STAND UP
ここに落ちている生首の名は無い。ただ、事実としてアンドロイドである。
(でなけりゃ、生首で生きてる理由も、スクラップ場に捨てられてる理由もない…か。…なら、俺は………いや、そんな場合じゃない)
下がりかけた思考を上に吊し上げて整理する。
先ず前提として俺はアンドロイドであると言うこと。少なくとも頭と体がさようならしてここまで生きる人間は見たことない。実際のところ数分は意識があるそうだが流血が無い時点で考慮から外して問題はない筈だ。嗅覚が働いていて実に助かる。
…雨で流れてるせいで香ってなかった、と言うことは無いで欲しい。
次に、今は夜で軽い雨が降ってると言うことだ。そんなに寒くないから恐らく夏、かつ灯りで割と見渡しは良い(眼の調子が悪いので実感しづらい)が、空は真っ暗。
まさしく最悪の空模様である。
だが、それとは裏腹にきらりと光る幸運を目が捉える。
瓦礫や鉄塊に紛れて非常に分かりづらいが、アンドロイドの胴体がそこにあった。ここに頭部だけの生きたアンドロイドが捨て置かれている時点で胴体があることに何ら不思議がある訳ではない。だが、今この時すぐ近くで見つけられたのはかなりの豪運である。
(上手くいくかはわからないが、上手い具合に接続すれば、生首から首と胴体の達磨程度にはなるんじゃ…!)
都合のいい仮定を羅列し、自身を元気づける。そうでなければ、身体より先に心が死ぬ。あそこまで行けば自分は助かると、そう思わずに延々と這いずる事など誰に出来ようか。
(よい…しょ、おっ……しゃぁっ…!)
顎をずりずりと地面に這いずらせ、胴体へと近づいていく。
芋虫がキャベツの端を追うように、ずりずりと、ずりずりと。
そしてやっと、触れるまでに辿り着いた。
(よっ…しゃあ!やった!やってやったぞこの野郎!!)
重くのしかかる疲労と苦痛、そして牛歩より遅い這いずりによる徒労感。それらは目的達成による多幸感を増大させ
絶望と共に帰ってきた
(………どう、やって繋げんだ?これ)
理解らない。それ以前に、できる筈が無い。
手が無いのだから。足が無いのだから。
(ーーー死ぬんだなぁ、俺)
ゆっくりと、そう、絶望が教えた。
叫ぶ声は出しようがない。肺が無いから
自傷する為に掻き毟れない。爪が無いから
耳を塞いで蹲れない。身体が、無いから。
(いっそのこと、知恵の無い機械にしてくれよ。もしくは、しっかりと電池を抜くとか。なぁ、製作者)
皮肉げな笑みを浮かべながら、声にならない愚痴をたれる。
いつになったら来るのだろうか
電池切れ?
溶鉱炉にドボン?
この雨に錆びて?
それとも誰かーーー
(ーーー助けて、くれよ)
がしっ、と頭を掴まれた。まるでそこいらに落ちているゴミを拾うように乱雑に。…まさしく、そのものな訳だが。
『オイ、鉄クズ。オマエ生キテルノカ?』
腕だけやたらデカいその機械が鉄板にそう文字を切り込み見せてくる。ボロ布を纏って生きている、俺を掴む右腕だけがやたらデカい。足は片方しか生えておらず、顔も機械の形が全面に押し出され醜いと言う価値基準では測れない。
(…………俺より、マシだな)
瞬きがYESのサインだった
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(しかし、なんとも…)
なんとも、奇妙な運だろうか。正直もう少し早めに来てくれれば精神衛生としてはずっと良かった訳だが、今は贅沢を言うほど余裕がない。生きているだけで感謝の嵐だろう。
…首の断面をまじまじと見られる事に、多少抵抗はあれど。
『オマエ、コノボディニ、付ケル?』
また、瞬きで応える。声が出ないのが嫌になる。聞きたいことが山のようにあろうが、耳が無いから声は聞こえないし、肺が無いから答えようが無い。まぁ仕方ないが煩わしい。
(それにいつまで見て…ぁがっ?!!!)
ガチンッ!唐突に胴体と接続され骨髄に電流が走るような痛みが走る。若干まだかまだかと逸る気持ちでイラつきを覚えていたのが表情に出てしまっていたのか、とちょっと反省するが…
『声出セルカ?』
何の気ない様子で大腕のロボが聞いてきたので、そのつもりは無かったらしい。
(「あー…おー…おー…声出せてるかー?」…ダメだな、耳が聞こえないから声出せてるのかどうか……「耳聞こえないからわからん」)
新たに得たはずの肺を頼りに喉をやたらめったら、時には意味付けて鳴らしてみるがやはり分からない。本格的に耳が無いのが厄介になってきた。
すると突然口を抑えられ
『ウルサイ』
どうやら、声は出ていたらしい。一方的な意思疎通が今度は逆転してしまった。どちらにせよいちいち面倒に感じてしまうのに変わりも無く、アンドロイドが頭を悩ませていると…右足に激痛が走る
(「ぃげぁっ?!!」…ってぇ…ん?あ、右足付いてる…)
どうやら、考えてる内に右足が新たに接続されたようだ。どうやら落ちていた物ではなく、彼自身の足を外して付けてくれたようで、アンドロイドはそこまで尽くす彼に感謝を超えて困惑を覚える。しかし、それに応えるようにまた鉄板が差し出された。
『足貸シテヤルカラ、トタン探シテ来イ。足ハ返シテ貰ウカラ、ツイデニ探セ。会話ガメンドウダカラ、耳モダ。』
(「…わかった」)
どうやら、スクラップ場のゴミから大腕のロボのパシリに昇格できたらしい。
だが、正直その役割すら身に余るというものだ。何と言ってもこの身体、右足と胴体と頭しかない。最初の生首と比べればアリとカラスを比べるような大いな進歩だが、人類には程遠い。立つことすらままならないのだ
(とはいえ、左足まで貰うわけにも……ん?)
