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31 最終話

 更にあれから半年が過ぎた。


 今回の事の責任を取る形で国王が退位し、新たにフレデリックが新国王として隣国の王女と婚姻を結ぶと同時に、新国王として即位する事が議会で可決されて正式に決まった。


 フレデリックが即位するまであと2年程あるのだが、これまで国王の執務の大部分をフレデリックがこなしていたこともあり、国政での現国王はお飾り状態で、実質はフレデリックか権力を握るようになった。


 クリフォードは王弟として王族に残る事も検討されたが、旧ギレット公爵領だった領地を賜り、新たにノルデン公爵として家を興し、いずれ臣籍に下る予定だ。


 騎士団の鍛錬には今も午前中だけだが参加していて、イーサンは早朝手当てが欲しいと毎日ぼやいている。


 毎朝騎士団の通し稽古に参加する事で、クリフォードの強さに一目置く騎士が増え、一緒にいるイーサンは騎士団長の騎士団へのスカウトから毎日逃げ続けている。


 もう誰もクリフォードの事を気弱な王子とは言わなくなった。


 そして、フィリアとクリフォードは3ヶ月後に結婚式を控えていた。


 クリフォードが侍女に呼ばれて部屋のドアを開けると、サイズ調整の為に真っ白なウエディングドレスを着たフィリアがスツールに腰掛けていた。


 外からの温かく柔らかな光が、ドレス姿のフィリアを更に輝かせて、クリフォードはフィリアに目を奪われた。


「……とても綺麗だよ。フィリア」


「ありがとう、ございます」


 フィリアは恥ずかしそうに俯く。フィリアの後ろでは満足顔のアンナが、小さくガッツポーズをしている。


「私たちは下がりますので、お二人でお過ごし下さい」


 そう言ってアンナは他の侍女達と、ドレスを届けに来たお針子たちを連れて部屋を出て行く。


 クリフォードが入り口で立ち止まったので、部屋に入れなかったイーサンが「えー、俺にもちょっとくらいフィリア様のウエディングドレス姿を見せて下さいよー」と言いながら、アンナに引きずられていく音が聞こえていった。


「あのっ、ウエディングドレスってお相手には結婚式当日にお見せするものだと思っていました」


「……うん、そうかもしれないね」


 クリフォードの瞳はドアを開けた時からずっとフィリアから動かない。


「最終確認が終わったので、サイズの調整が終わった後は小さな宝石をたくさん飾りつけて完成だそうです」


「……フィリアはキラキラしているから、宝石なんて無くても、とても眩しいよ」


「そんなに見つめられると、……恥ずかしいです」


「………」


(今日のクリフ様は、どうしてしまったの?さっき会った時は普通だったのに、急にぼんやりして恥ずかしくなるような言葉ばかり言うようになってしまったわ)


「……ちょっと、剣の鍛錬に行ってくる」


「えっ、これからですか!?、急過ぎませんか」


 フィリアは驚いて立ち上がった。


「うっ…まずい」


 立ち上がったフィリアを見つめたまま、クリフォードが一歩下がる。


「クリフ様?」


「フィリアから目が離せないし、今すぐ結婚したい。……そうだ!ドレスも着てるし、これから結婚しよう!うん、それがいい!」


「えっ、えぇっ!?」


 そう言ってクリフォードはフィリアの手を引いて部屋から出ようとドアを開けた。廊下にはアンナとイーサンが立っていた。


 クリフォードは真面目な顔をしてイーサンに指示をする。


「イーサン、今から結婚をする。アボット地区の教会ならいつも暇そうにしているから、寄付金を積んで今すぐ式を挙げさせる」


「はぁ?何言ってるんですか!?……ちょっ、主、目が据わってますよっ。今すぐなんて無理ですって!」


「いや、ダメだ。俺は今すぐフィリアと結婚したいっ!」


「はぁぁ?頭が沸いてるんっすか!?」


「クリフォード様っ!こちらはっ、どうされるのですか?」


 アンナがイーサンの背後からアクセサリーケースをクリフォードに見せる。


「そっ、それはっ…」


 アンナが持つアクセサリーケースを見た途端、クリフォードが怯んだ。


「これをフィリア様にお渡ししたかったのでしょう?お忘れになられていたので、取りに戻られると思ってドアの前でお待ちしていましたら、クリフォード様のご乱心されるお姿を拝見させていただくとは思いませんでしたわ」


