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20 誘拐2

【注意】中盤で主人公が襲われかける場面があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。





 フィリアはペシペシと誰かに頬を軽く叩かれる痛みを感じながら目を覚ました。


 見知らぬ部屋の中はランプの灯が少ないせいで部屋全体が薄暗く、少し埃っぽかった。


(夜……かしら?)


「いつまで寝てるのよ。そろそろ起きなさいよ」


「ん……?」


 床に寝かされていた自分のすぐ目の前に、水色の瞳とプラチナブロンドの女性が眉を顰めていた。


「あなたは…ギレット公爵令嬢?こちらはギレット様のお屋敷ですか?」


 どうして自分の目の前にマレーネがいるのかが分からなかったので、フィリアは素直に疑問を口にした。


「あなたバカじゃないの?今ご自分がどういう事になっているのか分かってるのかしら?」


「あ……」


(確か離宮からの帰りに賊に馬車が襲われたんだったわ。それで薬のような強い匂いを嗅がされて、……多分眠らされてしまったんだわ)


 フィリアは自身の腕が背中に回された姿勢のまま動かせない事に気が付いた。


(縄のようなもので手首を縛られているみたい。これは目の前にいるギレット様が私を攫うように命じたって事よね)


「あの、どうしてこのような事になっているのでしょうか?私と第三王子殿下との婚約は無くなったので、私がギレット様の邪魔になるような事は無くなったと思うのですが……」


「まだそんな事を言ってるの?やっぱりあなたはバカだわ。ラン様が私を選ぶのは当たり前の事なの。枯葉令嬢のあなたなんて邪魔にも思っていなかったわ」


「じゃあ、どうして?」


「枯葉のあなたなんて朽ち果ててしまえば良かったのよ。それなのに、ラン様の後にクリフォード様と婚約したと思ったら、夜会ではあのダンス嫌いの王太子殿下と踊り、その後勝手に倒れたくせして、王太子殿下に抱きかかえられて退場するなんて恥ずかしいとは思わないの?王太子殿下にうまく取り入って、あの気弱なクリフォード様と奇跡の愛だなんて、枯葉のくせに生意気よ!」


 ランドルフと一緒にいる時の甘ったるい口調とは違い、ひたすらフィリアに文句をまくし立てる姿に既視感があり、フィリアにはマレーネが、ランドルフの姿と重なって見えた。


(これは女性版のランドルフ様ね、嵐が去るのを待つしかないわ)


「あなたたちは地味で目立たない者同士くせに、奇跡の愛なんて似合わな過ぎるのよ!そもそもクリフォード様は侍従がそばにいないと何も出来ないのよ。暴漢から庇ったのだってあの侍従なんでしょう?クリフォード様と似た色だから顔を知らなければ誤魔化せるわよね」


(それは違うと言ってやりたい。でもクリフ様は敢えて気弱そうなフリをしている気がするのよね。でもここで私が言ってしまったら、クリフ様の努力を無駄にしてしまうわ)


「……クリフォード殿下は素敵な方です」


 フィリアはそれだけ言えた。


「素敵?そんなわけないでしょう、あのように頼りないお方。あなたは車椅子のクリフォード様を介護するために婚約させられたんでしょう。毒の後遺症でいつどうなるのか分からないのに、かわいそうよねっ!」


(今この人、車椅子と毒と言ったわ。どうして知っているの?車椅子はともかく、毒の事を知っているのは限られた人間だけなのに)


 フィリアの青褪めた顔を見て、マレーネは自分の失言に気付いた。


「もういいわ、そろそろ出て来なさい!」


 マレーネがそう声を上げると、部屋の外から二人の男たちが姿を見せた。馬車を襲ってきた男たちの仲間だ。


「ようやく、お嬢様たちのおしゃべりが終わったなぁ。早く終わらないか待ちくたびれたよなぁ」


「あぁ、その分そこの茶色の嬢ちゃんにはしっかり俺たちのお相手をしてもらわねぇとな、へへへっ」


「殺したり大怪我をさせなければ、好きにしていいわよ。うふふっ、あなたは明日からは傷物令嬢よ。朝になったら迎えに来てあげる。私からみ~んなに、かわいそうなあなたの事を、た~くさん教えてあげるわっ」


