73話 サッカーしようぜ・幕間
前半が終わり、休憩時間。
控え室で休む選手達に、羽振りのよさそうな男が笑顔で声をかける。
「いやー、いい感じだったね。最高だよ、君達は」
選手達にそう声をかけるのは、ホライズンのライバル都市と言われている場所で働く商人だ。
昔から長く続いている名誉ある商会で、彼は、自分の代でさらに商会を発展させた。
それを成し遂げたことで、自分は商人の才能があると考えるようになった。
だからこそ、ライバル都市であるホライズンに負けたくない。
例え冒険者同士の交流試合だとしても負けたくない。
商人は極度の負けず嫌いなのだ。
だから秘策を用意した。
絶対に勝つ方法。
その秘密は……彼が用意した選手達にある。
「「「……」」」
選手達は作戦を練るわけではなくて、雑談に興じることもない。
目を閉じて微動だにせず、ただただじっとするだけ。
そんな選手一人一人に専属のスタッフがついていた。
彼らの体調を管理、『調整』することが仕事だ。
何度も何度も調合を繰り返して、身体能力を極限まで引き出す薬を投与して……
思考が加速される魔法をかけて……
選手同士で思考を共有する魔道具を埋め込み、その調整をして……
早い話、彼らはドーピングをしていた。
ありとあらゆる違法行為を詰め込んだ究極のドーピングだ。
故に、最強種であるカナデ達と互角以上に渡り合うことができる。
無論、そのような無茶なドーピングをすれば大きな問題となる。
ルール違反というだけではなくて、選手達の選手生命は大きく減ることになるだろう。
下手をしたら本業の冒険者も廃業となり……
場合によっては命も危ういかもしれない。
それでも。
勝利を掴むために、彼らは身を捧げた。
捧げざるをえなかった。
「ふふふ。あの最強種達を相手に、互角以上に戦えるとは……本当に素晴らしい」
「……約束は守ってもらえるのだろうな?」
ふと、選手の一人が目を閉じたまま、そう商人に問いかけた。
硬く静かな声だ。
「ええ、もちろん。試合に勝利すれば、莫大な賞金を払いましょう。今日で冒険者を引退することになっても、一生遊んで暮らしていけるだけの賞金を……ね」
「ならばいい」
「ただ、勝ってくれないと困りますよ? あなた達は私の期待に応えてくれましたが、しかし、結果を残さなければ意味がないのですから」
「問題ない。しかし……」
わずかな逡巡の後、選手は問いを重ねる。
「どうして、ここまでして勝とうとする?」
「……」
商人の顔色が変わる。
笑みが消える。
「言ってみれば、これはお祭りだ。優勝しても大したものは得られない。ここまで金をかけて、それに対するリターンが少なすぎる。なぜだ?」
「ふ……ふふふ」
商人はニヤリと唇の端を吊り上げた。
笑う。
笑う。
笑う。
「リターンが少ない? そんなものはどうでもいいのですよ。全ては勝利のために……ホライズンチームに勝つことができるのなら、これくらいの金、なんてことはありません」
果てしない渇望。
勝利に対する貪欲な姿勢。
商人が見せる笑みにはそれらが含まれていて、見る者をゾッとさせるほどの情念が込められていた。
なにが彼をそこまでさせるのか?
答えは……金だ。
彼が拠点とする街はホライズンの姉妹都市だ。
常に競い合い、時に支え合い、発展を続けてきた。
対等な立場として。
しかし、最近は違う。
ホライズンの英雄と呼ばれている、最強種を従えるとある冒険者。
その冒険者は数々の偉業を成し遂げて、魔族まで討伐してみせたという。
活躍に比例してホライズンの評価が上がり……
そして、姉妹都市の評価は下がる。
あのホライズンの姉妹都市なのに大した活躍をしていない。
あのホライズンの姉妹都市なのにパッとしない。
あのホライズンの姉妹都市なのに……
商人は許せなかった。
己が拠点とする街が貶められて、下に見られることが。
上に立たなければいけないのだ。
ホライズンは下にならないといけないのだ。
「そのことを今回の試合で証明してみせますよ……そう、絶対に!」




