐ体力は必要で、パワーの消費が激しいが。


ギィ ‥

バッキーニは、漕ぎ出す。

が、自転車は、少ししか動かない。


ギィ ‥ コ ‥ ギィ ‥ コ ‥

少しずつだが、確実に動き出す。


ギィ ‥ ーコ ‥ ギィ ‥ ーコ ‥

ペダルの重さが、徐々に緩和されて来る。


ギィ ー コ ‥ ギィ ー コ ‥

ペダルが、明らかに軽くなる。


ギィーコ ‥ ギィーコ ‥

ペダルの回転数が、上がる。

速度が、増す。

風を切っている体感が、少し感じられる。


『目的地まで、近いけど、遠いなー』


バッキーニは、苦笑しながら、思う。

『苦笑ができる今の内に、苦笑をし倒してやろう』とも思う。


バッキーニは、二重サークルの一重目 ‥ 鉄柵に近付く。

鉄柵の、出入り口に近付く。

出入り口に施錠されている南京錠を、揺する。

鍵穴に、ちょっと曲がった針金を突っ込んで、揺する。


カチッ


南京錠は、開く。

南京錠を外し、出入り口を開け、鉄柵をくぐり抜ける。


二重サークルの二重目 ‥ 黒幕に、近付く。

黒幕の前で、一旦停止。

深呼吸をする。

大きく吸って、大きく吐く。

テンカウント吸って、テンカウント吐く。

呼吸を整え、しゃがむ。

黒幕の裾を、掴む。

引き上げる。

黒幕を、くぐり抜ける。

極酸鼻阿鼻叫喚地獄絵図が、広がる。


ドローンで見た通りの図だった。

予想していた通りの図だった。

でも、実際に見てみると、体感してみると、


臨場感が、半端無い。

予想通りだけど、予想なんかぶっ飛び、ちゃぶ台返し。


今来たばかりであろう《やって来た人》は、置かれた状況が把握できず、パニくりまくり、思考停止で、ネバネバピンクの中を足掻いている。

その《やって来た人》の目が、徐々に、一斉に、バッキーニに注がれる。

この闖入者に、訳が分からないながらも、救いを求めて、すがる様な目を向ける。

例外無しに。


『そんな目せんでも、そのつもりやし』


バッキーニは、バシャバシャネバネバ足掻いている《やって来た人》や、真新しい瓦礫を横目に、そう思う。

所々、以前のもの ‥ 溶けかけの瓦礫、半ば肉の付いた人骨、綺麗な骸骨が見受けられるが、《やって来た人》は、それに気付く余裕も無いらしい。

まあ、幸せなことではある。


《やって来た人》のすがる目を他所に、バッキーニは、苔を運ぶ。

ネバネバピンクプールのプールサイドまで苔を運ぶと、苔を、麻袋からネバネバピンクプールの中へ、注ぎ入れる。


ザーーーーーーーーーー


一つの麻袋を注ぎ入れ終わると、プールサイドを移動する。


ザーーーーーーーーーー


立ち止まって地点で、苔を注ぎ入れる。

これを、あと四回繰り返す。

計六回に渡って、苔を注ぎ入れる。

ネバネバピンクプールの円形プールサイドから、六箇所に渡って、注ぎ入れる。

等間隔に、円の六つの頂点から、苔を注ぎ入れる。


《やって来た人》は、目で、『何してんねん!助けろや!』『お前、見てるだけか!』といった訴えをして来る。

バッキー二は、《やって来た人》と目を合わさず、ネバネバピンクの様子を観察する。


バシャバシャ ネバネバ

バシャバシャ ネバネバ

バシャバシャ ネバネバ

バシャバシャ ネバネバ


バシャバシャ ネバネ

バシャバシャ ネバネ

バシャバシャ ネバネ

バシャバシャ ネバネ


バシャバシャ ネバ

バシャバシャ ネバ

バシャバシャ ネバ

バシャバシャ ネバ


バシャバシャ ネ

バシャバシャ ネ

バシャバシャ ネ

バシャバシャ ネ


かなり、粘り気が取れて来たようだ。

《やって来た人》の、足掻き音も、大分、楽になっている。


「「「お疲れー」」」


ザッキーリ達が、到着する。


「ええとこ来たな。

 ちょうど、粘り気が取れて来たとこや」

「おお、そうか。

 レスキュー器具、持って来たで」

「待ってました」


四人が開発したレスキュー器具も、到着したらしい。


「ほな早速、取り付けるわ」

「よろしく」


ザッキーリ一人、トーニ+ガーブの二人で、二手に分かれる。

トーニ+ガーブ組は、ネバネバピンクプールのプールサイド沿いを、小走りする。

ザッキーリのいる位置と、対角の位置の辿り着く。

辿り着くと、ポジションを決めて、デカい吸盤状のものを設置する。

吸盤から空気を抜いて、固定具合を確かめると、満足に首を縦に振る。

二人して、ザッキーリに手を振る。


「「ええぞ」」


ザッキーリは、構える。

銃を、構える。

銃と言っても、漁師が使う、銛射ち銃のデカい版みたいなもの。

先端には、銛の代わりに、リング状に穴が空いた弾頭が付いている。

銃のお尻からは、ロープが伸びている。

ロープは、ザッキーリの足元に、何重にも、とぐろを巻いている。


ザッキーリは、定める。

照準を、定める。

狙いは、トーニとガーブが定めたポジション。


「行くぞ」


ザッキーリは、撃つ。

引き金を、絞る。


バン!


