聖女様は劇薬につき~私はハニートーストで運命の相手に出会いました~
テレビで、最近の女子高生は昭和少女漫画のお約束「パンを咥えて登校」ネタが通じないというのを見て衝撃を受けたので、ノリと勢いだけで書いたものです。温かい目でお読みください。
みなさん、こんにちは、こんばんは、夢野 紬十七歳です。私は今、ハニートーストを咥えたまま、知らない森の中を爆走中。何故ならば、蜂っぽい何かに追いかけられているから。そんなの! 逃げるしかないよね。
ハニートーストの所為で呼吸が苦しい。口の周りがベトベトして気持ち悪い。だけど、これを失うわけにはいかない! だってこれは今日のラッキーアイテム。よく当たるって教えてもらった“エリザベス⭐︎土偶”の占いアプリで『今日、ハニートーストを咥えて角を曲がれば、運命の相手に出会える』ってあった。周りの友達はどんどん彼氏ができて、焦る私に“エリザベス⭐︎土偶”が与えてくれた神の啓示なんだから~。
……くっ、本当はちょっと胡散臭いって思ってた。だってハニートーストだよ? でも、もしかしてって期待するよね、それで実際に試してみることにした。だけど誤算はハニートースト作るのに手こずったこと、初めてだったし。だから遅刻寸前、走らないと間に合わない。陸上部で鍛えたこの俊足で私は走った。もちろんハニートーストを咥えて。
『見通しの悪い道路で建物の影からとび出さない』幼稚園の頃から、口を酸っぱくして注意され続けてきたことを、なぜ守れなかった、今日の私! ハニートーストを咥えて走る私が、角でぶつかったのって多分、大型トラック。で、気がついたら知らない森の中、意味不明。
でも待って、これって今流行の異世界転移ってやつ? だとしたら、運命の相手って異世界系男子? えっ、いいじゃん! スパダリ王子様とか、イケメン騎士様もあり。ハァハァ~、本格的に息が苦しくなってきた。酸素が足りてない。このままじゃ蜂っぽい何かに追いつかれる。とりあえず、誰でもいいから助けて~っっっ!
「大丈夫か! 今助ける。そのまま足を止めるな!」
後ろから低音イケボが聞こえる。幻聴じゃないよね。まさか運命の相手? “エリザベス⭐︎土偶”ありがとう!
「【氷結】」
背後に冷気を感じる。バラバラバラっと地面に雹が降った時みたいな音がした。魔法かな? さすが異世界。
「もう大丈夫だ。魔蜂は退治した」
その言葉に安心してしまった私は、足がもつれて思いっきり転んだ。痛っ、かっこわる。小学生ぶりくらいに膝を盛大にすりむいた。
「おい、大丈夫か?」
駆け寄ってくる足音に振り返ると、そこには魔法剣士っぽい格好の王子様ならぬ、おじ様が立っていた。えっ~この人が運命の相手? “エリザベス⭐︎土偶”っっどうなってるのっっ! くそぅっ。いや、凄くかっこいいんだよ、だけど、ほら歳の差がありすぎでしょ。後二十、いや十歳くらい若ければ。
「ハァッ、ハァッ……アヒハホウホハヒハフ」
「ん? 弱ったな、言葉が通じないのか」
しまった、ハニートースト咥えっぱなしだった。私は慌ててハニートーストを手に持つと、改めて言い直した。
「ありがとうございます。助かりました」
「よかった、言葉は分かるな。転んで傷が出来てる、手当してもいいか?」
「すみません。お願いします」
そう言ってマントをバサリと翻して跪いた魔法剣士風のおじ様。一瞬眉をひそめて、何か考え込む姿勢。
「私の膝、そんなに酷いことになってます?」
「いや……多少出血しているので、染みるかもしれないが」
【収納】的なやつかな? すぐにどこからともなく大きな絆創膏? や、薬瓶的な何かを取り出すと、傷を覆うようにして処置してくれた。手早い、こういう事に慣れてる感じ。でも、そうか~【治癒】はない世界なのかな。と思ってたら、魔法出た!
