マリアさんはつれないメイドになりたい!
ラブコメ感強めです。
ひだまりのねこ様主催『つれないメイド企画』参加作品です。
「……はぁ。また今日も尽くしてしまいました」
テオドール侯爵家に仕えるメイドのマリア。
金色の長い綺麗な髪を後ろでひとつに結び、かわいらしいメイド服に身を包んでいる。
彼女には目下の悩みがあった。
それは……。
「……はぁ。つれなくなりたい」
自らの主人を冷たくあしらう、いわばつれないメイドになれないことである。
「おーい! クレアー!」
ーーはっ! クロード様っ!
屋敷の廊下を歩くマリアが中庭で声をあげるクロード・テオドールを見つける。
彼こそがこの屋敷の若き主人である。
若くして両親を亡くし、弱冠17にして領地を治める若き領主である。
「ああ……クロード様。今日も素敵……」
少しクセのある栗毛。
まだあどけなさを残しながらも領主としてしっかりしなければという矜持を感じる意志のある眼。
優しくも勇敢な整った顔立ち。
マリアは今日もクロードの姿に見惚れていた。
「いかがいたしましたか? クロード様」
クロードが声をかけた相手。
長い黒髪を結い上げたつり目の長身の女性。
カッコいいパンツルックが似合いそうだが、かわいらしいメイト服でも着こなしてしまう見目麗しい存在。
メイド長であるクレアは自らの主人であるクロードを感情のない顔で見下ろす。
クロードも背は低い方ではないが、クレアはそれ以上に長身なようだ。
「この前、クレアに指摘された農地の用水路の件、うまくいったよ。ただ水を引き込むだけじゃなくて溜め込む場所を増やすのも大切だったんだな!」
クロードは興奮した様子でクレアに上目遣いを送る。
どうやら彼女は両親亡きあと、未熟なクロードを立派な領主とするべく教育するブレーンでもあるようだ。
「ええ。そうです。そうすることでいざというときに水が枯渇することを防ぐことが出来ます。ここは雨が少ないですからね」
顔を上気させながら嬉しそうに話すクロードとは対称的に、クレアは口だけを動かすようにして話す。
その表情はいつまでも変わることはなく、まるで機械人形のようだった。
「クレア! いつもありがとう! 君のおかげで俺はなんとか領主としてやっていけている!」
クロードはそう言いながらクレアの両手をぎゅっと握りしめる。
「……いえ。仕事ですから」
クレアはそれに対して眉ひとつ動かさずに、やんわりと手を離させた。
「……まったく。クレアはいっつもつれないな。褒めているんだからもう少し喜んでもいいのに。ほら、この前も……」
「……他に用がないなら失礼します。クロード様もまだお仕事が残っているでしょう? それが終わったら剣の鍛練ですよ」
クレアはクロードの話を途中で切り上げ、深くお辞儀をして踵を返した。
クレアはクロードの話を聞いている間も手を動かし、庭の手入れを終えていたようだ。
「……やれやれ。クレアは本当につれない。まあだが、それがクレアの良いところだな」
クロードは苦笑しながらも嬉しそうにその頼もしい背中を目で追った。
「よっし! 俺ももっと頑張るぞ!」
クロードは自分にそう言い聞かせると、走って自室へと戻っていった。
「……う、うらやましい!」
2人のやり取りを廊下から眺めていたマリアが叫ぶ。
「クロード様に手を握られ、たくさん褒められ、それなのにクレア様ったら眉ひとつ動かさず! いったいなぜ!? なぜあんなにもクールでいられるの!?
それに、クロード様もそのつれないところが良いと。やはり時代はつれないメイド。ただ尽くすだけのメイドの時代は終わったのですね」
マリアは少し痛い子だった。
そして、早合点してしまうところもあり、もはや彼女のなかではクロードの好みイコールつれないになっているのである。
「マリア」
「あ! メイド長!」
マリアがぶつぶつと一人言を呟いていると噂のつれないメイド長であるクレアがかつかつと歩いてきた。
「メイド長! どうしたら私もメイド長みたいなつれないメイドになれますか! 私はダメなんです! クロード様のお姿を見ると、こう、なんでもしてあげたくなっちゃうんです!
朝のお召し換えからご飯も食べさせてあげて、お風呂や、夜のことだって……きゃー!」
「……マリア。帰ってきなさい」
「はっ! 失礼しました」
マリアが一人で暴走していてもクレアは冷静にマリアを諭し、現実に戻してくれる。
「あと一時間ほどしたらクロード様にレモン水とアップルパイを。あの調子だと張り切りすぎて途中で倒れるでしょう」
「あ、分かりました!」
クレアはそれだけ告げると、再びかつかつと廊下を歩いて去っていった。
「……さすがはクレア様。つれないながらもクロード様のことをしっかりと見ている」
メイド長としてのクレアの働きに改めて感心させられるマリア。
「よし! 私はこれからクレア様になる! なるったらなる! つれないメイドになって、私もクロード様に褒めてもらうんだ!」
マリアはそう息巻いてキッチンに向かった。
「……ふう。ん?」
クロードが事務仕事を一段落させた頃、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
「……失礼いたします」
「ああ。マリアか。どうした?」
クロードが入室を許可すると、トレイを持ったマリアが粛々と入ってきた。
トレイにはシナモンの香り高いアップルパイと、デカンタのなかに輪切りのレモンを浮かべた水がのせられていた。
「そろそろ一休みでもと思いまして。クロード様の好きなアップルパイと、レモン水をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。ちょうど疲れてきたところだったんだ」
「……っ。……いえ、仕事ですからー」
クロードの柔らかい笑みに思わずニヤけてしまいそうになるのを堪え、マリアは努めて冷静に返した。
「? どうしたマリア。具合でも悪いのか?」
「うひゃいっ!?」
いつもと様子の違うマリアにクロードがずいと近付く。
「……だ、だ、だ、大丈夫です。ナニモ、ナニモモンダイアリマセンデス、ワ」
マリアはすぐ近くにあるクロードの綺麗な顔を直視しないようにしながら、早鐘のように16ビートを刻む心臓を落ち着かせようと試みていた。
「……そうか? あんまり無理するなよ」
「……クロード様こそ。あまり無理はなさらず」
首をかしげながらソファーに向かうクロード。
クロードが後ろを向いた一瞬、マリアは顔を思い切り破顔させる。
ーーあっぶなーい。あんな近くにクロード様の超絶顔が来たらニヤけてしまいますよー!
