モノノケカクシ
太古の時代。
この国には、モノノケが存在していた。
この言葉は、少し足りない部分がある。
今現在も、モノノケは存在する。
しかし、私達モノノケカクシによって、その存在は多くの者から隠されている。
人々が寝静まる深夜。
私達は、建物の屋上から屋上へと飛び移りながら、本部から指示された場所を目指していた。
「αの被害が拡大している。Ζはいつ到着する?」
左耳に着けたイヤホンから、そんな本部の声が聞こえ、状況は深刻なようだと感じた。
「ナナです! レイと一緒に向かっていて、もうすぐ到着……レイ、待ってよ!」
「急がないといけないんだろ? おまえも早く来い」
私達が履いている靴は、膝の動きに連動して足裏から空気が吹き出し、驚異的な跳躍力を発揮する。しかし、制御が難しく、私は跳躍する前に少し足を止めてしまう。
一方、先を行くレイは、途中で宙返りなどを挟みながら、一切止まることなく建物を飛び移っていった。その際、風で金色の長い髪がなびき、その姿は美しかった。
私は、くせ毛のショートカットだから、レイの真っ直ぐで長い髪は憧れだ。そんな感じで見惚れていると、普通に置いていかれそうになってしまい、慌ててレイを追いかけた。
「目的地に到着した。飛び降りるぞ」
着ているスーツは、あらゆる衝撃を抑えてくれるもので、高所から落下してもダメージを受けることはない。私達は建物から飛び降りると、地面に着地した。
「Ζ、到着しました!」
「了解、攻撃を許可する」
本部から許可が下りて、私は、銃を取り出した。
そこにいたのは、真っ黒で巨大なタコのような物体だった。
生物が持つ、念や思い、あるいは気と呼ばれるものは、目に見えないものの確実に存在し、常に様々な影響を与え続けている。しかし、普段は僅かな影響を与えるだけで、呪いとか祟りとか、存在しているかどうかわからないといった扱いを受ける程度で済んでいる。
そんな中、大きな影響を与えるどころか、実体化して周りに危害を与える存在が、稀に出現することがある。それを私達は、モノノケと呼んでいる。
モノノケは、日本でしか発見されていなくて、その理由は日本特有の土地柄などが関係しているとされている。姿や大きさは様々で、これについてはまだわかっていないことが多く、研究中だそうだ。
「ナナ、攻撃を開始します」
「レイ、攻撃を開始する」
私は銃を構えると、少しずつ照準をずらしながら六発ほど撃った。私の銃は、ファイブセブンというハンドガンで、マガジンに二十発もの銃弾を装填できる。その装弾数の多さを利用して、短時間で複数箇所を攻撃することが可能だ。
モノノケは、核を壊さない限り、すぐに再生してしまう。ただ、その再生速度は、核に近いほど速い。そのため、私はモノノケがどこから再生するか、じっくり観察した。
「ナナ、危ないですよ!」
そんな声が聞こえると同時に、モノノケが足のようなものをこちらに伸ばして攻撃してきた。しかし、途中で足が切られ、その攻撃は私まで届かなかった。
「ナナは、相変わらず危なっかしいですね」
「イチ、ありがとう。久しぶりだね」
イチはαのリーダーで、武器は日本刀を使っている。かつて私がαに所属していた時、私とイチは相棒として、ほとんど一緒に行動していた。しかし、私がαから外された後、こうして一緒になることはほぼなくなった。
「挨拶はいいです。それより、今の相棒を気にした方がいいんじゃないですか?」
「ああ……私が気にしたところで、どうにもできないんだよね」
レイは、両手にショットガンを持つと、モノノケの方へ向かっていった。
レイのショットガンは、ウィンチェスターM1887という古い銃をベースに、強度を改良しただけでなく、銃身と銃床を短くしたソードオフモデルだ。使用している散弾も特殊なもので、広範囲に大きなダメージを与えるものになっている。
モノノケの攻撃をかわしながら、レイは至近距離まで近付くと、まず右手に持った銃を撃った。次の瞬間、モノノケの体に大きな穴が開いた。それから間髪入れずに左手に持った銃も撃ち、モノノケの体が大きく損壊した。
