39話 とある少女の思い出・その8
「オフィーリア姉さま!?」
背に矢を受けたオフィーリアは、足を止めて、その場に膝をついてしまう。
オフィーリアは、いくらか実戦経験はあったものの……
大きな怪我をしたことはない。
そんなことになる前に敵を倒してしまっていた。
故に、痛みに慣れていない。
我慢することができない。
「くっ、うぅううう……!」
いつも無表情なオフィーリアは、苦痛に顔を歪めていた。
痛い。
痛い。
痛い。
涙がこぼれそうだ。
助けて、と叫んでしまいたくなる。
それでも……
「しっかりしてください、オフィーリア姉さま!」
すでにぽろぽろと涙をこぼしている妹を見て、冷静になることができた。
しっかりしろ。
自分は姉だ。
なにがあろうと、大事な妹を守らなければならない。
そう自分を叱咤して、オフィーリアは背中に手を回す。
突き刺さる矢を掴み……
「っ……!!!」
返しを気にすることなく、無理矢理引き抜いた。
肉が裂けて血が流れる。
激痛が走り、悲鳴をあげそうになってしまうが、なんとか我慢した。
「毒は……ない、ようですね。これなら……」
「オフィーリア姉さま!」
イリスはふらつくオフィーリアを慌てて支えた。
「あぁ、血がこんなに……ど、どういたしましょう? わたくし、治癒魔法は……」
「イリス」
「家に帰ればポーションが……で、ですが、このような状況では……」
「イリス」
「もう、なりふり構わず、他所の家でも……」
「イリス」
「……あ……」
何度が呼びかけられて、イリスは少しだけ落ち着いた。
涙目なのは変わらないけど、オフィーリアの声に耳を傾けることができる。
「いいですか、よく聞いてください」
「は、はい……」
「私は、ここで人間達を食い止めます。その間に、イリスは逃げてください」
「そんな……!?」
「この傷では、足を引っ張ってしまいます。このままだと、なにもできず、人間達に捕まってしまうでしょう。そうなるよりは、あなたをどうにかして逃した方がいいです」
「オフィーリア姉さまを置いて逃げるなんて、そのようなこと、できるわけがありません!!!」
イリスは泣きながらオフィーリアを睨みつけた。
こんな時でも、冷静であろうとして……
姉であろうとするオフィーリアのことが、ひどく腹立たしい。
そんなことを考えるイリスは、強く強く声を発する。
「オフィーリア姉さまがわたくしのことを考えてくださっているのは、よくわかります」
「なら……」
「ですが、わたくしもまた、オフィーリア姉さまのことを考えているのを忘れないでください!」
「……」
思わぬ言葉だったらしく、オフィーリアは驚きに目を大きくした。
妹を想う姉。
妹が助かるためなら、なんでもするつもりではあったが……
それでは妹の気持ちを無視することになる。
そんなことはやめてほしいと、イリスは訴えていた。
オフィーリアは、小さく笑みを浮かべる。
「あなたは、本当に優しい子ですね」
「オフィーリア姉さま……?」
「イリスの気持ちは、よくわかりました」
「では……!」
「……しかし」
オフィーリアは、こっそりと練り上げておいた魔力を解き放つ。
「姉は、恨まれたとしても嫌われたとしても、妹のためになにかしてあげたいと思うものなのですよ」
「えっ」
オフィーリアは魔力を解放して、召喚に使うゲートを開いた。
そこにイリスを強引に押しやる。
「そのまま逃げてください」
「そんな……!?」
「大好きですよ、イリス」
オフィーリアは優しく微笑み……
そして、イリスは転移ゲートの中に消えた。