 マレーネは醜く顔を歪め、笑いながら部屋を出て行ってしまった。


「………」


 破落戸達と部屋に遺されたフィリアは、これから自分に起こる事を想像するだけで体中が震え、助けを呼ぶ声すら上げられなかった。


「おーおー、震えちゃって、かわいいねぇ」


 ロクに体を洗っていなさそうな男は髪も顔も脂ぎっていて、近くにいるだけで嫌な匂いを発している。フィリアは思わず顔を背けてしまった。


「貴族の女ってのはどうしてこう気位が高そうなんだろうなぁ。俺たちが汗水流して仕事してるのに、呑気に茶ぁばっかり飲んでるんだよなぁ」


 もう一人の男もフィリアに近づいてくる。


「でも俺ぁ、この仕事は好きだなぁ。さっきの女は大怪我させるなって言ってたけど、うっかり壊れちまった場合はどうすんだろ?へへへっ」


「案外、この女も俺たちに夢中になってるかもしれねぇしなぁ」


 男は舌なめずりをしながらフィリアの髪に触れる。


(気持ち悪い。だめ、耐えられない……)


 フィリアの意識がブラックアウトしかけた時に、男たちの向こうに見える天井の隅の板がそっと外され、黒い大きな何かが音も立てずに落ちてきた。


(え、あれは熊かしら?ここのお屋敷は天井に熊がいるの?)


 よく分からない状況にフィリアの意識が現実に戻される。熊はヒモの束のような何かを肩に提げていた。そしてゆらりと立ち上がると、腕を振り上げて素早く何かを投げてきた。


「うっ…」


 男の一人が小さな呻き声を上げたと思ったら突然倒れる。


「おい、どうしたぁ、腹でも壊したかぁ……ぐぅぅっ!」


 いつの間に熊がもう一人の男のすぐ背後に立ったと思ったら、後ろから片手で男の首を掴み腕を上げる。床を離れた男の足がバタバタと虚しく空を切るのをフィリアは呆然と見ていた。


(あれ、部屋が暗いからよく見えなかったけれど、熊じゃなくて黒い服を着た人だわ。えっ、ちょっと待って、この方は……)


 熊だと思っていた男を見上げたら、彼の腕と掴み上げられた男の隙間から、チラリと長い前髪と彼の顔が少し見えた。


 そして黒い服の男はくるりとフィリアに背を向けて、首を掴んでいた男を床に叩きつける。


「あがっ!」


 苦しそうに床に蹲る男の体を、黒い服を着た男が何度も強く蹴り始めた。


「ぐふっ!ぐぁっ!……やめっ…あがっ!」


 黒い服の男が背を向けた時、フィリアに男の顔がはっきりと見えた。


(あれはクリフ様?でもクリフ様って、少し前までいつも青い顔をしていたし、この間だって杖をついていてやっと歩ける感じだったのに、こんなに動けるものなの?)


 薄暗い部屋の中で、フィリアに暴行を働こうとした男が容赦無く蹴られる度に鈍い音が上がり、痛々しそうな声が続く。


 その合間に、蹴り続けているクリフォードは、怒りのままに低く小さな声で何事かを吐き出すように呟き続けていた。


「……テメェっ、俺のフィリアに手を出そうとするんじゃねぇよ!フザケたマネしやがってっ!テメェのようなクサレ野郎が手ぇ出していい相手じゃねぇんだよ!アタマかち割ってタマ潰してやるぞ、オラァ!」