「マリアも座りなよ」
「……は。失礼します」
そして、心の声を思い切り叫んだあと、クロードが振り返る頃には再び無表情に努め、静かに向かいのソファーに腰を下ろした。
「……ん。うまい! やっぱりマリアのアップルパイは最高だな!」
「……ありがとうございます」
ひまわりのような満面の笑みを浮かべるクロードにも、マリアは何とか表情を崩さずに返した。
「……っ」
「どうした?」
「い、いえ、なんでもありません」
ーークロード様。ほっぺに! ほっぺにアップルパイの欠片ががががが! と、取ってあげたい! 取ってパクってしたい!
マリアは内なる願望をなんとか抑え、静かに自らの頬を指差す。
「……クロード様。ほっぺにかすが……」
「え? あ、ほんとだ。あはははは。これは失敬」
恥ずかしそうに照れ笑いしながら頬についたかすを取るクロード。
心のなかで悶えるマリア。
「……今日のマリアはずいぶん静かだな」
「……え?」
クロードはそう呟くとマリアの隣に移動してきた。
「……っ! な、なんでしょうか」
ソファーに並んで座る形になり、マリアは慌てて腰を浮かせた。
「……座って」
「……はい」
しかし、クロードに優しく諭されて再びソファーに座り直した。
「……マリア。こっちを向いて」
「……ひゃい……ひゃっ!」
マリアがクロードの方を向くと、クロードの顔がすぐ目の前にあった。
そして、前髪をかきあげたクロードのおでこが優しくマリアのおでこにぶつかる。
「……っ」
クロードの長いまつ毛が自分のまつ毛に触れそうなほどの距離にある。
マリアの口元は盛大に緩んでいるが、目を閉じているクロードには気付かれていないようだ。
「……ふむ。顔は赤いけど熱があるって感じじゃないみたいだね」
「……ふひゃう」
ようやくおでこは離れたけど、目を開けたクロードの顔を間近で見てしまってマリアはノックアウト寸前だった。
「……マリア。何かあったのか?」
「……え?」
「マリアはいつも元気で明るくて、これでもかってぐらいに俺の世話をしてくれて。
マリアには本当に感謝している。
だから、そんなマリアに元気がないと心配で心配で、俺も調子が出ない。
もし何かあるなら言ってくれ。
いつも俺のために尽くしてくれるマリアに、俺も応えたいんだ」
「……ク、クロード様」
つれないメイドはどこへやら。
マリアは蕩けそうな顔をクロードに向けていた。
「……結婚して」
「……ん? なんだって?」
「はっ! いえ、なんでもないです! そ、そーだ! 北の方で良いリンゴが収穫できたそうです! それを取り寄せていただきたいなーなんて。そしたら、またクロード様に美味しいアップルパイを焼きますわ!」
マリアは慌てて矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「……ふっ。分かった。楽しみにしているよ」
「は、はいっ!」
マリアのいつも通りの元気な返事を聞くと、クロードはすっと立ち上がった。
「ごちそうさま。俺は剣の鍛練に行ってくるよ」
「あ、はい! いってらっしゃいませ!」
優しく微笑みながら部屋を出ていくクロードをマリアは深く頭を下げて見送った。
「……つれないメイドへの道のりは果てしなく長いわね」
顔を上げたマリアは主のいない部屋で一人そう呟いたのだった。
「……」
そのドアの向こう側。
扉に寄りかかるように背を預けながら天を仰ぐクロード。
「……聞こえないふりをしてしまうなんて、俺はなんてもったいないことをっ。
……いや、いつか俺の方から言わないと。
そのためにも、立派な男になるために鍛練頑張るぞ!」
クロードは小さくそう呟くと、意気揚々と剣の鍛練に向かったのだった。
おまけ
「……結婚して」
「……ん? なんだって?」
「……」
クロードの部屋でくり広げられるドタバタを窓の外から覗き見る人物が一人。
「……やれやれ。早くくっついてしまえばいいものを」
二人のやり取りを一通り堪能したクレアは気付かれないようにそっとその場を離れる。
「……けど、すぐにくっついては私の楽しみが減ってしまいますね。ふふ、ふふふふふ」
二人のドタバタはつれないメイドのクレアの密かな楽しみなのだった。