「【痛みよ彼方へ】、応急処置はこれでいいだろう。それにしても、なぜこんな森の中に一人でいるんだ?」
私は正直に話すべきか悩んだ末『知らない人に甘い言葉をかけられても信用しない』って幼稚園からの教えを実践することにした。私は学習したのだよ、私はできる女。
「実は、山菜採りに来て迷ってしまいまして……」
「山菜採り? この魔の森でか?」
おじ様、超絶不信顔。しまった、失敗した。『嘘をついてはいけません』を実践するべきだった。
「ごめんなさい。嘘つきました。本当は、気がついたらここに居て、その魔蜂? に追いかけられたので逃げてました」
「……そうか。とりあえずここに居ては危ない。近くに住処があるからそこに向かおう」
これって『知らない人についていかない』を実践するべき? でも、また変なのが出てきたら助かる気がしない。助けてもらったし、いい人っぽいから、ついていっても大丈夫だよね。
「ところで、その手に持っているものは?」
「今日のラッキーアイテムです!」
「……また転ぶといけない。歩くのに両手を開けていた方がいいだろう。貸してみなさい、預かろう」
「えっ、でも」
「大丈夫だ、ちゃんと返してあげるから。心配しなくていい」
ハニートーストをおじ様に渡すと、一瞬ひるんだ。多分、思った以上に手がベタっとしたからだと思う。それでも優しいおじ様は、嫌な顔をせずに自分の【収納】的なものに仕舞ってくれた。本当いい人。
しばらく森を歩いていくと、おじ様の”すみか”ってとこに着いたんだけど……えっ凄くない? なんか山小屋的なものを想像してたら、実際はお屋敷、いや、お城と言ってもいいくらいの建物がバーンってあった。
小市民の私が、おじ様とお城を見比べてアワアワしてたら、おじ様は頭を優しくポンポンしてくれた。おぅっ! もしかしてこれが噂の“ナデポ”?
「遠慮しなくて大丈夫だぞ。こちらには私と身の回りの世話をしてくれている従者しかいない」
「もしかしなくても、あなた様は、お偉い人ですか?」
「立場としてはこの国の王弟になるが、王位継承権も放棄しているから、そこまで偉くはないよ」
「おぉう、オウテイ様でいらっしゃる、ましたか、た大変失礼いたしました」
「今さら、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」
衝撃の事実、おじ様はなんと元王子様でした! できれば、王子様の時に出会いたかったよ、“エリザベス⭐︎土偶”。遠い目をしていたら、おじ様はちょっと苦笑しながらも自己紹介してくれた。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったな。私はセイグリット・ハマドリュアス・バブーンだ」
「えっ、なんて?」
いやいやいや、そんな複雑な名前、一回で聞き取れないよね普通。思わず聞き返しちゃったけど、私は悪くないと思う。
「ふっ、くくくっ……すまない。セイと呼んでくれ。君は?」
「すみません、助かります。私は夢野 紬です。紬が名前で、夢野が家名になります」
「ツムギか、君に似合う可愛い名前だ。さぁ、外は冷える。お互い自己紹介も済んだところで中に入ろう」
さらっと可愛いとかのたまった! し、しかも、セイ様の左手が私の背中に、さりげなく添えられております。呼吸するかのごとく自然にお城の入口に誘導されておりますよ。紳士か! 紳士なのか!?