「……お前がそれを持っていると、母上を思い出すな」


 クリフォードが苦々しそうな顔をする。


「ええ、私はこれでも前王妃様の姪ですから。クリフォード様と同じで私も母似です」


 フィリアには分からない会話が続くが、クリフォードが正気に戻ったようなので、フィリアはひとまずホッと安心した。


「クリフォード様にはフィリア様のウエディングドレス姿の破壊力が凄すぎですねって…おっと」


 アンナがイーサンの足を踏もうとしたのだが、今回はめずらしく避ける事が出来たらしい。


「……ごめん、フィリア。キミのウエディングドレス姿に感動して冷静でいられなくなった」


 クリフォードは反省しながらも、珍しく頬を赤く染めていた。


「このままガゼボへ行こう」


 クリフォードが手を差し出す。フィリアが差し出された手に自分の手を重ね、2人で手を繋いで庭へ出る。


 フィリアが初めてクリフォードに会ったのはこの庭だった。


 あの時よりも今はたくさんの黄色い花が植えられ、傍らには必ず青色の花も植えられるようになった。


 クリフォードと出会ってもうすぐ一年になる。あの頃に比べてフィリアとクリフォードの周囲は全く違うものになっていた。


 前にクリフォードは、フィリアの評判をひっくり返したいと言っていたが、その通りになった。


 今ではフィリアは未来の王弟が溺愛する婚約者として、豪商であるポナー家の一人娘として一目置かれ、毎日のように夜会とお茶会の招待が届くようになり、枯葉令嬢と呼ぶ者はいなくなった。




 庭の奥の木々に囲まれたその場所にガゼボはある。いつもとは違い、お茶の準備をしていないので、テーブルも椅子も無いガゼボの中は広々としていた。


 イーサンとアンナは少し離れた場所に控えているので、ガゼボの中はクリフォードとフィリアの2人きりしかいない。


「これをキミに」


 クリフォードがアクセサリーケースをフィリアが見やすい位置に持ち替えてから、ケースの蓋を開いた。


 ケースの中には大粒のダイヤを使ったネックレスとイヤリングと指輪のセットが入っていた。


「これは……?」


「これは母上が父上から贈られた宝石の中で最も格上の宝石なんだ。これまでは兄上が持っていたのだけど、私が兄上をお助けしていた事への報労として頂いた。それとフィリアに、ポナー家への婿入りが出来なくなった詫びだともおっしゃっていた」


 そう言いながらクリフォードは、アクセサリーをケースから取り出して、丁寧にひとつずつ指輪以外のアクセサリーをフィリアに着けていく。 


「母が結婚披露宴の時に着けたものなのだが、これをキミにも着けてもらいたい」


「こんなに素晴らしいものをありがとうございます。とても嬉しいです」


 クリフォードはフィリアを見て優しく微笑んだ。


「うん、とても良く似合っている」


 クリフォードが片膝を付き、フィリアを綺麗な青い瞳で見上げた。


「フィリア・ポナー嬢、あなたは車椅子で気弱な俺でも受け入れてくれた。初めて見た時からずっと好きでした。誰よりも愛しています。俺と結婚して下さい」


 フィリアは頬を赤くしながら小さく「はい」と返事をした。


 本当はもっとクリフォードに伝えたい思いがたくさんあったけれど、返事をするので精一杯だった。


 クリフォードはケースにひとつだけ残っていた指輪を取り出す。


「手を…後で直さないとフィリアには少しゆるいかもしれないけれど」


 苦笑いしながら嵌めてもらった指輪は、やはり少しゆるかったが、あまりの嬉しさにフィリアは涙を浮かべる。


 フィリアの涙を指で拭おうと立ち上がり、指で目尻に触れたクリフォードの動きが止まった。


 綺麗な青い瞳が、じっとフィリアを見つめる。


(えっ…)


 クリフォードはイーサンとアンナからフィリアを隠すように体を捻ると、優しく抱き締める。そしてフィリアの唇に自分の唇をそっと重ねた。


 クリフォードの唇の柔らかさを感じたフィリアは、驚きで出かけていた涙が引き、心の準備もなく口付けをされた事で動転し、心臓が狂ったように早鐘を打ち始めた。


(息っ、息が出来ないっ!)


 一瞬で頭に血が登ったフィリアは混乱の中で呼吸の仕方を忘れ、体中の力が抜けていく。


 脱力し始めたフィリアの様子に気付いたクリフォードが慌てて体を離したが、時既に遅く、フィリアはまた意識を失う寸前だった。


「えっ、うそっ……フィリアっ?」

 

 慌てるクリフォードに申し訳ないなと思いながら、フィリアはまた意識を失ってしまった。


 その後クリフォードは、フィリアとは結婚式までエスコート以外の触れ合いを自分に禁じ、鍛錬と執務に励む事になる。


 クリフォードに付き合わされたイーサンは、時間外手当てが貰えないと毎日嘆いていた。

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