短いが、溜めに溜められた空気が炸裂する音が、弾ける。

スルスル、スルスル、銃から飛び出したロープは、伸び飛ぶ。

トーニとガーブの元まで、ロープは届く。

ロープの輪に吸盤の金具を通して、ロープを張り詰める。

対角では、ザッキーリが、ロープの端の輪を、これも吸盤に固定していた。


ロープを張ると、三人は、移動する。

ロープを底辺として、ネバネバピンクプール半円の頂点に移る。

ザッキーリと、トーニ・ガーブは反方向に動き、またもや、対角の位置となる。


そこで、ロープ張りの作業を繰り返す。

作業が終わると、ネバネバピンクプール上に、十文字のロープ渡りができていた。

ロープを縦横に張り終えると、ザッキーリは、スピーカー付き携帯マイクを取り出す。

マイクに、口を寄せる。


【みなさん、こんにちは】


当然のことながら、【こんにちわー】の返事は無い。


【みなさんを、助けに来ました】


パシャパシャ音が止む。

《やって来た人》は、ザッキーリに注目し始める。


【不審な点も多々あるでしょうが、ここは、僕らの指示に従ってください】


《やって来た人》は、固唾を飲んで、ザッキーリの言葉に耳を澄ませる。


【張られたロープをつたって、プールサイドまで来て、上がってください】


ここに来て、《やって来た人》は、ようやっとロープに気付く。

気付く余裕も、無かったらしい。


【後は、僕らが、なんとかします。

 とにかく、まず、プールから上がってください】


心持ちの余裕が出た《やって来た人》間に、戸惑いが広がる。

戸惑いと不安の、ごっちゃ混ぜ。


【このままプールにいたら、そこら中のものと、同じ運命になります】


ザッキーリは、そこら中を、指差す。

ザッキーリの指の動きに合わせて、《やって来た人》の、頭が動き、視線が動く。

《やって来た人》の顔が、固まる。


【ここは、『ダメ元』と言うか、『死ぬよりマシ』の心意気で、

 僕らの指示に従ってください】


《やって来た人》は、そろそろ続々と、ロープに近付く。


【ありがとう御座います、よろしくお願いします】


ザッキーリは、マイクを下ろす。

ロープをつたって来る《やって来た人》の、フォローに廻る。



シンプルな石造りの、大きな建物。

そこに、《やって来た人》は、収容される。

最初の機会から数えて、もう何回も何人も、助けて来た。

その為か、もう建物の収容人数を大幅に超えて、部屋に人々が、溢れている。

ついに、バッキーニ、ザッキーリ、トーニ、ガーブが打ち合わせる部屋まで、《やって来た人》が収容されていた。


「もうそろそろやな」

「そやな」

「どうなってる?」

「土地は、手配しといた」


ザッキー二は、答える。


「テントも、OK」


トーニも、答える。


「当面の食いもんも、OK」


ガーブも、答える。


「ほな早速、移動するか」

「どうやって?」


ザッキーリが、聞く。

トーニとガーブも、うんうん頷く。


「バス仕立てて、何台かで移動する」

「昼間に?」

「昼間というか、朝」

「おおっぴらに?」

「おおっぴらに」

「いや、それは、あかんやろ」

「大丈夫。

 日雇いバスの振りするから」

「へ?」

「ほら、日雇いの労働者とか派遣社員とか期間従業員とか、

 駅から仕事場まで運ぶバスあるやん」

「ようあるな」

「それの振り、をする。

 バスのフロントガラスの上に、

 人材派遣業者みたいな名前書いた紙貼っておいたら、OKやろ」

「なるほど。

 その手か」


ザッキーリは、感心する。

バッキーニは、淡々と続ける。


「バスのチャーターやけど」

「おお」