 やがて蹴られ続けている男は気絶をしてしまったらしく、呻き声はしなくなった。


 クリフォードの蹴りがようやく終わり、肩で息をしていた彼は呼吸を落ち着かせてから、フィリアに向かって笑顔で振り返った。


「もう大丈夫だよ、フィリア」


 今しがたまでの事が嘘かと思われるような変わり様に、フィリアは付いていけない。


 クリフォードが慣れた手付きで、腿に装着したシースナイフを使い、フィリアの手首に巻かれていた縄を切ってくれた。


「あ、あ、えっと、……クリフ様?」


「怖かったよね、俺も襲われかけていたフィリアを見た時は心臓が止まるかと思ったけれど、無事で良かった」


 今の気絶した男への激しい蹴りなんて無かったかのように、クリフォードはにっこりと笑ってフィリアをぎゅっと抱き締める。


「あの、足は?」


「ん?足の事?大丈夫だよ。ブーツを履いているから、どれだけ蹴っても痛くなかったよ」


「い、いえ、そちらではなく……」


 そう言いかけた時、外からピィと鳥のような鳴き声がした。


「チッ……ごめん、時間になっちゃった」


 そう言ってクリフォードは窓を開けると、下にいる誰かに手で何かしらの合図を送り、肩に下げていたロープの束を窓の外に垂らし始めた。


「さあフィリア、外へ逃げるよ」


 言いながらクリフォードは、厚手の手袋を自身の手に嵌める。


 縄の端には金属が付けられていた。その形状は三ツ又になっていて、それぞれがカーブを描き、先端が鋭く尖っている。クリフォードはその金属部分を上手く窓枠に引っ掛ける。


 フィリアは窓に近付いて階下を見下ろした。この部屋は裏庭らしき場所に面していて、そこにはクリフォードと似たような服を着たイーサンがいた。フィリアが窓から顔を見せると、表情を緩めて手を振ってくれた。


「クリフ様っ、ここは3階のようです。降りられません」


「この程度の高さなら大丈夫。フィリアは目を閉じていればいいよ。時間も無いから急ぐよ」


 そう言うとクリフォードは、あっという間にフィリアをひょいと肩に担ぎ上げ、窓枠の上に軽々と乗り出す。外の風を感じてフィリアはぎゅっと目を閉じた。


 フィリアを担いだまま、クリフォードがロープを使い、階下へと下りていく。


 ロープを握るクリフォードの足が壁を蹴る度に、タン、タンと音が鳴り、彼と自分の体が揺られているのが目を閉じたままでも分かった。


 何度かそうやって揺られているうちに、地面に着いたクリフォードが肩からゆっくり下ろしてくれた。


 恐る恐る目を開けたフィリアは辺りを見回す。月の位置はそれほど高く無いので、思っていたよりも長く眠ってはいなかったようだ。


 二人が降り立った裏庭と思われる場所は、イーサン以外は他に人は見当たらず、しんとしている。


 クリフォードが小さな声でイーサンに話し掛けていた。


「首尾は?どうなってる?」


「屋敷の周囲はこちらの者とポナーの者とで固めています。あちらはまだ令嬢のした事に気付いていないようで動きはありません。でも急いでください。もうそろそろ騎士団が来ます」


 そう言いながらイーサンはクリフォードにひと抱えほどの大きさの布の包みを渡す。クリフォードはそれを受け取ると「フィリアをよろしく」とだけ言って、今降りたばかりのロープを一人で登り始めた。


「えっ?」


 クリフォードは降りた時よりも簡単そうにサクサクと登り切ると、さっきまでいた部屋の中へ消える。次に窓に現れた時は黒い服から、白シャツとスラックスといったいつもの服装に着替えていた。


 そして先ほどの包みと、上り下りに使ったロープを窓から落とすと、フィリアに微笑んでから窓を閉めてしまった。


 その間にイーサンは包みとロープを素早く回収する。


「フィリア様、行きましょう。屋敷の外に馬をご用意しました。馬で更に少し行ったところに街道があり、そこには馬車が停めてあります」


「クリフ様は置いていくの?」


「クリフォード様は騎士団に助けられる予定です。フィリア様は最初からここにはいないことになっていますので、急ぎましょう」


 裏口の門から出ようとした時、建物の反対側からいくつもの馬や人の足音が聞こえてきた。イーサンが言っていた騎士団が到着したようだった。そしてフィリアはギレット公爵家の屋敷を後にした。

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