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10 ダンスレッスン

 翌日ダンスの講師としてやってきたのは、お茶会の時にクリフォードの側にいつも控えていた背の高い侍従とその妹で、兄がイーサン、妹がアンナと名乗った。


 二人はバークリー子爵家の双子の兄妹で、クリフォードよりも一歳年上、乳兄弟に当たる関係だった。


(クリフォード殿下にとって、この二人はとても信頼のおける人たちよね、きっと)


 フィリアは二人を屋敷内にあるミニホールに案内した。


「まずお聞きしたいのですが、フィリア様はダンスの経験がどのくらいおありなのでしょうか?」


 練習計画を立てる為に、アンナはフィリアがどこまで踊れるのかを知りたがったのだが、フィリアの歯切れが悪い。


「練習は時々していたのですが、夜会となるとほとんど……」 


「ほとんどと言いますと、数回という事でしょうか?」


「……いいえ」


「まさか、一度ですか?」


「いえ、……一度も、……ナイノデス」


 フィリアは恥ずかしさのあまり俯いてしまった。自分はダンスの踊れない枯葉令嬢と呼ばれている。


 ランドルフはお気に入りの令嬢と好きなだけ踊っているので、令嬢たちの間ではフィリアはダンスを踊れないと思われている。


「長年第三王子の婚約者をされていらっしゃるのに、そんな事があるのですか?」


 アンナは驚いて聞き返す。


「デビュー直前に、第三王子殿下がダンスの練習に付き合って下された事があったのですが、初めて踊ったダンスの途中で足を強く踏まれてしまい、痛めてしまったのでデビュー当日は踊れなかったのです。それからもダンスが必要な夜会直前に練習をして下さったのですが、毎回足を踏まれてしまって……今ではダンスをしようとすると足が竦んでしまって上手く動けなくなってしまうのです」


「……なるほど、よーく分かりました。殿下と背格好の近い兄が練習相手にピッタリだと思って連れて来たのですが、フィリア様のおみ足は絶っ対に踏ませません!」


 低いトーンでそう言うと、アンナはイーサンをキッと睨みつける。イーサンは責任重大だなあと呟きながらも、足を踏まないと約束してくれた。


 アンナはホールにあるピアノの前に座ると、ゆっくりとした速さでワルツを弾き始めた。


「私はこのまま弾き続けますので、フィリア様のタイミングで踊り始めて下さい」


「えっ、突然言われても……」


「イーサンは殿下のクセを良く知っていますし、リードが上手いですから安心して踊って頂けますよ」


 イーサンは短く刈られた茶色の髪をポリポリと指で掻いてから一度深呼吸すると、フィリアに向き直り、フィリアに向けてダンスに誘うように手を差し出した。


「ポナー令嬢、私と踊って頂けませんか?」


 フィリアは紳士的にダンスに誘われたのは初めてだった。


 先ほどまでただの侍従と思っていたイーサンが、突然キラキラ見え出してしまい、フィリアはまた頭に血が上ってしまった。


 イーサンを見上げながら、頬を真っ赤に染めて恥ずかしがるフィリアを見た途端、つられたイーサンも顔を真っ赤にしてしまった。


「アンナ、ちょっと止めて、……これはマズイ」


 顔を真っ赤にしながら、自分の口許を手で覆うイーサンを見てアンナはため息をつく。


「分かったわ。やり方を変えましょう。ちょっと高さが足りないけれど、私が男性パートを踊るから、イーサンが弾いて」


「了解」


 そうして何とかレッスンの初日が終わった。ゆっくりとではあったが、何とか踊る事が出来た。アンナは女性としては背が高い方だったので、友人の練習相手として何回も男性パートを踊った事があると言っていた。


「過去に練習をされていらっしゃったので、フィリア様は飲み込みが早いですね。このペースでしたら夜会でのダンスも何とかなると思います」


「あ、ありがとうございます」


 アンナは褒めてくれたが、これまで踊ってこなかったのだから、短い期間ではそう上手くはならないとフィリアは思っている。


 しかし、ダンスは苦手で怖いけれど、練習をしていくうちに、アンナとイーサン、そしてクリフォードの為に頑張ってみたいとフィリアは思えるようになった。




 翌日もイーサンとアンナが伯爵邸に来てくれる事になっていたのだか、練習場所が急遽変更になり、フィリアは離宮でダンスレッスンをする事になった。


 離宮でも小規模なパーティーを開けるように小さめのダンスホールがあり、案内されて入室したら、アンナとのイーサンの他に車椅子に座ったクリフォードもいた。


「昨日二人からレッスンの様子を聞いてね。私もどんな様子か見てみたくなったんだ。仕事も持ってきたから、私のことは気にせずに練習をしてくれて構わない」


 よく見たらホールの隅に書類が積まれたテーブルが置いてある。


「イーサン、私たちは仕事をしよう」


「御意」


 イーサンに車椅子を押されてテーブルまで行くと、クリフォードは書類に目を通し始めた。


「フィリア様、本日はまず昨日の復習を致しましょう。音楽が必要な時はイーサンに弾かせますので、まずは音楽ではなく私の声に合わせて動いて下さい」


 アンナは昨日のスカート姿とは違い、今日は男性役をすると始めから分かっていたので、パンツスタイルで来てくれた。フィリアと同じ茶色の髪はポニーテールにしてまとめてある。


 昨日とは違い今日はクリフォードの目がある。じっと見られているわけではないし、あちらは仕事をしているのだから気にしなければいいのに緊張してしまう。


「いたっ!」


「ごめんなさいっ」


 フィリアはアンナの足を何回も踏んでしまい、いたたまれない気持ちになってしまった。昨日の方がずっと踊れていたのに、クリフォードが見ている前で失敗したくないと思うほどに失敗をしてしまう。


「大丈夫です。息抜きのために少し休憩にしましょう」


 いつの間にかクリフォードたちの近くに別のテーブルが用意されていて、お茶の準備がされていたので着席しようとしたのだが、これまでは向かい合って置かれていた椅子の位置がいつもと違い、今日はクリフォードと並んで座れるようにフィリアの椅子は用意されていた。


「こっ、この場所ですと殿下のお隣に座ってしまう事になってしまうので、近過ぎて失礼に当たってしまいますっ!椅子の位置を変えて下さい」


「フィリア嬢、その場所は私が指示をしてそのようにさせたんだ。近過ぎるのが失礼というのはランドルフに言われたのだろうが、アレはいつも婚約者でもない女性を何人も隣に侍らせている。貴女も見た事があるだろう」


 そう言われて改めて思い返してみると、自分の婚約者であるフィリアにはもっと離れろと口を酸っぱくして言う割に、ランドルフはいつもお気に入りの女性と体を寄せ合うようにソファーに座っていた。


 ぱちん、とフィリアの中で何かが壊れていくような感覚が起こった。


 不思議な感覚に目を瞬かせながら椅子に座ると、クリフォードの車椅子がフィリアのすぐそばまできていた。


(近いっ!殿下、近過ぎですっ!)


「失礼、髪が少しほつれている」


 そう言ってクリフォードは手を伸ばしてフィリアのほつれた髪を耳にかけてくれた。クリフォードの指が微かにフィリアの耳に触れた。フィリアはぎゅっと目をつぶる。心臓が早鐘のようにバクバクと鳴っていた。


 フッと小さく笑う気配がした後に、クリフォードの手がフィリアの頬に優しく触れて小さな声で囁いた。


「大丈夫、俺はキミを傷つけないから」


 いつもと違う声音で囁かれたのでフィリアは驚いて目を開いた。目の前には穏やかな笑みを浮かべるクリフォードがいた。

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