「もうしといた、って言うか、買っといた」

「えっ、買ったんか。

 レンタカーでよかったやん」

「後々のこと考えると、『買うた方がええかな』、と。

 今後、使い道ありそうやし」

「高かったんちゃうん?」

「大丈夫。

 年落ち・モデル落ちを、中古で買ったから」

「買ったんは、一台だけか?」

「乗員三十人くらいを、二台」

「いや、俺ら、免許無いで」

「《やって来た火》の中に、免許持ってる人いるやろ。

 俺らは、一台に二人、付いてたらええねん」

「30× 2 = 60、一日六十人くらいか。

 三、四日くらい、毎日運んでたら、いけそうやな」

「楽勝やろ。

 そこで、ザッキーリにお願いがあんねん」


バッキーニが、思わせ振りな口振りを発す。

ザッキーリは、思わず警戒する。


「 ‥ 何や?」


おそるおそる、聞く。


「《やって来た火》に、今回の移動について、説明せなあかんやん」

「おお」

「でも、何百人もの人に、説明するには、時間も労力もかかるやん」

「おお」

「だから、文書にして、配ろうと思うねん」

「ええんとちゃうか」

「で、その文面やけど ‥ 」


バッキーニは、ザッキーリを見つめ直す。


ああ、分かった。

分かってしまった。


「俺に考えろ、ってことか」

「ご名答。

 お願いします」


バッキーニは、頭をペコッと下げる。


「いや、そんなん、苦手やし」

「でも、文章書くの得意やん。

 本も、よう読んでるし。

 ちゃちゃと、テキトーに、仕上げてくれたらええねん」

「あんた、そんな簡単に」

「体裁とか書式とかには拘らへんから、用件が伝わったらええねん」

「 ‥ う~ん ‥ 」


考慮し出した。

あと一歩である。


「タダとは言わん」

「へっ?」

「ドーナツを付けよう」

「おお!」

「それも、チョコファッションとハニーチェロ」

「やります」


速やっ!

ってか、弱っ!



文面を考え、文章に起こし、実際に打ち、プリントアウトし、コピーする。

それを配布して、簡単な説明を付け加えて、伝達及び周知、終了。


そして、迎えた《やって来た人》大移動、初日。

そして、迎える《やって来た人》大移動、最終日。


《やって来た人》は、今日を持って全員、《TGK》の石造り建物アジトから、移動する。

移動先の地は、ガンダムとトライダーG7に敬意を表して、《サイドG7》と呼んでいる。


寝るテントこそあったものの、《やって来た人》達は、当初、原始生活を強いられる。

但し、獲物を獲る、といった狩猟生活はできないので、農耕生活に勤しむ。


土地だけはあったので、未開地を拓き、開墾し、種を蒔き、水を遣り、草引きし、常時手を掛ける。

自然災害に対処し、動物災害に対処し、人為災害に対処する。

収穫し、泥を落とし、食べられる形にし、皆に分配し合いする。

料理し、食べて、寝て、消化し、出す。

それを、丁寧に繰り返す。

繰り返して、生活する。

生きる。


一年も経たない内、夫婦ができ、世帯ができる。

二年も経たない内、子どもができ、家庭ができる。

三年も経たない内、指導者集団ができ、自治組織ができ、本格的な団体生活が始まる。


人口は、三百人を超える。

このくらいの人数になって来ると、隠れ里生活を維持するのは、難しい。

サイドG7内に、他のムラの住民が、出没するようになる。

他のムラに、サイドG7の住民が、出没するようになる。


そのうち、噂になる。

噂、波が広がるように、広まる。

そして、遂に、雑誌に載る。

いわゆる、週刊おやじゴシップ雑誌だったが、記事の一つに取り上げられる。


“○○の奥地に、隠れ里?”

