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7 離宮の第二王子

 フィリアが背の高い侍従に連れられて庭の奥まで歩いて来たら、木々に囲まれた場所に白く美しいガゼボが建てられていた。


 ガゼボの中にはテーブルが設置され、お茶やお菓子のセットが準備されている。


 そして焦げ茶色の髪色をした男性が、ガゼボの中で椅子に座ってフィリアを待っていた。


 フィリアはここで第二王子と思われる男性が、立ち上がって自分を出迎えてくれると思ったのだが、男性は動いてくれなかった。


(あんなに素敵なカードを下さった方でも、実際に会うと自分からは動いて下さらないのね)


「クリフォード殿下、ポナー伯爵令嬢をお連れしました」


 そう言って侍従がクリフォードに向かって恭しく頭を下げる。


 フィリアは緊張しながらガゼボの入り口に立つと、カーテシーをして頭を下げ、第二王子の言葉を待った。


「クリフォード・エルデンだ。今日は来てくれてありがとう。良かったら座って楽にして欲しい」


 王太子のように低い声ではないので重厚さには掛けるが、明るくもしっかりした口調でクリフォードがフィリアに話し掛けた。


「ポナー伯爵が娘、フィリアと申します。殿下にはお花とカードをたくさん贈って下さり、ありがとうございます」


 フィリアはそう言うと、ガゼボの中に入り、クリフォードの正面の椅子に座ろうとした。


 すぐそばまで来てようやく分かったのだが、クリフォードは車椅子と思われる椅子に座っていた。


(どこかお体の調子が悪いのかしら?)


「今日は天気が良かったので、こちらでフィリア嬢と話がしたいと思い、取り急ぎ庭に準備をさせたんだ。見ての通り私は車椅子が必要な体なので、玄関まで迎えに行けずに申し訳なかった」


 そう言い、青い瞳を細めながら柔らかく笑う。クリフォードの瞳は王太子と同じ色していた。


(王太子殿下にお会いした時も思ったのだけど、引き込まれるような美しい青色だわ)


 フィリアの記憶の中で最後に見たクリフォードの姿を思い起こす。あれは昨年の王家主催の夜会だった。


 その時のクリフォードは車椅子を使っていなかったし、第二王子が車椅子を使っているなんて貴族の噂話にも上がっていない。


 それによく見ると、クリフォードは顔色があまり良くなく、頬も少し痩せていた。


 フィリアは体調の事を聞いても良いか確認を取ってから尋ねた。


「いつから車椅子をお使いになられているのでしょうか」


「半年ほど前だよ。こうなってから私は離宮にずっと閉じ籠もっているし、ここの使用人たちは口が堅いので、私がこうなった事を知っている者は少ないから、フィリア嬢もきっと知らなかったよね」


 クリフォードが半年ほど離宮に閉じこもりっきりだったのは、失恋からの気鬱が原因だとも噂をされていたが、違っていた。


「貴女は私の婚約者なので話すが、実は半年前に毒を盛られてしまってね。そのせいで今も体に麻痺が残ってしまったんだ」


 フィリアは思わず息を呑んだ。王宮に6年通ったが、ランドルフが毒を盛られたという話は聞いたことが無い。


 もしかしたらあったのかもしれないが、お茶会の時のランドルフはいつも健康そうに見えた。


 自分が定期的に通っていた場所で、そのような事が起きていた事がフィリアにはショックだった


「毒の事を知っているのは、ここの使用人の中でもごく僅かなので、車椅子を使っている事もだが、毒の事は特に口外はしないで欲しい」


「……はい、かしこまりました」


(思いがけないところで、第二王子殿下の秘密を知ってしまったわ。契約にあった婚約解消なんて簡単に出来るのかしら?)