しかし、核に当たらなかったようで、すぐにまたモノノケは再生し始めた。私はその様子を観察しつつ、また何発か銃を撃った。そうして攻撃した箇所の再生速度も観察して、私は核の位置をある程度特定した。
「レイ、攻撃を少し右にずらして!」
「少しって、どれぐらいだ?」
「……えっと、一メートルもないぐらい右って言ったら、わかるかな?」
「よくわからないから、適当に撃つ」
レイの銃は、トリガーガードと一体化したレバーを前後にひねることで装弾できる、レバーアクションショットガンだ。通常、レバーの操作は両手で行うが、両手に銃を持つレイは、銃全体を回して装弾する、スピンコックを行うようにしている。
それから、レイはまた二発撃った。
次の瞬間、核に命中したようで、モノノケは霧のように姿を消した。
私達は、モノノケの存在を世間から隠す組織「モノノケカクシ」に所属している。
モノノケカクシは古くから存在する組織で、文献として残っているものだと、戦国時代には既に存在していたそうだ。
モノノケは、様々な要因で生まれるものの、特に不安や恐怖といった負の感情によって生まれやすいとされている。そのため、モノノケの存在を多くの者が認知し、不安や恐怖を持つことを防ぐ必要があった。そうした目的で、モノノケカクシはできたそうだ。
また、モノノケカクシに所属する者は、私を含め、その存在を世間から隠されている。みんな、死亡したことになっていたり、行方不明ということになっていたり、簡単に言えば、世間から消えたことになっている。そうした人のことを神隠しにあったなんて言うそうだけど、私達はモノノケのために存在を隠されていることから、皮肉を込めて、モノノケカクシという名前になったなんて話も聞いたことがある。
実際のところ、名前の経緯はわからない。ただ、私達モノノケカクシは、モノノケという存在を隠し、そして、モノノケによって存在を隠された者達だというのは事実だ。
「ナナ、助かりました。ありがとうございました」
不意にイチから声を掛けられて、私は顔を向けた。
「私の方こそ、助けてくれてありがと」
「いえ、あれぐらい大したことありません」
「それより、αのリーダーだなんてすごいね。本当はもっと早く言いたかったんだけど、おめでとう」
モノノケカクシは、実績や実力などから、α、β、γとチーム分けされている。その中で、αは最も優れた者達が所属しているチームだ。そのαのリーダーとなれば、最も実力を認められた者ということだ。それを、元相棒のイチが務めているというのは、私としても嬉しかった。
「ナナが命令違反を犯さなければ、今頃ナナがリーダーでしたよ」
「そんなことないよ」
かつて私はαに所属していた。しかし、本部の命令を無視したことで、αから外された。
「私なんかより、イチの方がリーダーに向いているよ」
「そうでしょうか? 私がリーダーでなければ、もっと犠牲を抑えられたのではないかと、いつも疑問を持ってしまいます」
モノノケは、生物を殺す目的を持っているようで、その中でも特に人を殺そうと襲いかかってくる。そんなモノノケを相手にするのは当然危険で、犠牲は付き物だ。今回も、三人がモノノケに殺されてしまった。
「イチがリーダーだったから、これだけの被害で済んだんだよ」
「……そうだといいですね」
イチは、納得していないようで、複雑な表情だった。そんなイチに、これ以上何を言えばいいかわからず、私は黙っていた。
そうしていると、イチの方が気を使ってくれたようで、こちらに微笑みかけると口を開いた。
「レイとは上手くやっていますか?」
「うん、まあ……まだこれからって感じかな」
αから外され、途方に暮れていた私が所属することになったのが、Ζだ。Ζは、他のチームから外れた特殊なチームで、元々レイだけが所属していた。その時は、レイ一人しかいなかったわけで、もはやチームと呼べるものでもなかった。ただ、αでも対処できないモノノケが出現した時、対処できるのがΖだとされていた。
