93話 おにぎり
「……死んでしまいますわ……」
とある路地。
イリスは空腹で倒れていた。
食堂『向日葵』が店内清掃のため、3日、休業することになったのだ。
今更、他の店で食事をする気になれない。
かといって、料理は得意というわけではない。
でも、食べないわけにはいかない。
仕方なく外に出たものの、丸2日、なにも食べていなかったせいで空腹で倒れてしまった。
「くっ……わたくしにはやるべきことが、やらなければいけないことがあるのに、このようなところで……!」
かっこよさげなことを言っているが、空腹で倒れているだけだ。
とても情けない。
今のイリスを見たら、親は泣くだろう。
色々な意味で。
「あら」
聞き覚えのある声に顔を上げると、スズがいた。
「こんなところでお昼寝ですか?」
「いえ……その恥ずかしいお話ですが、空腹で動けず……」
「それは大変ですね。おにぎりを持っているんですけど、食べますか?」
「『鬼斬り』?」
なんて物騒な名前だ。
もしかして、スズは自分を始末するつもりだろうか?
過去、暴れまわった天族であることがバレてしまったのだろうか?
冷や汗をかいていると、スズは鞄から銀紙に包まれた手の平サイズの丸いものを差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「これが……『鬼斬り』?」
この銀紙を食べて、喉に詰まらせて死ね、ということか?
だとしたら、なんて恐ろしいことを考えるのだろう。
イリスはどうしていいかわからず、受け取った銀紙の塊をじっと見つめた。
ややあって、スズがその行動の意味に気づいた様子で、納得顔に。
「その銀紙を解いてください。中にあるものを食べるんですよ」
「な、なるほど。まあ、それくらいはわかっていましたが。いましたが!」
イリスは顔を赤くしつつ、銀紙を解いた。
「あら」
中から現れたのはお米だ。
ぎゅっと、三角形に固められていた。
そこに海苔が巻かれている。
「これが『鬼斬り』……」
「美味しいですよ? どうぞ」
「……いただきます」
恐る恐る口をつけた。
そして、イリスの目がキラキラと輝く。
「まぁ、これは……!?」
いつも食べるお米とは違い、これは一粒一粒が美味しい。
ふっくらと炊き上げられていて、そして、それをぎゅっと握り……
ほどよい形、硬さだ。
ふんわりと。
それでいて、ほくほくで食べごたえがある。
ほんのりと染みる塩もいい。
お米の持つ本来の甘味と混ざり合い、舌を喜ばせてくれる。
米粒の味を一つ一つ、しっかりと感じることができた。
「あら?」
さらに食べ進めると、中から梅干しが出てきた。
酸っぱい。
しょっぱい。
そして、ほのかな甘味。
主役が一瞬で梅干しに代わり、お米が脇役になる。
でも、これがいい。
やや強烈な味の梅干しを、お米がしっかりと受け止めて、サポートしてくれていた。
単品で食べるとパンチが強い梅干しだけど、こうして、お米で包むことで食べやすくなっていた。
さらに味が濃いため、食べるペースがどんどん上がる。
空腹のお腹に染み渡る。
あっという間に完食した。
「もう一つ、いただいても?」
「はい、どうぞ」
「いただきます!」
イリスは二つ目を食べて……
そして、目を大きくして驚いた。
今度は魚の切り身を焼いたものが入っていた。
こちらも味が濃い。
塩で味付けをされているみたいだ。
お米は冷めている。
魚の切り身も冷めている。
それなのに、どうしてこんなに美味しいのだろう?
これはスズの手作りだろう。
愛情というスパイスが入っているのだろう。
だから、こんなにも美味しいのだろうか?
ついついそんなことを考えてしまうイリスだった。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「とても美味しかったですわ。このような料理があるなんて、世界は広いですわね」
「ふふ、そうですよー。まだまだ、イリスさんの知らない料理はたくさんありますからね」
「なら、それを味わい尽くさないとダメですわね」
イリスが笑い、スズも笑う。
人間に対する復讐はもう少し後にしよう。
今は、スズが言ったように美味しいものを網羅しなくては。
……復讐の天使から、腹ペコの残念少女に退化しつつあることを、イリス本人はまったく気づいていない。