“原始的生活共同体?”

”ユートピアか?ディストピアか?”


?マークが、これでもかと言うぐらい氾濫し、文章自体も仮定形が、くどいほど繰り返されている。

おそらく、ロクに、取材もしてない。

聞き及んだ情報を合わせて、記事を一つ、でっち上げた感じ。

テキトーな写真を添えて。


でも、悔しいことに、事実を突いていた。

それに伴い、風評記事や偏見記事、隠密取材やデバガメ取材のみならず、正式な取材依頼も殺到する。

しかも、世に聞く、新聞社や雑誌、テレビやサイトからも。

いつまでも、『知らぬ存ぜぬ、関わりのねえことで』で押し通す訳にもいかない、訳にもいけない。

《サイドG7》側も、渉外役を、立てざるを得なくなる。


「ほな、バッキーニ、よろしく」

「そら、バッキーニやな」

「バッキーニしかいんでしょ」


ザッキーリも、トーニも、ガーブも、一瞬の躊躇も無く、バッキーニを推薦する。


「なんでやねん」


バッキーニは、不満を通り越し過ぎて、呆れツッコむ。


「こういう場合、バンディエラが、指導者とかリーダーとかとして、

 表に立つもんやろ」

「それに、どう見ても四人の中では、バッキーニが一番、地頭力がある」

「どんな事態が起こっても、臨機応変に、対応してくれるやろし」


三人の意見は、揺るがない。


「いやいや、そう思っていても、ここはひとつ、話し合いを持つとこやろ」

「そんなん、時間の無駄やん」

「手間の無駄でもあるし」

「無駄、無駄」


バッキーニは、なし崩し的に、いたくスンナリ、渉外担当になる。



バッキーニは、表に出る。


ここ数日、ムラ内で、マスコミと住民のいざこざが、頻発していた。

原因のほぼ100%は、マスコミのぶしつけな取材によるものだった。

といって、このまま捨て置くことはできないので、バッキーニは、マスコミ向けに会見することにする。

ムラの入り口に設けた家屋の前で、会見することにする。


これ以上、ムラに無断侵入されては困る。

これ以上、ムラで無断取材されては困る。

これ以上、住民に害を与えてもらっては困る。

なんやかんや全部諸々、こちらが困ることをされては困る。


自分がされて嫌なことを、人にすんなや。


バッキーニは、そう思いながら、家屋から表に出る。


うわっ!