待って、待って、これがこっちの世界の常識? いやさ私、騙されちゃダメだ。この人絶対たらしの人だよ、流石は元王子様。
お城に入ると、セバスチャンって呼びたくなるような、おじいちゃんが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませセイグリット様。そちらの方は?」
「こちらはツムギ・ユメノ嬢。しばらく滞在するので、よろしく頼む」
「お部屋はゲストルームを?」
「そうだな……百合の間を」
「畏まりました」
私は、知らない間に、しばらく滞在する事になってた。まぁ、行くあても無いんだけど。
「ツムギ、私は着替えてくるので、君も部屋で寛いでいてくれ。案内はメリーがしてくれる」
「ツムギ様、執事のメリーでございます」
思わず、可愛い羊が出てくる童謡が頭を駆け巡った。メリーさんは執事さん、了解。
「それでは、お部屋にご案内します」
「はい、よろしくお願いします」
メリーさんに部屋に案内されて、ソファーを勧められたけど、正直ちっとも寛げない。もっと地味目で普通の部屋は無いですかね? とか聞いちゃダメかな、ダメなんだろうな。今私がいるのは、ファビュラスでゴージャス! ザ・プリンセス⭐︎な部屋。こんな部屋で寛げるのは、縦巻きロールのお姫様かセレブ姉妹くらいだよ。一般のご家庭で平凡に育った日本人には無理すぎる。
私がソファーの沈み込みにもぞもぞしているうちに、メリーさんはこれまた触るのをためらうような高級ティーカップにお茶を入れてくれた。細い金色の線で百合が描かれてる。さっき“百合の間”ってセイ様が言ってたけど、まさか部屋ごとに用意されているティーセットだったりするのかな。
「ツムギ様、どうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
えっと、お茶を飲む作法的なもの知らないけどそのまま飲んで大丈夫? 高級カップに緊張しながらもごくごく飲む。だって喉カラカラだったし。なんのお茶かは分からないけど、普通に美味しい。メリーさんはすぐに空になったカップにおかわりを足してくれた。メリーさんは出来る執事!
お茶飲み終わった……手持ち無沙汰。メリーさんと二人、静かすぎて落ち着かない。なんだっけ? こういう時はなんか共通の話題で会話すればいいって聞いた気がする。共通の話題といえば“セイ様”しかないよね!
「メリーさんは、セイ様のどこが好きですか?」
友達と盛り上がる鉄板ネタ。あれ? これってガールズトークの鉄板だっけ?
「そうでございますね、勇猛果敢にして頭脳明晰。容姿端麗な上に溢れ出る気品、高貴なご身分でありながらも、決して傲り高ぶる事もなく、誰に対しても分け隔てなくお優しいその心。東に困窮する者あればその手を差し伸べ、西に流行病が起これば魔法薬を作り駆け付け、南に魔獣が出ればこれを討伐平定し、北に貴重な薬草が見つかればどんな困難も乗り越え採取する。そういうセイグリット様の全てをお慕いしております。はぁはぁっ……」
長い~~~メリーさん興奮しすぎ、息切れ凄いけど大丈夫? メリーさんの変なスイッチを押してしまったかもしれない。
「メリーさんがセイ様をすっごい好きなのは良く分かりました」
「ご理解いただけたようでなによりです」
よかった、元のスンっとしたメリーさんに戻った。
「それでは、セイ様は、魔法薬を作ったり、魔獣を討伐したり、薬草を採取して暮らしてるんですね」
「はい。セイグリット様は、我が国の魔法薬の第一人者で最高峰の調合師でございます!」
あ~メリーさん、また“セイ様しゅきしゅきスイッチ”入った?
「メリーの言葉は大げさだよ。ただの趣味道楽の隠居じじいさ」
そう言いながら、着替え終えたセイ様が颯爽と部屋に入ってきた。さっきの魔法剣士な服装もよくお似合いでしたが、襟元を着崩した白シャツにベストもお似合いでございます。ちょい悪オヤジ風? うん、まぁそんな感じ。
「ご謙遜をなさいますな。我が国において、セイグリット様ほどの調合師は他にはおりません」
「メリーその辺で、ほら、ツムギが呆れているよ」
「申し訳ありません、ツムギ様。少々セイグリット様への想いがほとばしりました」
あれで少々だったんだ……うん。メリーさんのセイ様への想いは重い。了解。
メリーさんが、セイ様の分のお茶を入れて退室すると、部屋にはセイ様と二人きり。うん、ちょっと緊張。
「ツムギ、実は、魔の森で長時間治療するのは危険だったから、膝の手当が途中のままなんだ」
「えっ、そうなんですか? でも、もう痛くありませんよ」
「傷跡が残らないように、魔法で完全に治してしまった方がいいだろう」
「分かりました、それではお願いできますか?」
「もちろんだ。これは一旦剥がすよ」
セイ様はソファーに座る私の足元に片足を引いてしゃがむ。うん、セイ様って所作が王子様仕込みなのか、何をしても絵になるよね。
膝の絆創膏みたいなのが剥がされると、ちょっと血が滲んでる私の膝が現れる。セイ様は傷口を何やら観察している。
「ツムギ、確かめたいことがあるんだがいいか?」
「はい、なんですか?」
「少し、じっとしていてくれ」
「分かりま……っっっ!?」
うぎゃぁーーー!!