「離宮に移る時に使用人は厳選したので、こちらに来てからは快方に向かっているし、あれから毒を盛られるような事は無いので安心して欲しいのだが、もしも心配なら、ここで出したものを残してもらって構わない」


 そう言うとクリフォードは綺麗な仕草でお茶を一口飲む。緊張しながらフィリアも温かいお茶を一口いただく。高級茶葉を使っているのが香りですぐに分かった。


「……とても美味しいです。リンデン地方のものでしょうか?」


「ああ、よく分かったね。フィリア嬢はお茶にも詳しいのだね」


 クリフォードは嬉しそうに微笑み、今度は香りを楽しみながらお茶を飲み始めた。


 木に囲まれてはいても、ガゼボは開かれた陽のあたる場所に設置されているので明るく温かい。時折優しく吹く風が柑橘系の香りを運んでくれる。


 どこから香るのだろうと思っていたら、クリフォードが風上にいる時に柑橘系の香りがする事にフィリアは気が付いた。


 手紙から香った匂いと同じだった。


(この方は柑橘系の香りを付けていらっしゃるのね)


 そしてガゼボの周りを見たら、黄色い花々が植えられた箇所がフィリアの目に映った。土の色が違うので、ごく最近植えられた花に違いない。


 柔かい風がまた吹き、クリフォードの焦げ茶色の前髪をさらさらと揺らす。


 笑わないと少しキツさが感じられる、切れ長気味の青い瞳は、数日前に会った王太子に色だけではなく、形もよく似ていた。


 明るい庭で、笑顔の婚約者と静かにお茶を飲みながら何気ない会話を楽しむ。フィリアが長年望んでいたものがそこにはあった。


 緊張が解けてきたフィリアは思い切って贈られた花の事を聞いてみた。


「殿下から頂いたお花はどれも素敵だったのですが、どうして黄色のお花ばかりだったのでしょうか?」


「フィリア嬢の好きな色が黄色ではないかと思ったからなんだけれど、もしかして違っていたかな?」


「いえっ、おっしゃる通りなのですが、私が好きな色をどうしてご存知なのかと不思議に思っていました」


「この婚約を整えた時に、フィリア嬢の事を少し調べさせてもらったんだ。以前王宮に来ていた時は落ち着いた色のドレスを着ていたと聞いたから、そういった色合いが好きなのかと最初は思っていたんだ」


 きっと普通ならそう思う。実際にフィリアは夜会で他の令嬢から表面上は落ち着いていて大人っぽい、知性を感じられると評されてきたが、裏ではフィリアの髪色とドレスの色に例えて枯葉令嬢と呼ばれている。


「けれど、古参の侍女の中にフィリア嬢とランドルフの婚約の顔合わせの時の事を覚えていた者がいてね。その時の事を詳しく聞いてみたら、フィリア嬢は明るい黄色のドレスを着ていたと話してくれたんだ」


 そこまでクリフォードが調べてくれた事にフィリアは驚いた。


「普通だったら婚約者の色を纏うところだから、金糸の刺繍がしてあったのかと聞いたら、そうではないと言うので、もしかしたら黄色がフィリア嬢の好きな色ではないかと予測してみたのだけれど、当たっていたのなら嬉しいよ」


 いたずらが成功した子供のようにクリフォードは嬉しそうに目を細めて笑った。


「あ、ありがとうございます。私のような者のためにそこまでして頂けて驚いています」


(外堀を埋めていくタイプの方なのかしら。婚約の条件を満たすために必要だからやっている事だとしても私の為に何かをしてくれるのは嬉しいわ)


 少し離れた場所で控えていた侍従がクリフォードに近づき、耳元で何事かを囁いた。一瞬だけクリフォードの表情が消えて侍従に視線を送る。しかし次にフィリアを見た時は元の笑顔に戻っていた。


「ごめんね。そろそろ時間みたいなんだ。このような場所でお茶を飲むのは久し振りなので、侍医から時間を決められていてね。その時間がきてしまったようだ。よかったらまたこうして私との時間を作って欲しい」


「はい、本日はありがとうございました。殿下のお陰でとても楽しい時間を過ごせました。次に来たときは殿下のお気に召すようなお茶をお持ち致しますね」


「ああ、楽しみにしているよ」


 クリフォードとはお互いに笑顔で別れた。こうして新しい婚約者との初めてのお茶会が終わり、フィリアは初めて婚約者と次に会うのが楽しみだと思った。

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