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27 返報の始まり

 夜会当日、クリフォードは約束通りに迎えに来てくれた。

 驚いたことに、いつも前髪を長く下ろしていたクリフォードは髪全体を騎士のように短く切っていた。


「御髪をお切りになったのですか?」


「うん、さっぱりしたでしょう。あの長さは兄上にとって都合の良い長さだったのだけれど、あれはもう止めにしようと思って。兄上も納得してくれた」


 王太子はいつも髪全体を背後に撫でつけるようなセットをしていた。クリフォードが髪を短くしてしまうと、鬘でも被らない限り王太子と同じ髪型には出来ない。それに髪を上げるのと下ろすのとでは顔の印象がかなり違う。


「うふふ、こうして見てみますと、王太子殿下よりもイーサンの方に似ていましたのね」


 顔立ちだけならクリフォードと王太子は似ているが、髪を切ったクリフォードは、体格と身長が同じくらいのイーサンの方に全体の雰囲気がよく似ていて、こちらの方が兄弟に見える。


「ああ、声が似ていたらあいつにもっと俺の代わりをさせたんだけどね。人って案外騙され易いんだ。服装や髪型はもちろん、喋り方や口癖、表情や仕草を似せると、皆気付かない」


 フィリアはこれまで本物の王太子を間近で見た事が無かったからすぐに騙されてしまったが、国王陛下や王妃殿下、ランドルフも気付いていないようだった。交流の少ない関係だったのかもしれないし、クリフォードが王太子に似せるのが上手かったのもあるだろう。


「ドレス、とても良く似合っているよ。俺の色を全身で纏ってくれて嬉しい」


「こだわりはここですか?」


 フィリアは腰のリボンを手で触れて笑った。


「うん、それは俺の色でもあり、少し明るければフィリアの色でもあるからね。絶対に外したくなかった」


 今日のクリフォードはダークブラウンの上下に、クラバットピンにはラピスラズリを使い、ポケットチーフはフィリアのドレスと同じ生地だった。


 よく見たら、フィリアのドレスにアクセントとして使ったこげ茶色のリボンの色はクリフォードが着ている丈の長いジャケットとパンツと生地は違っていても同じ色だった。


 フィリアの着けたアクセサリーは、前回の夜会と同じラピスラズリのネックレスとイヤリングなので、クリフォードと並ぶと婚約者同士で、揃いで誂えた事がひと目でわかる装いになっていた。


「さあ行こうフィリア」


 フィリアはクリフォードの腕に自身の腕を絡めて王宮へ向かう馬車へ向かった。




 馬車の中で隣同士に座ると、クリフォードはフィリアの手にそっと触れて、ギュッと握った。


「……ずっと会いたかった。フィリアは?」


 フィリアは久し振りにクリフォードに触れられたので、胸の鼓動が速くなり顔に熱が集まるのを感じていた。


「わ、私もです」


「もしかして、手紙の返事を書かなかった事を怒ってる?」


 いつもより言葉が少ないフィリアに心配になったクリフォードが眉を下げながら、引き込まれそうな青い瞳でフィリアを覗き込むように見つめる。


 爽やかな柑橘系の香りを感じ、フィリアは自分の胸が早鐘を打つのを感じていた。


「ち、違いますっ。お会いできない事は知っていましたし、あの噂ではクリフ様がお返事をこちらに送るのは難しいと分かっていますっ」


 更にクリフォードは確認するように、フィリアの手を握ったまま自分の顔を近づけてくる。


 前髪が長かった頃に比べて、凛々しさが感じられる眉と切れ長の瞳がしっかりと見える。


 以前よりも精悍さが感じられて、近付かれるのはフィリアの心臓に悪い。


「じゃあどうして、いつもと感じが違うの?」


 間近で心配そうなクリフォードに見つめられたフィリアは、更に顔が熱くなる。そして心臓の動悸が急速に高まると同時に、息が苦しくなってきてしまった。


(心配顔のクリフ様も素敵過ぎですっ、それに近いっ!)