眩しい。


出た途端、フラッシュに晒され、ライトに晒される。

カメラのレンズが並び、テレビカメラのレンズが並び、こちらを睨みつける。

マイクが、刺さるように突き出される。

マイクの数だけ、明らかにこちらへ好意を持っていない顔が並ぶ。

なんか、なんもしてへんのに、『犯罪者にされた』ような気がする。


あまりの明るさに、目を細め、顔を曇らす。

『そら、ワイドショーとかで見る、会見に臨む人々、悪人顔にもなるわな』と、顔を渋くしながら、バッキーニは思う。


思うついでに、考えが飛躍する。


フラッシュ焚いて、ライト点けてるってことは、カメラで撮って、テレビカメラで録画してるってことやんな。

誰が許可してん。

俺は、してへんで。

そら会見するんやし、会見開始前に聞いてくれたら、許可するのにやぶさかではない。

でも、一言の断りも無しに、いきなりはあかんやろ。


しかも、これも断り無しに、マイク突きつけとおる。

許可無しで、『音声も仕入れよう』、ってか。

リポーターは例外なく、『私達は、庶民の味方です。視聴者が知りたがっていることを報道するのが、私達の使命です』みたいな顔をして、こちらにマイク突きつけとおる。

揃いも揃って、反感を隠せない表情、を含んで。

きっと、番組では、視聴者の反感を煽る様に、画と音声の編集・切り貼り・細工をするんやろうなー。

それに、予定調和の尤もなコメント付けるんやろうなー。

目に浮かぶようやわ。


でも、ヘンに気イ入れてもしゃーないし。

嘘付くわけにもいかんし、その気も無いし。

ええ子ぶって、取り繕うのなんか、全然眼中に無いし。

ま、自然体やな。


なんや、大それた撮影器具とか言葉やコメント持ち出して、こっちをビビらそうとするのは、ようある手でしょ。

ハッタリの効く、設備や装備や器具、雰囲気や服装や言葉を持ち出して、自分等のペースで『物事運ぼう』、としてるだけでしょ。

そんなミエミエにハマるだけ、時間と手間と心の無駄無駄。


ほな、自然体で、力抜いて行きますか。

でも、その心構えで臨んだら、「反省が無い」って、報道されたり、記事出されたりするかもしれんなー。

だけど、そもそも、反省することしてないしなー。

一方的に、そっちの価値観押し付けられても困る。


バッキーニは、フラッシュとライトに怯まず、カメラとテレビカメラに正対し、マイクとレポーターに、にこやか過ぎるほど微笑む。


一瞬、時が止まる。

風が、抜ける。


バッキーニは、何言も発せず、しばらくそのまま微笑む。

リポーター達は、口を噤む。

カメラのシャッター音が止む。

テレビカメラの廻る音だけが、響く。


バッキーニが、口を開く。


「サイドG7を代表して、私がお答えします」


途端に、光と音と言葉の波が、再びバッキーニを襲う。



S.A.C.


新聞も雑誌も、テレビもラジオも、S.A.C.の話題で持ち切りだ。

ここ数日、情報は氾濫している。

おそらくこれで、国民の九割方は、S.A.C.及びサイドG7の存在を、知ったことだろう。


バッキーニの会見後、サイドG7の存在は、白日の下に晒される。

マスコミは、こぞって取り上げるが、サイドG7を表わすいいワードが、なかなか見つからない。

使い古されたワードは多々あるが、なかなかシックリ来ない。

ミニ共和国、地方自治地域、風の武士的隠れ里、等々 ‥

そこで、あるマスコミが使用したワードが、次第に定着する。


S.A.C.


Stand Alone Community(自立生活共同体)

一度、言葉ができて定着してしまうと、サイドG7よりもS.A.C.の方が、l言葉の通りが良くなる。

今や、サイドG7、TGKといったワードは脇に置かれ、「S.A.C.、S.A.C.」と、世間は騒がしかった。

尤も、サイドG7等のワードは、内部で仲間内で使用されていただけのワードだったから、それも致し方無いが。


バッキーニは、会見時に言う。


「別に僕ら、

 『この国から独立して、なんかしよう』

 と思っているわけ、ではないですから」


嘘だ。

まったくもって、フェイクである。


目標とする人数 ‥ 一定の数の《やって来た人》が集まれば、行動を起こすつもりだ。

独立独歩・地産地消行動を。

その目安は、五百人超え。

計画も立ててあり、手順も押さえてあり、設備・装備・人材等の目処も付いている。

あとは、人数を確保するだけだ。


ただ、バッキーニ、ザッキーリ、トーニ、ガーブには、サイドG7が公けになったことで、ある懸念を共有している。


サイドG7が公けになったということは、TGKが《やって来た人》の救助活動をしていたことが、公けになったということ。

《やって来た人》を救い出していたということは、《やって来た人》をこっそり、二重サークルから逃していたこと。

二重サークルから逃していたということは、政府の目をこっそり盗んで、活動していたということ。

つまりは、《やって来た人》を放置して、積極的に見殺しにしていた、政府の隠れ政策を白日の下に晒した。

それは、政府の面目やプライドを、丸潰れしたことを意味する。

バッキーニ、ザッキーリ、トーニ、ガーブは、政府からの何らかの圧力・横やり・妨害があるものと覚悟する。


その必要は、無かった。

まったくもって、無かった。


政府は、《やって来た人》への対応を、


[《やって来た人》の受け入れによる人口増

 → 生活水準の低下、格差の広がり、年金問題等々]


