92話 オムライス
「あら?」
いつものように食堂『向日葵』を訪ねたイリスは、不思議そうに小首を傾げた。
最近はスズと一緒にご飯を食べるのが普通になっていた。
ただ、今日はスズ以外の女性がいる。
15歳くらいの幼い少女だ。
『幼い』にも関わらず、15歳くらい。
これには理由がある。
幼さの残る顔。
童顔といってもいい。
しかし、彼女の体は大人だった。
出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
ただ背は低く、幼い顔立ちで……
ついでに、角と尻尾が生えていた。
「……竜族……」
イリスは警戒した。
もしかして、自分の復活を知り、再び封印を施すためにやってきたのでは?
精霊族ほどではないけれど、竜族も高い魔力を持つ。
強い力を持つ竜族なら自分を封印することも可能だ。
イリスは迷う。
逃げるか?
しかし、下手な動きをすることで警戒させてしまう可能性も……
「あら、イリスさん」
先にスズがイリスに気づいて、手招きをした。
こうなれば仕方ないと、イリスは二人と同じ席についた。
「こんにちは」
「ええ、こんにちは。えっと……こちらの方は?」
「こんにちは! 私はミルアだよ、よろしくね♪」
「はぁ……よろしくお願いいたしますわ」
幼子のような無邪気な笑顔に警戒心を削がれてしまう。
少なくとも騙し討ちをするつもりはないだろう。
もしもそうだとしたら、彼女の演技力を称賛するしかない。
「古い知り合いなんですけど、偶然、再会して……彼女も一緒でいいですか?」
「ええ、問題ありませんわ」
「わーい! じゃあ、私はオムライス!」
「『おーむらいす』?」
またも聞いたことのない食べ物だ。
なんだろう?
「それは美味しいのでしょうか?」
「うん、すっごくすっごく美味しいよー! タニアちゃんも大好きで、作ってあげると目をキラキラと輝かせて、口元をソースでベトベトにして食べるの。あのタニアちゃん、可愛いなー」
タニアちゃんなる者のことは知らないが、なるほど。
ここまで情熱的に語るのなら外れはないだろう。
イリスはミルアと一緒にオムライスを注文した。
ちなみに、スズは焼き魚定食だった。
「じー」
ふと、ミルアがじっとイリスのことを見つめた。
「な、なんですの……?」
「ねえねえ、イリスちゃん。私のこと、おかーさん、って呼んでみない?」
「はい?」
「タニアちゃんがいなくて寂しくて、お母さん成分を生成できないの。だから……」
「やめてください。イリスさんが困っているでしょう」
「うぅ、残念」
どうやらミルアはちょっと残念な人のようだ。
イリスは、そう認識した。
ほどなくして料理が運ばれてきた。
「おまたせしましたー、こちら、オムライスです」
「あら♪」
思わず感嘆の声が出てしまいそうなほど、美味しそうな料理だった。
鮮やかな卵焼きが赤いご飯の上にかけられている。
半熟でとろとろ。
ソースと一緒に黄身が垂れていた。
「これは素敵ですわね……では、まずは一口。はむ」
スプーンですくい、食べる。
瞬間、口の中がパラダイスに。
「あぁ、なんて素敵なのでしょう」
まず最初に感じるのは卵だ。
半熟のふわふわ、とろとろ。
噛む必要なんてなくて、溶けてなくなってしまうかのようだ。
それに、卵自体にしっかりと味付けがされていた。
やや甘い。
それと、コクがあって奥深い味になっている。
これだけでも美味しいのに、その下に隠されているご飯も素敵だ。
これはチキンライスだ。
酸味と甘味が効いたケチャップで炒められたご飯は、白米の持つ旨味が十分に引き出されていた。
ケチャップでコーティングされているため、ややベトベトするものの、それはそれで楽しい食感だ。
一口サイズに切られた鶏肉が混ぜられていた。
それと、他は塩コショウだろうか?
余計な味付けはいらないという自信がうかがえる。
そんなチキンライスと卵を一緒に食べると、口の中が幸せでいっぱいだ。
とろとろの卵が、ややこってり目のチキンライスを上手に包み込んでくれる。
しかし、マイルドにするだけではない。
食べやすさを強調しつつ、それでいてとろとろの食感がとても嬉しい。
さらにケチャップをベースにしたソースがかけられていた。
こちらは酸味がやや強め。
でも、足りない分をうまい具合に補っているため、相性は抜群だ。
口の中、隅々にまで旨味、甘味、酸味が行き渡る。
「これは、いくらでも食べられそうですわ!」
「だよね! 美味しいよね!」
イリスとミルアはにっこり笑顔でオムライスをぱくぱくと食べた。
そんな二人を見て、スズは苦笑する。
「ふふ。こうして見ていると、二人は姉妹のようですね」
「そうかな?」
「そうでしょうか?」
「ほら、息がぴったり」
「あら、確かに」
「イリスちゃん、私の妹になる? おねーさま、って呼んでもいいよ、えへん!」
「逆ではありませんか?」
……そんな話をしつつ、イリスはふと思う。
なんだか、今日のご飯はとても美味しい。
初めて食べる『おーむらいす』が魅力的なのは認めるが、それだけではなくて……
心がぽかぽかとするのだ。
「ああ、なるほど」
イリスの姉のような存在が言っていた。
ご飯はみんなで食べると美味しいのですよ……と。
「こういうことだったのですね」
イリスは微笑みつつ、オムライスをぱくりと食べるのだった。