なぜか今、私の擦りむいた膝は、セイ様にぺろっと舐められている。うん、すごい絵面。セイ様、貴方は何をしておいでなのですか? 変態ですか? 妖怪膝舐めですか? 実は生娘の生き血を啜る吸血鬼的な何かですか?
「これは……ふむ、なるほどな」
膝から離れたセイ様は、なんかカッコよく親指で唇を拭って、一人で納得顔。さっき貴方、私の膝をね、こうぺろっと舐めたよね。……やっぱり間違えたんだ。『ついていかない』が正解だったかもしれない。私は学ばない女。
「驚かせてすまない。どうしても確かめなくてはいけない事があってね。【治癒】」
セイ様の手からモヤモヤ~とした淡い緑の光が出たと思ったら、膝の傷は跡形もなく消えた。あるんじゃん【治癒】。なんでさっきすぐしてくれなかったんだろう。
「さぁ、これでもう大丈夫だ」
「……あの、治療ありがとうございます」
「ツムギ、一つ聞くが、君は別の世界から来たのだろ?」
「!?」
「くっくっくっ……やはりそうか。ツムギは思ったことが全部顔に出るな」
セイ様は、私の顔を見て笑ってる。それは“表情が豊かですね”って褒められてるってことだよね。うん、そうに違いない。うぅっ。私ポーカーフェースの訓練をするべき?
「君の血液をテイスティングして確信を得たが、君は聖女だ。間違いない」
「聖女様ですと?!」
読んで字のごとく聖なる乙女ってことだよね。清らかなる乙女オブ乙女? ……ん、今、色々聞き流したけど、セイ様、テイスティングって言わなかった? 私、膝ペロで味見されたの? やっぱり、変た……まぁ、それはもういいや。異世界の常識、私にとっては非常識ってことにしとこう。
聖女様といえば、なんか世界の危機を聖なる力で癒したりするアレだよね? 友達から借りて読んだ漫画にそんな感じのあった気がする。
「えっと、私は、世界の滅亡を救う為にこちらに呼ばれたんでしょうか?」
「……ツムギの国では“聖女”は、“世界の滅亡を救う”存在なのかい?」
ん? なんか違うっぽい。質問に質問で返された。
「そういう風に語り継がれていたり居なかったり? です」
「そうなのか。こちらでの“聖女”は、ツムギの世界での“聖女”とかなり乖離があるので、心して聞いて欲しいんだが……」
セイ様、言い辛そう? そんな言い方されると、聞くのが怖いんだけど。
「基本的には、異世界から来た清らかな乙女が聖女とよばれている。特筆すべきは、聖女の血は貴重な薬の材料になると言うことだ」
異世界から来た乙女の血が材料の薬ってなんだそれ! サイコパスすぎる。
「……因みに、どんな薬ですか?」
「聖女の血液は、エリクサーの材料になる」
「衿臭~?」
「エリクサーとは、万能の霊薬だ」
私の渾身の親父ギャグをセイ様はスルー。だって、エリクサーって。完全にファンタジーの世界だよ。
「とりあえず、私はこれからどうすれば良いのでしょう? 元の世界に帰れますか?」
「すまない。今まで、元の場所に帰った聖女の話は聞いた事がない。おそらく帰れなくなるからだ」
「帰れなくなる?」
一方通行で帰宅が不可能ってことならしょうがないってなるけど、帰れなくなるって何?
