87話 飴玉
「さて、今日はなにを食べましょうか」
イリスはるんるん気分で向日葵へ向かう。
肉がいいだろうか?
それとも、魚がいいだろうか?
ものすごく迷う。
いっそ両方がいいかもしれない。
「はて?」
迷いつつ歩いていると、やけに街が騒がしいことに気がついた。
あちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。
「あ、お客さん!」
「あら、チトセさん。そんなに慌ててどうしました?」
「魔物が街の中に現れて……一緒に逃げましょう!」
「しかし、わたくしはこれから食事を……」
「だ、ダメですよ、こんな時にご飯なんて!」
「……もしかして、お店はやっていらっしゃらない?」
「当たり前じゃないですか!?」
「へぇ……」
イリスはうっすらと笑う。
なぜかとても怒っている様子だけど、チサトにはその理由がわからない。
まさか、ご飯を食べられないから、なんて理由ではないだろう。
普通、ご飯よりも魔物から逃げることを優先する。
「よくも、わたくしの幸せの時間を邪魔してくれましたわね……その罪、万死に値しますわ」
ちょうどお腹が減っていたイリスである。
怒りは頂点に達して、魔物が出たという場所に一直線で向かう。
「あわわわ、お、お客さん!?」
自殺願望でもあるのだろうか?
チサトは迷いつつ、しかし放っておけず、イリスを追いかけた。
「グルァアアアッ!!!」
街の広場に巨大な獣がいた。
虎に似た、強力な力を持つ魔物……キラータイガーだ。
「くっ……こいつ、強いぞ!?」
「慌てるな! 数で押し込め!」
数人の冒険者達がキラータイガーと戦っていた。
しかし、劣勢。
相手にダメージを与えることはできず、逆にダメージをもらっていた。
それも仕方ない。
キラータイガーは冒険者狩りの異名を持つ強力な魔物だ。
そこらの冒険者では相手にならない。
「あれですか」
イリスはとても冷たい顔をして、つかつかとキラータイガーのところに向かう。
そんな彼女に気づいた冒険者は慌てた。
「なっ、逃げ遅れか!?」
「危ない、逃げるんだ!」
冒険者達は避難を促すけれど、イリスがそれに従うことはない。
ただ、ほんの少し感心するような笑みを見せた。
「あら。このような状況でわたくしの心配をしますか。まあ、人間にしてはマシですわね」
仕方ない。
その根性に免じて、今回だけは特別に助けてあげよう。
そう思い、イリスはさらにキラータイガーに接近する。
「ガァアアアッ!!!」
イリスの接近に気づいたキラータイガーは、牙をむき出しにして吠えた。
他の魔物、あるいは動物達。
そして人間も、こうすれば怯み、足を止めてしまう。
しかし、イリスは違った。
そのまま足を進めて、さらに微笑む。
「あら、可愛い。わたくしの力を理解しているから、そうして吠えているのですか?」
「ガ、ガゥ……?」
「さあ、いらっしゃい。子猫ちゃん」
「ガァッ!!!」
猫扱いされたキラータイガーは怒り、イリスに飛びかかった。
それを見ていた冒険者やチサト、街の人々が悲鳴をあげる。
彼女は助からない。
あの牙に貫かれてしまうだろう。
そんな悲惨な光景を誰もが想像するが……
しかし、現実は明後日の方向へ飛ぶ。
「ていっ」
「ギャイン!?」
イリスの拳一つで、キラータイガーが空高く打ち上げられた。
巨体がくるくると回転して、やがて勢いよく落下して……
ガァン!!!
激しく地面に叩きつけられて、そのまま絶命。
その体を魔石に変える。
「あらあら、子猫ちゃんには辛い遊びだったでしょうか? ふふ」
イリスは余裕の笑みを浮かべて、
「おおお……す、すげえぞ、あの嬢ちゃん!」
「キラータイガーを一撃で……もしかして、名のある冒険者なのか?」
「とにかく、これで街は救われた、やったぞ!」
周囲の人々は歓声に湧いた。
救世主であるイリスのところに駆け寄る。
「助かったよ、ありがとう!」
「あんたはこの街の英雄だ!」
「……うるさいですわね」
人間のためにしたことではない。
食事の邪魔をした愚か者を成敗することが目的だ。
イリスは眉をしかめて……
「お姉ちゃん、ありがとー。これ、あげる」
「あら」
小さな子供から飴玉をもらい、急降下していた機嫌が直る。
イリスは飴玉を口に含み、舌の上で転がす。
いちご味だ。
とろけるような甘さが口いっぱいに広がる。
「ちょっと物足りないですが……まあ、たまにはこういうのも悪くありませんね」




