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21 王太子のシナリオ

 大した説明もされずに無事に伯爵邸に帰ってきたフィリアを出迎えたのは、ポナー伯爵と侍女のマーサ、家令のハンスだった。


 他の使用人たちには、フィリアはクリフォードとのお茶会の途中で調子を崩してしまい、離宮で休んでいると伝えられていた。


「フィリア、……無事で、本当に良かった」


「お嬢様っ…本当にようございましたっ」


 フィリアは憔悴しきった父親に抱きしめられ、マーサには泣かれ、ハンスを泣きそうな表情にさせた。


「クリフォード殿下が助けに来て下さいましたの。だからこうして帰ってこれました」


 フィリアは泣き笑いのような表情で涙を浮かべる。


「フィリア、こんな政局の安定しないところは駄目だ。生まれ育った国だが、さっさと見捨ててネーベルへ移るぞ」


「お父様っ、そんな事をおっしゃらないで下さい。私はこの国に居たいです」


「このままここにいたら、お前たちはあの腹黒兄王子に利用され続けるぞ」


「そんな……。王太子殿下はそのようなお方ではありませんわ」


「そこのところも、あの若造に詳しく聞くがいい。あいつは腹黒の事をよく知っているからな」


「旦那様、お嬢様は大変お疲れになっていらっしゃいます。ここは玄関ですし、今日はもう遅いので、詳しいお話は明日になさったらいかがでしょうか」


 そう言ってハンスが助け舟を出してくれた。


「まあ、そうだな。とにかくフィリア、今はゆっくり休みなさい」


「ありがとうございます。お父様、ハンス」


「お嬢様、お湯のお支度も整っています。まずはお部屋に戻ってお着替えをなさいましょう」


 マーサがフィリアの背中を優しく撫でる。マーサはフィリアが落ち込むと、いつもこうやってフィリアを包むように触れてくれる。


 フィリアは家族の温かさを感じて嬉しくなった。そして、ここにまた帰って来る事が出来て良かったと思った。




 誘拐事件の当事者であるのに、フィリアは自分の目で見た事以外は何も知らなかった。


 伯爵邸に戻る馬車には護衛だと言って、イーサンと劇場の時に暴漢役をしたグレンの三人で一緒に馬車に乗ったが、二人共ひと言も話さず無言だったので、フィリアからも何も聞けなかった。


 なので翌日の新聞に大きく『ギレット公爵令嬢、第二王子を殺害未遂!』と書かれた見出しを見て驚いた。


 記事を詳しく読むと、ギレット公爵令嬢が第二王子を殺害するために誘拐したが、殺害が実行される前に騎士団に王子は無事に助けられたと書かれている。


 そして我が国の騎士団がいかに優秀かが長々と書かれていて、ギレット公爵令嬢は第三王子と婚約間近であったと、文末に付け加えるように書かれていた。


 あの時マレーネはフィリアの命は奪うなと言っていたので、彼女に殺害の意思は無かった。それが蓋を開ければ第二王子の殺害未遂と、取り返しのつかない大きな罪になってしまった。


 多分マレーネ自身何が起きたのか分かっていなかったのだろう。


 伯爵家の令嬢が攫われたくらいでは、確実な証拠が無いと騎士団が公爵家が持つ屋敷へ勝手に踏み込む事は出来ない。


 もしもクリフォードが助けに来ない状況であのまま騎士団に部屋に入られたら、貴族の子弟が多い王宮の騎士達の前で、フィリアは大きな醜聞を晒す事になっただろう。


 もしかしたらマレーネはそれを見越して喜んで騎士団を屋敷へ入れたのかもしれない。


 フィリアと破落戸達がいるハズの部屋にクリフォードの姿を見たマレーネはきっと驚いただろう。


 さらにクリフォードが誘拐されて殺されかけたと騎士団に訴えれば状況はひっくり返る。


 王族の殺害未遂の罪は重い。公爵がマレーネとの養子関係を解消しようとしても、その前に公爵の身柄を押さえられれば公爵家も無事では済まない。




 朝食の席で、ポナー伯爵は昨晩のように隣国へ行こうとは言わなかった。代わりに早朝にクリフォードが謝罪に来たと話してくれた。


「あの若造、朝早くに私に謝りにきたぞ。起きていたから良かったが、早すぎると言ったら、あいつは忙し過ぎて一睡もしていないと言ってたな」


「クリフォード様はお元気そうでしたか?」


「さすがのあいつも疲れたらしく、顔色を悪そうにしていて、左腕には怪我をしていたな。それと車椅子には乗っていなかった。乗らなくてもいいのかと聞いたのだが、公爵がいなくなるので乗らなくても良くなったと言っていたぞ」


(昨夜は怪我なんてしていらっしゃらなかったのだけど、大丈夫なのかしら?)


「私は詳しい事情は知らないのですがご無事なのでしたら良かったです」


「ウチの領地運営と商売が忙しくても、あの若造だったら馬馬車のように働いてくれそうだな。身分へのこだわりも薄そうだから、商人でもやっていけそうだ」


(もしかして、お父様はクリフ様を気に入っていらっしゃるのかしら?……いいえ、それだけじゃないわ。お父様はきっと、クリフ様が我が家に入る事に価値を見いだされたのだわ)


「だが、あいつにお前の家の腹黒を何とかしろと言ったのだか、善処しますと誤魔化された。そこだけが面倒だな」


「お父様……」


「あれだけ使い勝手が良いのだから、腹黒が手放す事を嫌がるだろうな。そこで潰れたら、あいつが一生腹黒のそばで良いように使われ続けて、ウチは他の婿を探すだけだがな」


 朝食を済ませた伯爵はナフキンで口許を拭いている。


「無事だったとはいえ、ウチも一人娘を囮に使われて腹に据えかねているからな」


(囮って?)


「私も手の者に調べさせたが、劇場前の茶番劇から昨日までのシナリオは、あの腹黒が考えたものだ。簡単に言うと、茶番劇で公爵家を刺激してあちらの出方を伺っていたらしい」 


 伯爵は王太子の事が嫌いらしく、眉をひそめながら話していた。


「若造は自分が狙われると思っていたらしいが、腹黒はお前と若造のどちらが狙われてもいいように準備を進めていた。それを教えてやったから、あの若造もそろそろ腹黒から離れる事を考えるだろう」


 フィリアには王太子が伯爵が言うような人間には思えなかった。王宮の廊下で行き会った時も、夜会の時も王太子はフィリアに優しかった。

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