目に入ったのは、鉄パイプ。
コンセントにスプーンを刺すと感電死する。誰もが知る事実だ。トースターの方もよくあるらしいがまぁ今はどちらでも良い。しかし、先ほどから雨に濡れたパーツをつけても感電したりする様子もない。これはワンチャンあるのではないだろうか?とアンドロイドは考える
(だけど、命捨てるのはなぁ…)
ここに来るまであらゆる尊厳を投げ打ってきた気がするアンドロイドも、流石に命は惜しい。
(ここは多少転んでも片足で「ぁぎぉァッ?!!!!」)
左足代わりに鉄パイプが刺さった。ちゃんと接続されている。怪我ではない。怪我ではないが
(「テメェっ!なんてことしやがるっ!」)
驚きすぎて軽く三途の川をチラ見した気分のアンドロイドは大腕のロボを睨んで吠える。ロボは事も無さげな様子で顎で向こうを指す。モタモタしてないでさっさと行け、と言う意味だろう。どっしりとテレビに腰掛け、アンドロイドには無い腕を組んでいる。
(…ったく…クソ…)
よろ、よろと杖をつく老人より鈍く歩く。左足が曲げられないが、姿勢をなるべく低くバランスを崩さないように歩く。
確かに、あのロボはアンドロイドの命の恩人だと言えるだろう。何なら、精神さえも死にかけていたのでだいぶありがたい存在だ。しかし…
(ムカつくもんは、ムカつく!)
アンドロイドは短気であった。それ本来の気質か、理不尽な世界の仕打ちがそうさせたのか、それは分からないが。
両腕を失い、両足は別物でゴキゲンというわけにもいかないだろう。
何かの鉄器具を右足で蹴ろうとして、転ぶ。何のいわれもない鉄器具を睨みつける。が、その形に違和感を持つ…どうやら、UFOキャッチャーのようなアーム型の左腕のようだ。
丁度いい。と、左足のパイプを足元の鉄塊の隙間に挟み、腕を足で掴んでぐい、ぐいと肩に押し付ける。流石に上手くつけづらいが、6、7度の試行の末、ガチリと上手く嵌った
(「がぁぁ…!」)
勿論、痛みも同時に。
痛みが治る頃、手を握ったり開いたり、回したりしてみる。どうやらどれも上手く行くようで、腕がぐるぐると回った時にはさすが機械の体とアンドロイドは少し引いた。
しかしこれはそこそこの進歩だ。頼まれたパーツには含まれてないが、腕は生活必需品だ。トタンも持ちやすいし、何ならパンチだって…繰り出すと指が折れそうだが、できなくは無い。
頼りないが無くては困る。本当に頼りないが。
支える為に挟んでおいた左足パイプを引っこ抜くと、またもその勢いでよろけてしまう。が、転びかけたところを腕がそばの鉄筋を掴み止まる。
アンドロイドが思っていたより、頼りになる腕であった。
トタンを拾いながら歩き回り次に発見したのは、もがくアンドロイドであった。生首から意識を持ち始めた彼ではなく、別個体のアンドロイド…便宜上"ロイド"と呼ぼう。
アンドロイドが歩いていると、その物音を聞きつけたようで。ギィギィと音のなるような動きで右手をこちらに伸ばし…止まってしまった。死んだのだ。もしくは、エネルギー切れか。
(…楽に逝けてるなら、いいんだが)
恐らくほとんどないであろう可能性を心の中で唱える。手を伸ばして届きようが無いと知った時の絶望は、ついさっき経験したばかりだ。
だからこそ、目の抉れたロイドが無理解の内、希望を持って死んだ事を祈った。
むしろそちらの方が残酷なのかもしれないが…アンドロイドは無理解を祈った。ロイドから耳や、腕を剥ぎ取るのに、その絶望まで抱え込めるほど強靭ではなかった。
アンドロイドの耳は砂嵐が吹き込むような音に遮られ続けている。まともに音を拾うことは叶わない。今降るさざ雨の音すら聞こえないほど。
「耳、外れろ」そう念じると今度は一切として音のない、孤独な世界が現れる。目の抉れたロイドの見た景色は、このような音だったんだろうなと、ちらりとアンドロイドは考えた。
(…もっと、ロボらしくあれば)
アンドロイドはそこで思考を遮った。今やるべきことは愚痴よりも、雨で接続部が変に壊れる前に耳を装着することだ。
接続を解除した耳を取り外し、ちゃんと働く耳を取り付ける。
当然、左右から脳幹に向かって突き刺すような痛みが走る。こればかりはまだ慣れない。せいぜい数回しかしていない事もあるが、単純に刺激がーーー
「ーーーぁ」
唐突に、アンドロイドは世界が切り替わるような衝撃を受ける。
ざあざあと、雨の音を一言で表す事もできる。だが、アンドロイドが知覚したそれは、まさしく情報の波。無意に掻き鳴らされる0と1の狭間を渡るような新感覚。全ての音に意味があり理由があり遠ざかり消え失せることに寂寥感を覚える暇もなく、矢継ぎ早が何重にも折り重なるように耳に届く。
三次元が四次元に飛び込むように何もかも新しい世界が広がり今まで自分がどれほど矮小な知覚の中で生きていたかを実感する。知覚により無知覚を解し無知覚でないよう知覚を得るべく最大限拡張した知覚で更なる無知覚からの脱却をーーー
アンドロイドの意識はそこで途切れた。