所属しているものの、Ζのことも、レイのことも、私はまだよく知らない。レイは、高い身体能力を有し、スーツの性能を誰よりも発揮させたうえで、あらゆるモノノケを一人で倒してしまう。誰の目から見ても、レイの実力がモノノケカクシの中で、一番なのは間違いない。
そんなレイが、他から隔離されるかのように、Ζという特殊なチームに所属している理由は、誰も知らない。そして、レイが人を避けている理由も、わかっていない。
「レイが作戦に参加して、他全員が亡くなったという話も聞きました。レイのことを死神だなんて呼ぶ人もいます。ナナ、十分気を付けてください」
「そんなに心配しないでよ! 私は絶対に死なないから!」
レイにまつわる噂は、私も知っている。しかも、そのほとんどがレイを悪く言うものだった。だから、イチの話は今更といった感じだった。
「周辺の念を確認したが、許容値まで下がった。α、Ζ、その場から撤退しろ」
その時、本部から指示が出て、私は一息ついた。
モノノケカクシは、念を測定する技術を持っている。そして、それが一定の数値を超え、モノノケの出現が懸念された時、私達が現場へ行き、対処している。
モノノケが出現するのは、深夜が多いため、人が寝静まっている間に解決すればいいケースがほとんどだ。しかし、時には昼間や夕方など、多くの人が活動している時にモノノケが出現することがある。
その際、一般の人は、何かしらか事故があったとか、事件が発生したとか、そんな風に伝えて、現場から離すようにしている。それだけでなく、モノノケや私達の姿を目撃した人がいても、噂が広まらないように情報操作も行っている。特に今はSNSで誰でも簡単に発信できてしまうため、すぐに嘘とわかる情報をこちらから広めるなどして、モノノケに関する情報そのものが、都市伝説や陰謀論といった、信用できないものと思わせるようにしている。
「ナナ、私は行きます。あまり、無茶をしないでくださいね」
「うん、ありがと。私も行くよ。レイは……あ、待ってよ!」
レイが一人で帰ろうとしていたため、私は慌てて追いかけた。
レイは、壁蹴りをするようにいくつかの建物を経由して、あっという間に屋上まで上がってしまった。私は、途中で階段を駆け上がるなどして、どうにかレイに追いついた。
「レイ、置いていかないでよ!」
「別に一人でも帰れるだろ」
「一緒に暮らしているんだから、一緒に帰ろうよ」
私とレイは、本部が用意したマンションの一室で、一緒に暮らしている。元々、レイが一人暮らしをしていた部屋だけど、レイは必要最低限の物しか部屋に置いていなくて、殺風景なものだった。そのため、私は日々インテリアなどを増やしていった。おかげで、今はそれなりにお洒落な部屋になったかと思う。
「おまえにペースを合わせる気はない」
「いいよ。レイがどれだけ速く行っても、追いかけるから」
いつもレイがすぐ一人になろうとするため、私の行為は一方的に付きまとっているのと、ほとんど変わらない。しかし、同じΖに所属する相棒だと私は思っているため、こうした行為を変えるつもりはない。
「ねえ、今日の私、少しは役に立ったでしょ?」
「どこがだ?」
「いや、どこに核があるか教えたじゃん」
「別におまえから教えてもらわなくても、適当に撃つだけで核に当たっただろ」
「確かに、レイのショットガンなら、そうだろうけど……」
「私は一人でいい。おまえは邪魔するな」
「ちょっと! 私はレイの相棒だよ! あと、いつも言っているけど、私のこと『おまえ』なんて呼ばないでよ!」
レイは、いつも私のことを名前でなく、「おまえ」と呼んでくる。それは、何度注意しても直らないままだ。
「私は相棒なんていらない」
「もう、そんなこと言わないで、ちゃんと聞いてよ!」
私はレイの腕を掴み、無理やり足を止めさせた。
「二人きりのΖだよ? ちゃんと協力し合って……」
「だから、私は一人でいい。おまえもおまえで、一人でやればいい。Ζはそういうものだ」
