81話 カレー
絹のようにサラサラの銀色の髪。
ルビーのような瞳。
肌は陶器のように白い。
その身にまとうドレスは可愛らしく、主に最上級の美しさを与えていた。
そんな少女の名前は、イリス。
天族と呼ばれている最強種だ。
天族は人間の守護者と呼ばれていたが、イリスを除いて全滅してしまった。
その原因が人間にあるため、イリスは復讐を考えていたのだけど……
「お……お腹が減りましたわ……」
復讐なんてどうでもよくなるくらいの激しい空腹に襲われていた。
色々とあって封印されていたけど。
色々とあって復活することができた。
よしきた。
人間を根絶やしにしてやろう。
そんなことを考えて、ウッキウキるんるん気分のイリスだったけど……
復讐の方法を考え続けたせいで、三日三晩、飲まず食わずになっていた。
そんなバカな!? と驚愕するような流れではあるが、これが彼女の基本。
復讐を考えているイリスは刃物のような鋭さを持っているが、根本的に、彼女はぽんこつなところがある。
ちょっとしたドジを連発したり、肝心なところでやらかしたり。
魂がぽんこつで構成されているのだ。
なので、今回もやらかしていた。
「うぅ……本当にお腹が減りましたわ。ちょっと目眩がするほどに」
復讐を果たす前に空腹で行き倒れる。
なんて最期なのだろう。
姉と慕う女性が知れば爆笑しそうだ。
「こうなったら、背に腹は代えられませんわね」
イリスは背中の翼を消して、人間の街へ向かう。
翼がなければ普通の人間となにも変わらない。
人間の街に入ることは簡単だ。
「えっと、食事をするところは……」
店を探すイリスだけど、なかなか見つけられない。
それも仕方ない。
封印されている百年ちょっとの間に、人間の生活はずいぶんと向上した。
知らないものが多く、どれがどういう店なのかよくわからない。
「うぅ……ど、どうしたら?」
心底腹が減った。
腹と背中が本当にくっついてしまいそうだ。
「あら?」
ふと、香ばしい匂いが流れてきた。
とても刺激的な匂いではあるけれど、しかし暴力的ではない。
どこか優しく食欲を誘う匂いで、本能に直接訴えてくるかのように強烈だ。
「なんでしょう、これは?」
匂いに誘われるまま、イリスはふらふらと店に入った。
「いらっしゃいませー! お一人様ですね? こちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます」
ついつい言われるまま席についてしまうイリスだった。
空腹で頭が回っていない証拠だ。
「お客さん、なににしますか?」
「えっと……この香ばしい匂いはなんでしょう?」
「ああ、これはカレーの匂いですね」
「かれぇ?」
「おや。お客さん、カレーを知らないんですか? だったら、一度食べてみることをおすすめしますよ。きっと病みつきになりますから」
「このわたくしに、そこまでのことを……いいでしょう。では、かれぇをお願いいたしますわ」
「かしこまりました!」
待つこと十分。
店員の手で『かれぇ』が運ばれてきた。
「はい、どうぞ。当店自慢のカレーです!」
「これが……かれぇ?」
ほかほかの白米は湯気を立てていて、米粒が一つ一つしっかりと立っていた。
その上に黄色のソースらしきものがかけられている。
刺激的な匂いの正体はこのソースだ。
じゃがいもとにんじん、それと肉が入っていた。
とろりとしてて、スプーンですくうとゆっくりと垂れた。
これは本当に食べ物?
イリスは不安になりつつも、しかし空腹には勝てず、『かれぇ』を口に運ぶ。
「はむっ」
キラキラとイリスの目が輝いた。
「こ、これは……!?」
なんておいしいのだろう!
ソースは辛く、ピリピリと舌を刺してくるかのようだ。
しかし、それが逆に心地いい。
絶妙な辛さ加減だ。
そして、その辛さが食欲を促進する。
一口食べたらすぐに次が欲しくなる。
辛いソースでしっかりと煮込まれた野菜は柔らかくなっていた。
じゃがいもは溶けるちょっと手前だ。
食べやすいだけではなくて、しっかりと味が染み込んでいる。
野菜の旨味と刺激的なソースが絡み合い、幸せを演出してくれた。
肉はジューシーだ。
辛いソースに包まれているにも関わらず、主張を失っていない。
しっかりとした肉肉しさと脂が残っていて、噛む度に口の中に旨味が広がる。
「こ、これが『かれぇ』……!」
ピリリと辛いソースはとても刺激的で、具材豊かなところもたまらない。
しかし、本当に素晴らしいのは米と一緒に食べるところだ。
二つを一緒に食べると、白米の甘味がソースの辛味をいい感じに中和してくれる。
食べやすいだけではなくて、喉の奥まで幸せにしてくれる。
正直、飲み込むのがもったいないくらいだ。
ずっと舌の上で味わっていたい。
「あぁ、なんて幸せな味……」
「お客さん、これもどうぞ」
ふと、店員が小瓶を差し出してきた。
「あら、これは?」
「福神漬ですよ。一緒に食べるとおいしいですよ」
「ふむ?」
細かく切った野菜を漬けたものらしい。
独特な匂いがした。
「これが『かれぇ』と合うのでしょうか……?」
疑問だ。
この福神漬も匂いは強烈で、『かれぇ』と一緒にしてしまうと互いの良さを打ち消し合ってしまうような気がした。
しかし、店員が勧めたものだから嘘はないのだろう。
試してみるのも悪くない。
そう考えたイリスは福神漬を皿に盛り、一緒に食べた。
「こ、これは……!?」
なんておいしいのだろう!
福神漬はわずかな酸味があった。
酸っぱい。
辛味と酸味。
一見すると相反するように思えたが、その組み合わせの良さたるや。
驚きしかない。
福神漬の酸味は『かれぇ』の辛味を上回っていた。
しかし、ソースの個性を殺すことはない。
逆に酸味が前に出ることで、ソースの旨味も前に引き出されていた。
コリコリとした食感も楽しい。
煮込まれた野菜がドロドロになっていたため、逆に新鮮に感じるのだ。
「ふぁあああ……素敵ですわ♪」
イリスは一気に『かれぇ』を食べた。
その余韻に浸る。
口の中が熱い。
辛味と旨味が残り、体がぽかぽかとしてきた。
少し汗が流れる。
そこで、氷で冷やされた水を一気に飲む。
「ぷはぁ」
おいしい。
ただの水をこれほどおいしく感じるなんて初めてのことだ。
「お客さん、カレーは気に入ってくれましたか?」
「ええ、とても良かったですわ」
「なら、よかったらまた来てください。他の種類のカレーもあるので」
「えっ、『かれぇ』には色々な種類があるのですか?」
「もちろん。それに、ウチはカレーだけじゃなくて、他の料理も自慢なので」
「……他の料理……」
イリスの心が思い切り揺れた。
そして……
「……そうですわね。また来させていただきますわ」
復讐は少し先にしよう。
そんなことを考えるイリスだった。
別のスピンオフを別枠でやろうと思っていましたが、やっぱり同じでいいか、と思いこちらを再開することにしました。
ついでに、ちょっとタイトルも変えておきました。
不定期更新ですが、またこちらもよろしくお願いします。




