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15 離宮の朝

 目を覚ましたフィリアは、部屋の明るさと、窓から差す陽の光の差し具合から、いつもより早い時間帯に目が覚めたのだと寝惚けた頭でぼんやりと思った。


 そして次の瞬間に、自分が見知らぬ部屋のベッドの中にいて、自分のものではない夜着を着せられていることに気付いてがばりと上半身を起こし、部屋を見回した。


(ここは、王宮の客間かしら?)


 夜会で気分が悪くなったところまでは覚えているが、その後の記憶がない。


 内装や置かれた家具の質を考えると、ここは王宮で、夜会で気分が悪くなって意識を失った後は、そのまま王宮に泊まったというのが一番可能性が高い。


 フィリアがサイドチェストに置かれた呼び鈴を鳴らそうかどうか迷っていたら、ドアが開き、侍女服姿のアンナが現れた。


「おはようございます。お目覚めになられたのですね、フィリア様。お加減はいかがですか?」


「アンナもこちらにいるのね。私は大丈夫だけれど、夜会で気分が悪くなった後の事をよく覚えでいないの」


「フィリア様は夜会でお倒れになられて、最初は内宮の客室でお休みになられていたのですが、クリフォード様のご指示で離宮の客室へと運び込まれました」


「ここは、クリフ様の離宮なの?」


「はい、左様でございます。私はフィリア様のご様子を伺いに来ただけで何もお持ちしていませんので、朝のお支度の準備を致しますね」


 そう言うとアンナは部屋を出で行く。しばらくするとドアの外が騒がしくなった。


 男性の低い声の後に、張り上げたアンナの声が聞こえる。アンナの声は大きかったので、ドアを挟んでいても何を話しているのかが分かった。


「まだダメです!寝起きのお姿を見られるフィリア様のお気持ちになって下さいっ。お支度は急ぎますので、今はダイニングでお待ち下さい!」


 また男性の声が聞こえ、アンナが何かを答えているようだった。少しして音が何も聞こえなくなってから、ドアが開いた。


 フィリアが上掛けを首元まで掛けてドアを見つめていると、ドアが開いてアンナだけが部屋に入ってきた。


「ご安心なさって下さい。主はダイニングに行かれましたので、お支度をなさいましょう」


 額の汗を拭いながら入ってきたアンナは湯の張った洗面器を乗せたカートを押している。


「クリフ様がいらしていたの?」


「はい、フィリア様がお目覚めになられた事をお伝えしましましたら、早くフィリア様とお会いになりたいと、今しがたこちらにいらっしゃいましたが、お早いお時間でしたのでお断りをさせていただきました」


 アンナはお湯で絞った布巾をフィリアの顔に優しく当てる。布巾は温かくて気持ちが良かった。




 支度をしてから朝食の場所にと指定されたテラスへ行くと、クリフォードは既に着席してフィリアを待っていた。


「おはようございます。昨夜はご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした」


 柔らかい風が吹き、クリフォードの前髪を揺らす。珍しくクリフォードの眉は顰められている。


「昨夜は大変だったね。ランドルフに何か言われたの?」


「第三王子殿下にはいつもと同じように言われただけです。夜会に出るものも久し振りの事だったので、少し気分が悪くなってしまいました」


「あの時のキミの顔色はかなり悪かったとイーサンから聞いているよ」


「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません。クリフ様もお加減はいかがでしょうか?」


 クリフォードが少しだけ首を傾げる。


「クリフォード様、ご報告が遅れてしまいましたが、フィリア様には夜会の前の晩に体調を崩された事をお伝えしてしまいました」


 側に控えて給仕をしていたアンナが一言添えると、合点がいったらしいクリフォードは小さく頷いて、青い瞳を細めながら笑顔を浮かべる。


「私の事を心配してくれたんだね。ありがとうフィリア」


「いえ、そんな…」


 照れて下を向いたフィリアは、テーブルに飾られているバラの花に気が付いた。いつもなら黄色い花が飾られているのに、今日は赤いバラが3本飾られている。


 赤いバラの花言葉は『情熱』『愛情』、3本のバラの花言葉は『あなたを愛しています』偶然であってもフィリアは熱烈に思われているような気がしてしまって照れてしまう。


「どうしたの、フィリア?」


「……今日は、いつもと違うお花が飾られていらっしゃると思ったので」


「ああ、フィリアがここで朝食を食べるのは初めてだから、ちょっと変えてみたくなったんだ。いつもの黄色い花の方が良かった?」


「い、いいえ、お気遣いが嬉しいです」


(さすがに花言葉の事まで考えて飾られましたか、なんて聞けないわ。もしも違っていたら、自惚れていると思われてしまうわ)


 フィリアが一人で焦っているうちに朝食が準備されていく。チキンのソテーにサラダとスープ、マフィンとパンがテーブルに並ぶ。


 クリフォードは慣れた仕草でチキンをカットして口へ運んでいく。


(もっと軽めのものを召し上がっていらっしゃると思っていたのに、朝からチキンだなんて意外だわ)