「今から話すことは、これからの君にすべて起こりうる事だからよく聞いて欲しい」
「……はい」
え〜。こんなの「はい」って言うしかないじゃん。「聞く」しか選択肢がない感じだもん。セイ様が改まってするの、絶対悪い話だよね。
「まず第一に、聖女は魔物に狙われやすい。魔蜂に襲われたのもそのせいだ」
そうだったのか、てっきりハニートーストのハチミツに釣られて追いかけてきてるのかな〜って、ちょっと思ってた。
「第二に、聖女の存在は希少なものだ。悪い連中に連れ去られ監禁、下手すると一生繋がれ、血を搾り取られ続ける事になるかもしれない」
なんですと!!! 怖すぎる。聖女様は用法用量を守って、正しくご利用頂きたい!
「第三に、下手すると、君の所有権をめぐって国同士の戦争が起こる事もあり得る」
“私の為に争わないで!”……言ってみたかったヒロインのセリフだけど、戦争でとか規模がデカすぎて引く。私は平和を愛する日本人。
「以上を踏まえた上での提案なのだが、ツムギ、ここで私の研究を手伝ってくれないか?」
「研究って魔法薬ですか?」
「そうだ。私は、人々を病から救う魔法薬を研究しているんだが、君の血液を極わずかでいいので定期的に提供してもらえれば、救える命も増えるはずだ。その代わりに、私がツムギを害するすべてのものから守る事を約束する。考えてみてくれないか?」
世のため人のための献血? まぁ、それくらいだったら、協力するのもやぶさかではないけれども。極わずかって具体的にどのくらいなのかなぁ〜。……そういえば、献血手帳っていつの間にカードになってたんだろうね。子供の頃、父が自慢げに持っていたのが羨ましくて、十八歳になったら献血して献血手帳もらう! って思ってたら、今はカードなんだって。あ~どうでもいい事考えてた。これって現実逃避ってやつかな。
「セイ様は、私と一緒に暮らすので本当にいいんですか?」
「君は私の側でずっと暮らせば良い。安心してくれ、これでも君一人を養うくらい造作も無いことだ。心配なことがあるなら、何でも聞いてくれ」
セイ様は爽やかに笑った。
「人の為になるのなら、血をちょこっと提供するくらいは構いません。セイ様は命の恩人ですし。酷いことにはならないと信じています。ただ、私が血以外でお役に立てることって、なく無いですか?」
「役に立つとも。私は寂しいひとり者のジジイだ。可愛いツムギが一緒に住んでくれれば生活にハリが出るし、元気なツムギと毎日挨拶を交わしていれば、前向きになれる。味気ない一人の食卓も、ツムギと一緒に食べればより美味しく感じるに違い無い」
セイ様がナチュラルに口説きにかかってくるっっ。恐ろしい子!
「これでも納得できない? それじゃあ、ツムギ。君は何が得意?」
「走るのは得意な方です。後、料理も少しだけ」
「そうか。それでは、時々でいいから、私の為に手料理を振舞ってくれないか?」
「そんな事でいいのなら……分かりました。とりあえず、それでお願いします」
こうして、セイ様との共同生活が始まったわけで……若干、流された感はあるけど、取り敢えずお世話になってみることにした。
「ツムギ、このハニートースト美味しいよ」
私は早速、覚えたてのハニートーストを作ってみた。これはセイ様の希望。例の【収納】されていたラッキーアイテムを返して貰った時、セイ様ずっと気になってたみたいで「結局コレはなんだ?」と聞かれたのがきっかけ。それじゃあ作りますよ! ってなった。
そうこうしているうちに、セイ様と出会ってから、数ヶ月が経っていた。いつの間に! 聖女は命を狙われる的な話だったけど、セイ様の鉄壁の守りのお陰か、今の所平和に毎日暮らしてる。
献血も、一月に一回小匙1杯程度。セイ様の魔法で採取されるので、全然痛くもない。正直、拍子抜けな感じ。最近は、セイ様の研究をお手伝いしたり、魔法を教えて貰ったりもしてる。
セイ様は何でも詳しくて、話も面白い。絶妙なタイミングで褒めてくれて、教え方も上手。多分、頭の出来が違うんじゃないかな。一緒に過ごす事で、少しは私も賢くなってきたかも?