「でも……私は、あの時、レイに助けてもらった恩を返したいんだよ」
まだ、私がαに所属していた時、私達だけでは対処できないモノノケが出現した。次々と仲間が殺され、本部からは撤退命令が出た。撤退命令が出るのは、周辺にいる一般人が犠牲になってもしょうがないと本部が判断した時だ。
その時、私は撤退命令を無視して、戦い続けた。私が撤退すれば、周辺にいる一般人だけでなく、怪我を負って動けなくなった仲間も見殺しにしてしまう。そう思って、撤退命令に従わなかった。
しかし、モノノケの攻撃は激しく、よけるだけで精一杯だった。そして、少しずつ追い込まれ、私は死を覚悟した。
その時、突如やってきて、私を助けてくれたのがレイだった。ハンドガンと比べて大きな銃を両手に持ち、それを撃ってはクルクルと銃を回す。そして、モノノケの攻撃をいとも簡単によけ、その度になびく金色の長い髪。その姿に、私は見惚れてしまった。
そうして、気付いた時には、モノノケが消えていた。
それから、私は命令違反を理由にαから外された。それは、モノノケカクシから外されたという意味でもあり、すべて失ったも同然だった。
そんな私が、Ζに所属することになった経緯は、私自身よくわかっていない。そもそも、本部にどんな人がいるかということすら、私はわかっていない。それは、私だけでなく、みんな一緒だ。
そうして、Ζに入った私は、レイと再会した。
そんな経緯があるからこそ、私はレイの力になりたいと強く願っている。レイが一人で突っ走ったら、必死に追いかけたい。レイが一人でモノノケを倒す時、ほんの少しでいいから、私も力になりたい。そんな思いは、今のところレイに伝わっていないようだ。
「私は私にできることをしただけだ。おまえは恩なんか持たなくていい」
「レイの言うことはわかるよ。でも、わかりたくないの。だって……」
「危ない!」
突然、レイが私を突き飛ばした。
私の目には、右腕が異常に大きい男性の姿が映っていた。その腕の先には大きな爪が付いていて、その爪が当たった地面が砕けていた。
そして、私のお腹の上には、レイの右腕が転がっていた。
何が起こっているか理解する暇もなく、レイは男の腕を飛び越えると、左腕で私を掴み、そのまま遠くの建物に飛び移った。
「おまえは今すぐここから逃げろ。あいつは私がどうにかする」
「いや、レイ……右腕が……」
レイが右腕を切られた。しかも、その原因は私を庇ったからだ。その事実を、私は上手く受け入れることができなかった。
「私は大丈夫だ。だから、すぐに逃げ……私を……見るな」
レイが何を言っているのかわからなくて、私は動けなかった。
次の瞬間、レイの右腕の切り口から、無数の線が飛び出した。それは次第に色を付け、途中から人体模型を見ているかのような気分になった。そして、少しした後、失ったはずの右腕をレイは再生させた。
「レイ?」
「早く逃げろ。今見たことは忘れろ」
「でも……」
「やっぱり、隠してたか。そりゃ言えねえよな。自分がモノノケだなんてよ!」
いつの間に飛び移ってきたのか、男は笑いながらそう言った。
「レイの相棒さんに言うぜ。そこにいるレイは、俺と同じモノノケだ」
「言うな。私は……」
「レイは仲間なんていらねえんだろ? だったら、全部教えてやろうぜ。そいつは、戦闘中にモノノケになって、仲間全員を死なせたんだ。まあ、しょうがねえよな。モノノケは、いつだって腹ペコなんだ。それを満たすのは、生物……その中でも特に人の死だ。だから、人を殺したくなるのはしょうがねえことなんだ」
男の話は、モノノケが人を襲う理由を説明するものだった。ただ、私は上手く理解できなかった。
「レイの仲間、何て名前だったっけな? 確か……」
「黙れ!」
レイは男に接近すると、銃を撃った。しかし、男は右腕を盾のようにして、銃弾を防いだ。その直後、男が右腕を振ると、レイは身体を切られ、上半身と下半身が分かれた。
「レイ!」
「逃げろと言っただろ。こいつは私が相手をする。おまえは今すぐ逃げろ」
