83話 プリン
「ごきげんよう」
イリスはいつものように向日葵に顔を出した。
これで3日連続だ。
すっかり常連となったイリスは、いつものカウンター席に座る。
今日はなにを食べよう?
『かれぇ』も『とぉんかぁつ』も素晴らしく美味しかった。
ならば、きっと他のメニューも美味しいだろう。
まだ食べていないものがたくさんなので楽しみは尽きない。
るんるん気分でメニューを眺めるイリスは、人間に復讐する、という目的をすっかり忘れていた。
美味しいものに心を奪われてしまい、本来の目的を忘れる。
子供か!
と思わずにはいられないが、生来の彼女はこのようなぽんこつなのだ。
「あら?」
とあるメニューで視線が止まる。
『ぷりーん』。
またもや聞いたことのない料理だ。
「なんでしょう、これは? スイーツの欄にあるから甘いものなのでしょうが……なにやら卑猥な響きがするのは気のせいでしょうか?」
もちろん気のせいだ。
イリスの脳内がピンク色のせいである。
「すみません」
「はい、ご注文はお決まりでしょうか?」
「こちらをお願いしますわ」
「プリンですね。かしこまりましたー!」
チサトは元気な声でオーダーを通して……
ややあって、小皿を手に戻ってきた。
「おまたせしました、プリンです」
山のような形をしているスイーツだ。
ぷるぷると震えるほど柔らかく、そして、茶色のソースがかけられている。
「ふむ?」
かすかに甘い匂いがするものの、そこまで食欲をそそられることはない。
かといって、見た目にインパクトがあるわけでもない。
これは外れだろうか?
イリスはがっかりしつつ、しかしそれは表に出さず、スプーンでプリンをすくう。
「わっ」
ぷるん、と震えた。
思っていた以上に柔らかい。
でも、それでいてしっかりと形を保っている。
「不思議な食べ物ですわね……さて、味の方は」
ぱくり。
「……んぅーーー!?」
イリスは全身を震わせた。
それこそプリンのように震わせた。
「これは……素晴らしいですわ!」
なんて滑らかな触感なのだろう。
舌の上でぷるぷると踊っている。
そっと歯を立てると簡単にバラバラになってしまう。
だが、その繊細さがたまらない。
そして、濃厚な甘さ。
卵の旨味と甘味、その両方が際立っていた。
ただ、濃厚ではあるものの、くどく感じることはない。
優しい甘さなのだ。
強く印象に残るが、しかし、手を止めることはない。
一口食べたら、さらに次を。
そう求めてしまうような、スッキリとした美味しさがあった。
「それに、このソース……はぁ、たまりませんわ♪」
プリンにかけられている謎の茶色のソース。
スプーンですくい舐めてみると、甘味と苦味の両方を感じた。
ただ、それが悪いということはない。
むしろ絶妙なバランスで、これが最適解ということを教えてくれる。
最初に来るのは甘さ。
その次に、ほのかな苦味。
その苦味が甘さを引き立ててくれて、全体の味をぎゅっと引き締めている。
ソースと一緒に食べると、プリンの旨味が何倍にも増した。
茶色のソースのほのかな苦味が絶妙なアクセントになっているのだ。
甘味と旨味と苦味。
そして、舌の上で踊るような楽しい食感。
「これが……『ぷりーん』!」
イリスはキラキラと瞳を輝かせて、満面の笑みで一口ずつ、ゆっくりとプリンを食べていく。
そんな彼女を見て、他の客もこぞってプリンを注文して……
この日、食堂向日葵はプリンの売上が過去最高を記録したという。