「ツムギ、今度はこの魔法だよ【痛みよ彼方へ】」
「最初にセイ様がかけてくれた魔法ですね?」
「よく覚えていたね。そうだよ、痛みを取る魔法なんだ」
最初は“魔力”を”感じる”とか訳がわからなかったけど、今では私も魔法少女してる! ちょっとした生活魔法なら使えるようになった。凄いでしょ! まぁ、全部セイ様のおかげなんだけどね。
魔法のお勉強の後、いつもの様にメリーさんの入れてくれたお茶を一緒に飲んでた時。急にセイ様が苦しみだした。
「うっ……ぐっぅっっ」
「セイ様! どうしたんですか?」
セイ様は自分の体をギュって抱きしめるみたいにしてうずくまってる。額には汗がどんどん浮かんで、眉間には深い皺。これって不味くない?
そうだ、この間教えてもらった魔法があるじゃん。セイ様、すぐに楽にしてあげます!
「【痛いの痛いの飛んで行け!】」
あれ、なんか違う? 痛みを取る魔法、こんな感じだったよね?
「……ツムギ、ありがとう。痛みが全く無くなったよ。今、何の魔法を使ったんだ?」
「この間教えてもらった魔法を使ったつもりだったんですが……?」
「【痛みよ彼方へ】のことか?」
「あぁ〜そうでしたね。なんか間違って唱えてたかも? でも、セイ様が元気になったから良かった」
結果、この時私は、聖女様オリジナル魔法を編み出してしまったようだ。ふふふっ。私、凄くない?
事件といえばそれくらいで、私はセイ様の元で平和な毎日を過ごした。
セイ様と出会ってちょうど一年経った日、セイ様と私はお庭の東屋でちょっとしたお花見ティーパーティー。私が作ったハニートーストを食べた後、セイ様は片膝を地面につけて跪く姿勢をとった。急にどうしたの?
「ツムギ、この先もずっと、私だけの為にハニートーストを作ってくれないか?」
えっ、これってプロポーズ!? いや、もしかしたら料理人としてのスカウトということも。
「あの、それって料理人として正式に雇っていただけるってことですか?」
「……回りくどい言い方はやめよう。ツムギ、改めて君に結婚を申し込む。私の奥さんになってくれないか?」
「……はい」
実は、この一年でセイ様とはいい感じになってた。年の差なんて気にならないくらい、セイ様の事が好きだなって。“エリザベス⭐︎土偶”あなたは正しかった!
セイ様は、頷いた私を、嬉しそうにギュって抱き上げた。そしてそのままチューされた。ううっ、人生初のキッス。ちょっと記憶が曖昧。なぜならば、その直後にもっと濃厚なのが投下されたから。
「ツムギ……愛してる……」
「……セイ様、私も」
「ツムギ!……」
またもやギュって抱きしめ……セイ様? ん、なんか凄い色気度がアップしていますが、えっ! ちょちょちょっと待って。抱き上げてどこに連れていく気ですか? そのまま次のステップに雪崩れ込む感じなのですか? 展開が早すぎますセイ様~~~!
こうして、私はラッキーアイテムハニートーストで運命の人と出会い。幸せになりました。めでたしめでたし?
おまけの蛇足『その後、ツムギの知らない所で交わされたとある兄弟の会話』
兄「セイグリット、お前、すっかり若がえってるじゃないか!」
弟「そうですか? 若い奥さんに釣り合うように努力はしていますけどね」
兄「いやいや、お前それ、絶対聖女の妙薬使ってるだろ!」
弟「若返りの秘訣が聞きたくて、新婚の私を王都まで呼びつけたんですか? 兄上も相当お暇とみえる」
兄「そんな訳あるか! 呪詛で政敵を暗殺したりと黒い噂の絶えなかった枢機卿が、“原因不明の全身の痛み”に襲われて、失脚した」
弟「“聖女召喚”を行って、聖女の血を悪用し、国家転覆を企んでいたあの枢機卿がですか?」
兄「セイグリット、お前、何か心当たりがあるのか?」
弟「“原因不明の全身の痛み”ねぇ〜。あぁ〜、あの時の……」
兄「何があったんだ? お前も呪詛を受けたのか?」
弟「う〜ん。何もなかったですよ。愛しい妻の愛があるだけです」
兄「ハァ〜、もういい。老いらくの恋はタチが悪いな」