 あまり食欲の無いフィリアはサラダから手を付ける。


「昨夜の夜会でのダンスはどうだった?練習の通りに踊れたかい?」


「とても緊張したのですが、王太子殿下がとてもお上手な方だったので、自分でも驚いてしまうくらい踊れました。あ、ご兄弟なので似ていらっしゃるとは思うのですが、途中から王太子殿下がクリフ様に見えてしまいましたの。だから私、クリフ様と踊っている気持ちになってしまいました」


 喋った後でフィリアは婚約者の前で、兄とはいえ他の男性の話題を出す事はまずいと思い、クリフォードの顔色を伺うように見たが、クリフォードはニコニコと笑顔を浮かべたままだった。


「フィリアがダンスを楽しめたのなら良かった。私も兄上にお願いした甲斐があったよ。来年はキミと踊れると嬉しいな。私たちは互いに髪色が似ているから、並ぶと揃いのように見えるだろうね」


(クリフ様とお揃い…)


 そう思うと、フィリアの胸が熱くなった。これまでランドルフに散々髪色を馬鹿にされてきたので、自分の髪色が好きではなかったが、クリフォードと同じだと思えばこの色も好きになれそうな気がする。


「兄上と言えば、少し前に観劇チケットを渡されたんだ。普段執務を手伝っている礼だから婚約者と一緒にと言われたのだけど、フィリアは観劇は好きかな?」


「か、観劇は好きですっ。ぜひお供をさせて下さい」


 実は一緒に行ってくれる人がいないので、観劇は子どもの頃以来だったが、クリフォードと出掛けられるかもしれない事が嬉しくて、フィリアはすぐに返事をした。


「兄上がこんな事をするのは初めてだから、何か理由がありそうな気がするのだけど、理由を聞いても答えないんだよね。手の者に探らせても何も見つからないから、大丈夫とは思いたいんだけど、私が今言った事も含めて、一度伯爵に相談してから決めて欲しいんだ」


「分かりました。お父様に相談してから改めてお返事を致しますね」


「うん、そうして欲しい」


 そうして、二人は庭に咲いている花の事や、最近読んだ本の話をしながら会話を楽しみ、伯爵邸へ帰って行くフィリアを玄関先でクリフォードは見送った。




 玄関先まで車椅子を押していたイーサンは、馬車の見送りが終わると、クリフォードの前に膝を付いた。


「クリフォード様、ご報告したい事がございます」


 クリフォードはイーサンが話そうとしている事が分かっているらしく、厳しい雰囲気を醸し出していた。


 具体的な状況は分からずとも、雰囲気を察したアンナは他の使用人たちと共にその場から立ち去る。


「私としてはお前に何日か猶予を与えたつもりだったのだけど、やはりフィリアを誘うまでは話してくれなかったな。伯爵経由で知られるとでも思ったか?」


 笑顔を消したクリフォードの声は冷たい。


「事の詳細をお話しさせて下さい」


「わかった。執務室で話を聞こう」


 イーサンはゆっくりと車椅子を押して、玄関と同じ1階にある執務室へと向かう。この7ヶ月で押し馴れた車椅子だが、いつもより重く感じられた。


 執務室のドアが閉められると、クリフォードは自ら車椅子を降りて応接スペースのソファへと座り足を組む。


イーサンはクリフォードのそばで再び膝を付いて頭を下げた。


「それで、お前の話を聞こうじゃないか」


「この件につきましては、既に伯爵はご存知です。王太子殿下から話をされています」


「なるほど、伯爵には王家からの権威をチラつかせて黙らせ、私だけが外されたというわけか。どうしてお前は黙っていた?兄上に弱みでも握られているのか?」


「いいえ、私が断ればあの方は独自に動かれると思いましたので、あの方とあの方の手の者とで動かれるよりは、こちらで動いた方が良いと判断しました」


「それで、私を外した理由は?」


「今回の計画はフィリア様あってのものです。殿下はクリフォード様は絶対に反対されるだろうとおっしゃっていました」


「婚約をした時点で私は彼女を巻き込んでいたという事か。わかった、こちらで計画を練り直す。兄上には私は何も知らないままだと思わせておけ。これ以上勝手な事はされたくない」


「御意」


 クリフォードは足を組み直し、イーサンを見つめる。フィリアの前では笑顔を絶やさない彼だが、普段の彼はあまり表情を浮かべない。そのように訓練をされてきた。


「申し訳、ありませんでした」


「もういい、一度下がれ。本日分の執務が終わり次第、兄上の計画の詳細を聞くので、それまでに頭の中で纏めておけ」


 それだけ言うとクリフォードは、自分で車椅子を執務机の前まで運んで座り、王太子に押し付けられた書類の山を片付け始めた。

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