「ち、近いのですっ。……ひっ、久し振りなのでっ、そ、それにクリフ様の雰囲気がっ……」


「フィっ、フィリア?」


 この状況に耐えられなくなったフィリアは、マズイと思いながらもまた意識が遠のいていくのを感じていた。




 次にフィリアが気が付いた時はクリフォードに充てられた王族用の控室のソファの上にいた。


 前回の夜会でフィリアに充てられた待合室よりも断然広い。


 クリフォードが心配そうにフィリアを見ている。


 気を失う前に近いと言われたのを気にしてか、フィリアと目線を合わせる為にすぐそばで床に膝をついてはいるが、近過ぎない距離を保ってくれていた。


「良かった。何かよくわからないけれど、俺のせいだよね。ごめんね」


「すみません、私また…」


「もう少しでアンナが来るから、ヘアスタイルとメイクを少し直してもらって」


「お時間は、大丈夫ですか?」


「今着いたばかりだし、早めに来たから大丈夫だよ」


 その時ノックの音がしてアンナが部屋に入ってきた。


「お久し振りです、フィリア様。……お身体は大丈夫ですか?主が何か無体な事でもなさいましたか?」


「お前っ」


 アンナはクリフォードの抗議の声を無視して、ぬるま湯で絞った布巾をフィリアの顔に優しく当ててメイクを直していく。


「心配しないでアンナ。久し振りにクリフ様にお会いして緊張してしまっただけなの」


「左様ですか、……良かったですねクリフォード様。…嫌われていなくて」


 メイクを直し終わったアンナは少し解れた髪を器用にセットした髪の中に入れて隠していく。


「ずっと心配されていらっしゃいましたものね。フィリア樣、主はこのひと月はずっと機嫌が悪くて大変だったのですよ。特に伯爵邸でのお茶会の直後は、何故かイーサンへの当たりが強くて……」


「アンナっ!」


「はいっ、出来ました!これでいつでも出れますよ」


「ありがとう、アンナ」


「……フィリア、夜会前に陛下と王妃殿下の下へ挨拶に行こうと思う。あの方々が俺を見て何か言ってくると思うけれど、フィリアは気にしないで」




 国王と王妃の控室はクリフォードの控室よりもさらに広く、調度品も立派なものが多かった。


 クリフォードと入室した時に、フィリアは国王と王妃がクリフォードを見て驚愕の表情を浮かべているのを見た。


「クリフォード、今日は来れると聞いていたが、体は大丈夫なのか?」


「陛下のおっしゃる通りです。無理はなさらないで休んでいて大丈夫なのよ」


「お久し振りです。陛下、王妃殿下。お気遣い痛み入ります。私は息災ですのでご安心下さい」 


 久し振りの親子の対面だというのに、国王の態度は素っ気なく、冷たい眼差しをクリフォードに向ける。そんな様子を王妃は微笑みを浮かべながら眺めていた。


(まさかお二方共、噂を信じてクリフ様まで偽物だなんて思っていないわよね)


 国王と王妃の他人を見るような目に、フィリアは心配になる。


「クリフォード、あなたが夜会前に私たちに挨拶に来るのなんて珍しいのね。もしかして初めてではなくて?」


 王妃が扇子を開いて口許を隠す。


「ええ、これまでの非礼は申し訳ありませんでした。私も新しく婚約者を得ましたので、これからはそのような不作法は改めようと反省をした次第です」


 クリフォードも王妃と同じように微笑みを作る。


「あら、あなたはそちらの婚約者に意見をされて変わられたの?」


「いいえ、私の意志です」


 クリフォードも王妃も微笑みを絶やさない。


「陛下、クリフォードの雰囲気がいつもと違うように感じますの私」


「うむ。クリフォードよ、お前はそのような話し方をこれまでしてきたか?」


 国王と王妃が訝しむようにクリフォードを見るが、クリフォードは笑顔を崩さなかった。


「ご安心下さい。私は陛下の息子のクリフォードです。陛下、覚えておいででしょうか。母上がご存命だった折、兄上と四人でよくツェルゲンの離宮で過ごした時の事を。母上はよく自ら魚を釣って下さいました」


