33話 とある少女の思い出・その2
「……と、いうことがあったのですわ」
天族の里にある、とある花畑。
その手前に設置されたベンチに座るイリスは、隣に座る女性に話をした。
「ふふ、それは大変だったわね」
優しい笑みを浮かべる女性の名前は、リリーナ・ルルトラン。
人間の希望を背負う勇者で、魔王討伐を使命とする者だ。
リリーナは、ちょっとした用事があって天族の里にやってきて……
そこで、偶然、イリスと出会い……
意気投合した二人は、すぐに仲良くなった。
今では、イリスはリリーナのことを、二人目の姉として慕っている。
「まったく、オフィーリアお姉さまにも困ったものですわ」
「でも、おねしょをしちゃうイリスちゃんにも問題があるんじゃない?」
「う……そ、それは」
リリーナは、まだ若いのに勇者という重責を背負い、その務めを見事に果たしている。
故に、彼女のことは尊敬もしていた。
そんな尊敬する姉に、どうして自分は恥部を語っているのだ?
なにをしているのだ?
冷静になったイリスは急激に恥ずかしくなってきた。
熱くなる顔を両手で隠す。
「イリスちゃん?」
「このような恥ずかしいわたくし、見ないでくださいまし……」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「無理ですわ……」
「恥ずかしがるイリスちゃんもかわいいね」
「もう……意地悪ですわ」
イリスは唇を尖らせて拗ねた。
そんな姿もかわいらしく……
リリーナは、さらに笑みを深くするのだった。
「でも、そんなに気にしないでいいと思うわ。私も、そういう経験があるから」
「リリーナお姉さまも……ですか?」
「恥ずかしい話だけどね」
たはは、とリリーナが苦笑する。
「誰にも話したらダメよ? イリスちゃんだから話したんだから」
「は、はい! 絶対に誰にも話しません!」
あなただから、というところに特別なものを感じて、イリスは強く頷いた。
憧れの人に秘密を打ち明けられた。
その特別感は心地よくて、また一つ、リリーナと仲良くなることができたと、幸せな気持ちになるイリスだった。
「さて、と」
リリーナが立ち上がる。
「ごめんね。そろそろ作戦会議があるから、行かないと」
「そうですか……」
リリーナは勇者として、日々、精力的に活動をしている。
本音を言うと寂しいが、わがままを言って、そんな彼女を困らせたくはない。
「えっと……送らせていただきますわ」
「ふふ、ありがとう」
少しでも一緒にいたいという健気な想いが伝わったらしく、リリーナは優しい笑みを浮かべた。
二人は並んで里を歩く。
「あの……リリーナお姉さま?」
「なに?」
「その、わたくしが聞くようなことではないのですが……次の作戦というのは、いったいどのような?」
「……」
その質問に深い意味はない。
大好きな姉のことをもっと知りたい。
その一心で尋ねただけのこと。
ただ、リリーナは難しい表情になってしまう。
「リリーナお姉さま?」
「……そうね。イリスちゃんには話しておかないとダメね」
リリーナは足を止めた。
そして、周囲に人がいないことを確認してから、そっと口を開く。
「……魔王が覚醒したわ」
「え?」
すぐにその言葉の意味を理解することができなかった。
理由は不明だけど、魔王は人類をひどく敵視している。
故に、覚醒したら戦争となる。
当然、人類側に属しているリリーナは戦争に赴かないといけない。
「魔王は、すでに進軍を開始しているみたい。このままだと、一週間もしないうちに、この中央大陸に攻め込んでくるわ」
「そ、そのようなことに……」
「まだ詳細は決まっていないけど、私達は迎え撃つ予定よ。これ以上、誰かの血を……涙を流させたりなんかしないわ」
そう語るリリーナには、強い決意が見られた。
勇者の使命を果たさなければいけない。
絶対に魔王を討たなければいけない。
そして……
なによりも、大事な人を守らないといけない。
そんな想いを抱く彼女だからこそ、数々の最強種が力を貸すことにした。
最強の中の最強と言われている天族も、リリーナの心に惹かれ、全面的な協力を申し出た。
「……リリーナお姉さま……」
イリスもまた、彼女に心惹かれた一人だ。
血の繋がりはない。
種族も違う。
それでも、姉と呼んで慕うほどにリリーナのことが好きだった。
勝ってほしい。
そして、無事に帰ってきてほしい。
そのために今、自分ができることは……
「リリーナお姉さま!」
「どうしたの?」
「わたくし、用事を思い出したので、ここで失礼いたしますわ!」
「え? あ、はい。またね」
「はい、また」
イリスは優雅に一礼して、その場を立ち去るのだった。