上半身だけになりながら、レイはいつもと同じ冷静な口調でそう言った。
「嫌だ! 私はレイの相棒だよ!」
私がそう言うと、また男が笑い出した。
「いい仲間じゃねえか。また名前で呼んでやったらどうだ? そしたら、すぐに俺が殺してやるよ。レイが名前を呼んだ仲間は全員死ぬって、俺が示してやるよ」
男の言葉を聞いて、私はレイにまつわる噂を思い出した。レイが参加した作戦で、他の人が全員亡くなったという話は、どこからか聞いて以前から知っていた。しかし、適当な噂話だろうと私は無視していた。ただ、レイがモノノケなんだとしたら、話は変わってくる。
「うるさい。黙れ」
レイは上半身だけになりながらも、男に向けて銃を撃った。しかし、また男は右腕を盾にして、銃弾を防いだ。
レイのショットガンは、広範囲に強力な攻撃を与えるものだ。しかし、今はそれが完全に防がれている。それを見て、私は気付いたことがあった。
「レイ!」
私は飛び込むようにしてレイの上半身を抱き締めた後、勢いを殺すことなく、いくつも建物を飛び移っていった。
「何をしている? 私を置いて逃げろ」
「私は相棒だって言ったでしょ? 見てて」
私はレイをその場に残すと、左にあった建物に飛び移った。そして、追ってきた男の姿を確認すると、銃を構えた。
次の瞬間、私はとにかく銃を撃った。それは、すべて男の左腕を狙ったものだ。しかし、男は右腕を使って、全部の攻撃を防いだ。それを見て、私は確信した。
「レイ! そいつの核は左腕にあるよ!」
私は、モノノケの核を見つける才能があると、様々な人から言われてきた。以前、私がαに所属することになったのも、それが評価されてのことだ。
しかし、私自身は特別な能力があるといった自覚を持っていない。ただ、再生速度の違いや、ちょっとした動きなどから、何となくどこに核があるのかはわかった。
そして、この男が左腕を庇うような動きをしていることに、私は気付いた。異様に大きい右腕も、左腕を守るため、あえて目立つようにしたと考えると、納得できた。
私の攻撃を全力で防いだことも、私の推測が当たっていることを示すものだった。そのため、私はどうにか男の左腕を攻撃できないかと銃を撃ち続けた。しかし、私の撃った銃弾は、すべて男の右腕に防がれた。
「あんた、邪魔だな」
男は私を標的にしたようで、こちらに向かってきた。私は銃を撃ちつつ逃げようとしたものの、男がすぐ目の前で右腕を振り上げ、さすがに逃げ切れないと感じた。
「だから、逃げろと言ったんだ」
その時、レイが銃を撃ってくれたようで、男の腹部が吹き飛んだ。そうして、男は上半身だけになった。
「そんなこと言わないでよ。私が追い込むから、このまま二人でこいつを倒そうよ」
「……わかった」
渋々といった感じだったものの、レイは私の話を聞いてくれた。そのことを喜ぶ暇もなく、私は男を追いかけつつ、向かおうとしている所に銃を撃ち、特定の場所へ誘導した。
「いい位置に誘導してくれたな」
そして、男を誘導した先には、レイがいた。
レイは男に向けて銃を撃とうとした。しかし、咄嗟に振った男の右腕が当たり、レイの銃は弾き飛ばされた。
私はその銃に向かってジャンプすると、どうにかキャッチすることができた。そして、一気に男まで近付いて、装弾すると同時に撃った。
その直後、私はとんでもない銃の反動を受けて、後方に吹っ飛ばされた。
「この銃、何なの?」
あらゆる衝撃を抑えるスーツを着ているにもかかわらず、レイの銃の反動は大きく、腕が痛かった。
「大丈夫か?」
「私はいいから、そいつを倒して!」
そう言いつつ、レイに加勢するため、私は起き上がった。
そして、私の目に映ったのは、バタバタと逃げようとする左手だった。この男の核は左手にある。そう確信して、私はハンドガンに持ち替えた後、行動を制限しようと、左手が向かおうとしている所を狙って何発も撃った。
その間にレイが近付き、銃を撃った。そうして、男の左手は、粉々になった。しかし、その中で、小指の先が微かに動いたのを私は見逃さなかった。