「おお、懐かしいな。フレデリックはいつも本を読んでばかりで、カトリーヌはよくお前を連れて釣りに行っていた」


 カトリーヌとはフレデリックとクリフォードの母親で、前王妃の名前だ。


「はい。一度だけ陛下も釣りにいらっしゃった時は、陛下が釣り針に餌を付ける時に……これ以上は私の口からは言えませんが。幼いながも、私はにとってはとても楽しい思い出でした」


 国王は目を細めて昔を思い出していたようだった。そして改めてクリフォードを見ると言った。


「お前はカトリーヌに似てきたな」


「母上も生前おっしゃっていました。私は母上によく似ているけれど、物事の考え方だけは兄上の方が母上に似ていると」


「そうだったな……」


「ああ、そういえば実は母上との事で、王妃殿下へお話ししないといけないと思っていたことがあります」


「あら、前王妃様の事なんてどのような事なのかしら?」


「実は私は母上があの事故に遭う直前に、王妃殿下の事で母上からあるお話を聞いたのです。その事はこれまでずっと私だけの胸の中で、誰にも言えずにいたのですが、一度王妃殿下にこの事をご相談させて頂ければと思っているのです」


 王妃の顔色がスッと変わったのをフィリアは見た。そして一度青くなった顔色は、クリフォードの話が終わる頃には無表情となっていた。


「わかりました。昔の事で私も覚えていない事もあるでしょうが、近々時間を作ってクリフォードの話を聞きましょう」


「ありがとうございます。これで私も心の荷が下ろせます」


「……陛下、私は少し気分が悪くてなってしまいましたの。少し休んでから夜会に参加をしてもよろしいでしょうか?あと私の侍女をこちらに呼んでもよろしいかしら?」


「うむ、構わぬ。そろそろ我々は行くが、体を大事にせよ」


 そうしてフィリアとクリフォードは控室を出て、国王と共に夜会の会場へ向かう。


 廊下を歩いている時に国王が隣を歩くクリフォードを見ながらポツリと呟く。


「ワシは、何かを間違えてしまったのだろうか?お前と久し振りに会い、カトリーヌにそう言われているような気がするのだ」


 クリフォードは国王の顔は見ずに真っ直ぐ前を見て答える。


「父上が出来なかった事を、私と兄上とでします。あなたがあちら側についていても、もう引き返す事は出来ません」


 クリフォードは前を見たまま更に話を続ける。


「もしも私たちを息子として少しでも思って下さるのでしたら、母を亡くした私たち兄弟を、見守っていて下さい」


 そこで話が終わった。会話はそれ以上は続かなかった。


 会場入り口のドアの前に来たら、フレデリックとランドルフが先に来ていた。


 こちらでも何かあったのか、杖をつきながらも涼しい顔をしたフレデリックに対し、ランドルフは顔を赤くして怒りの表情を浮かべていた。


 クリフォードの姿を見つけると、ランドルフは驚きの表情を浮かべる。


「クリフォード兄上っ、お体が悪かったのではないですか?」


「私は息災だ。お前もつまらない噂に惑わされていたのか?」


「……?兄上?いつもの兄上らしくありませんが、如何しましたか?」


「私らしさを語れるほど、私はお前とは関わっては来なかったが?」


 取り付く島もないクリフォードの言い方に、ランドルフは唇を噛むが、王妃がいない事に気付き、国王に話し掛けた。


「……父上、母上はどうされましたか?」


「少し体調を崩したらしく、遅れて参加をするそうだ」


 ランドルフと国王が会話をしているうちに、クリフォードがフレデリックにそっと近づく。


「兄上、お加減は如何でしょうか?」


「私は上々だよ。クリフォードはどうだ」


 クリフォードはにこりと笑った。


「ええ私もです。良い夜会になりそうです」


「国王陛下、王太子殿下、第二王子殿下、第三王子殿下、第二王子殿下婚約者のポナー伯爵令嬢のご入場です」


 そしてドアは開かれて、夜会が始まった。

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