にすり替え、世論を誘導する。

政府の好む方向へ、世論を誘導する。

その過程で、TGKの《やって来た人》救助活動を評価する。

「社会への悪影響を考えて、(表向き)泣く泣く《やって来た人》の受け入れを拒んでいたが、TGKがそれをやってくれるのなら、有り難い」、ってなもんで。


そんなこんなで、圧力・横やり・障害があるどころか、政府から、積極的な協力さえ受けられるようになる。

なんやら複雑な気持ちに、バッキーニもザッキーリもトーニもガーブも囚われたが、名より実を優先する。


政府の(裏はあるが)理解を得、世論の理解も得、TGKの活動は、リスタートを切る。




タタタッ タタタッ ‥

タタタッ タタタッ ‥

タタタッ タタタッ ‥

ふう ‥


「できたか?」

「なんとか」

「どれどれ」

「これ」

「 ‥ ふ~ん。

 ソースコード、再チェックしたか?」

「した。

 これで、間違い無いと思う」

「そうか。

 配布システムは、もうできてるんやんな?」

「うん。

 メールに添付して、開いたらアチャー方式」

「そうか。

 まあ、割りと初歩的やけど、

 それが効率的で、一番引っ掛かってくれやすいからな」

「僕も、そやと思う」

「ほな早速、送り付けるか。

 『1クリックで、世界混乱混沌』、ってか」

「そやね。

 『ああ、この1クリックが!』、ってとこやね」

「俺達、神やな神」

「『神なんて、薄っぺらいもんより上』、やと、僕は思うけどね」

「そーかー?」


タタタッ タタタッ


「準備OK」

「ほな、行きますか」

「ほな、行きましょう」

「行け!」

「行きまーす!」


カチッ



カチッカチッカチッ ‥

カチッカチッカチッ ‥


「部長」

「なんだ?」

「ちょっと画面見てもらえますか?」

「どれどれ ‥ 」

「課長の自分始め、部員全員が関わっている、

 顧客に与えた損失のデータは、これで全部です」

「 ‥ こんなにあるのか」

「実際的に、会社の中枢にあたる部署ですから、

 会社が顧客に与えた損失には、ほぼ全てに関わっているとみた方が、

 いいでしょうね」

「まだ、表沙汰にはなってないんだったな?」

「ここに表示してある分は、まだですね」

「なら、消してしまおう」

「えっ?」

「データを全部、消去してくれ」

「全部ですか?」

「もちろん」

「いろんなところで、辻褄が合わなくなりますよ」

「合わせてくれ」

「後始末が、すごい作業量になります。

 それこそ、部員全員かかりっきりで、二晩や三晩、徹夜確実です」

「頑張ってくれ」

「『確実にヤバそうなところだけ、データ消去』、

 って訳には、いきませんか?」

「全部の、データ消去を、お願い、する」

「 ‥ 分かりました」


カチッカチッカチッ ‥

カチッカチッカチッ ‥


「 ‥ これでいいですか?」

「ふむふむ ‥ 。

 これで、全部だね?」

「はい」

「他には、無いね?」

「はい」

「じゃあ、行ってくれ」

「はい」



パタパタ ‥ ヒョイ


「お母さん、入るよ」

「はい」


スタスタ ‥ ヒョイ

しげしげ


「これ、何?」

「転送先変更システム」

「えっ?」

「私らの制空圏に入って来たものを、自動的に排除して飛ばす先を、

 決めるシステム」

「ああ、下の人や物を」

「そう」

「そんなんが、なんでこのPCに入ってるの?」

「そのシステムの制御が、私の仕事やから」

「いわゆる、家庭に仕事を持ち込んでいる、ってこと?」

「耳が痛いわね」


しげしげ


「ちょっと、いじってみてもええ?」

「ダメダメ」

「やっぱり」

「 ‥ と言いたいところやけど」

「えっ?」

「飛ばし先が変わっても、私らにはなんも影響無いし、

 こっそりいじる分には、構わないと思う」

「ええの?」

「私は、知らへんかったことにするから」

「明らかに、この色、このデザイン ‥ いじってって言ってるもんなー」

「じゃあ、私、後ろ向いてるし」

「うん」


カチッ




「なんなのよ ‥ 」


『なんなんやろうな』


 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥




「しゃーないな」

「世の中、そんなもんやろ」

「まあ、えてして、うまくいかんわな」

「そん中でも、ええ方ちゃうか」

「人数が、少し足りひんだけやしな」

「『あと数回で、目標の五百人到達』って、惜しいとこやったんやから、

 ハッタリかましたらええねん」

「まあ、俺らが決めた、ただの目安やったんやから、別にええやん」

「ええ潮時やろ」

「ザッキーリ」

「おお」

「トーニ」

「おお」

「ガーブ」

「「「バッキーニ」」」

「おお」


「行きますか」

「「「行かれますか」」」

「「「「行っときましょう!」」」」


四人、腕をクロスして、グータッチ。


{了}

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