「核はあそこだよ!」
そうして撃った銃弾は、私の狙いと僅かにずれていて、小指の先が遠くに飛ばされてしまった。私はすぐにまた撃とうとしたものの、弾切れで撃てなかった。
結局、核があったであろう小指の先は、ぴょんぴょんと飛び跳ねるように逃げてしまった。
「ごめん! 私がちゃんと当てていたら……」
「いや、謝るのは私の方だ。動揺して、照準がずれた。すまない」
「ううん、レイは私を助けてくれたじゃん。だから、ありがとう」
「それも私の台詞だ。助けてくれて、ありがとう」
そんなやり取りが楽しくて、私は思わず笑ってしまった。ただ、そんなことより言わないといけないことがあった。
「レイ……何か着てくれない?」
先ほど、レイは身体を切られたが、既に下半身は再生している。しかし、当然ながら服まで再生するわけじゃなく、今はレイの下半身が丸見えになっていた。
「別に、見られても構わない」
「私は構うの! お願いだから、何か着てよ!」
「しょうがないな」
レイは渋々といった様子で、ズボンを着た後、靴も履いた。切られて裾が短くなったため、へそが隠れずに見えていたが、それはもう言わないでおいた。
「ところで……さっきの人、レイの知り合いなの?」
男はレイのことを知っている様子だった。しかし、聞いていいことなのかどうか判断が難しく、気を使うような聞き方になってしまった。
「私がモノノケカクシに入って、最初に相手をしたモノノケだ」
私の心配をよそに、レイはすんなりと答えてくれた。ただ、その表情はどこか険しかった。
「おまえは、αに戻れ」
「え?」
「私からも本部にお願いする」
「何でよ? 確かに私は足手まといだと思うけど……」
「あいつの言ったとおりなんだ。あの時、私は途中で意識を失って、気付いた時には、仲間全員が死んでいた。今は理性を保っているが、いつだって空腹を感じて、人を殺したいと思っているのも本当だ。そんな私と一緒にいるのは危険だ」
レイの言っていることは、わかっている。どれほど危険かというのも、わかっているつもりだ。しかし、私の答えは決まっていた。
「嫌だ。私はレイの相棒だよ。だから、一緒に……」
「もう、仲間に死んでほしくないんだ。あの日、お互いに名前を呼び合った仲間は、もう誰もいない。おまえまでそんな風になったら……」
「それは私も同じだよ! 誰も死なせたくないし、私も絶対に死なないから!」
強い口調でそう言うと、レイは驚いた表情になった。それから少しして、諦めた様子で、笑ってくれた。
「しょうがないな」
そして、レイは銃を持った私の右手を掴むと、そのまま銃口を自らの胸に向けた。
「ちょっと、やめてよ!」
弾が空になっているとはいえ、銃口を向けるなんて自殺行為も同然だ。ただ、レイの力が強くて、離すことができなかった。
「私の核は、ここにある。私が理性を失って、人を襲った時、おまえが私を止めてくれ」
その言葉を受け入れるのは、難しかった。ただ、真剣なレイの目を見て、私は頷いた。
「うん、わかった。相棒の私が、レイを止めるよ」
私がそう言うと、レイは私の手を離した。
「本部への報告は、私がやっておく。早く帰ろう」
相変わらず、レイは私と距離を空けようとしているようだった。ただ、そんなすぐに変わる訳がないかと、私は諦めた。
「ナナ、帰らないのか? 置いていくぞ?」
「ああ、待ってよ」
私は銃を仕舞い、レイについていこうとした。そこで、あることに気付いた。
「今、私の名前、呼んでくれた!」
「何のことだ? おまえの名前なんて呼んでいない」
「嘘! 絶対に呼んでくれたよ!」
「そんなのどうでもいい。早く帰るぞ」
「どうでも良くない!」
人々が寝静まる深夜。
私達は、そんなことを言い合いながら、建物の屋上から屋上へと飛び移っていった。
太古の時代。
この国には、モノノケが存在していた。
この言葉は、少し足りない部分がある。
今現在も、モノノケは存在する。
しかし、私達モノノケカクシによって、その存在は多くの者から隠されている。