234話 夏といえば怪談です
「……これは、友達の話なんやけどな?」
明かりを落とした暗いリビング。
ロウソクの火だけがゆらゆらと揺れる中、ティナがしっとり、ねっとりとしたトーンで語る。
その妙に迫力のある姿に、ソラとルナはごくりと息を飲む。
カナデとタニアはちょっと緊張した面持ちだ。
ニーナは三本の尻尾を小さくしつつ、俺の服を掴んでいた。
最近、暑い日が続いていて……
気持ちだけでも涼しくなろうと、怪談を披露することになったんだ。
「せやな……仮に、その友達はKちゃんとしておこか」
「なんか、微妙に気になるイニシャルネームだね……」
「Kちゃんは能天気楽天家で、食べることが大好きの猫……いや。人間や」
「なんか悪意がない!?」
「そのKちゃんは、日々、真面目にコツコツ働いていた。夜遅くまで。Kちゃんは常人の十倍は食べるから、そこまでたくさん働かんと食費が追いつかないんや」
「やっぱり悪意がある!?」
カナデのツッコミはスルーして、ティナは語りを続ける。
「その日、Kちゃんは仕事が忙しく、いつも以上に帰りが遅くなってしもうたんや。街の灯りは消えて、とても暗い……まるで世界に一人だけになったかのよう。Kちゃんの足は自然と早くなり、家に急いだんや……」
「「「ごくり……」」」
「タッタッタ……Kちゃんは、軽く走るくらいに急いでいた。こんな不気味な夜なんて嫌だ。すぐに家に帰りたい。そんな思いがKちゃんを急がせていた」
「「「ごくり……」」」
「タッタッタ……タッタッタ……タッタッタ……走るKちゃん。いつもならすっ転んで、頭から派手にダイブするところやけど、その日は運良く普通に走ることができたんや」
「だから、なんかKちゃんドジすぎないかな!?」
まあまあ、とみんなになだめられるKちゃん。
もといカナデ。
「家路を急ぐKちゃんやけど……ふと、足を止めたんや。なにかおかしい……? 間違い探しをしている時のような違和感……暑い夜のはずなのに、妙に寒く感じたんや」
「「「……ごくり……」」」
「ねえ、誰かいるの? Kちゃんは振り返り、暗闇に声をかける……しかし、返事が返ってくることはない。なんだ、気の所為か。Kちゃんは再び足を進めるけど、でも、違和感は消えてくれない。むしろ、時間が経つごとに大きくなっていく。誰かが自分をつけているかのような、そんな圧迫感……」
「「「……ごくり……」」」
「Kちゃんは再び足早になって……その時、気づいたんや」
ティナは、さーっと血の気の引いたような恐ろしい顔で言う。
「……足音が二人分ある」
「「「っ!?」」」
カナデとタニアとニーナの尻尾がピーンと立った。
ソラとルナは互いを抱きしめつつ、「ひっ」と小さな悲鳴をこぼす。
「Kちゃんは気味が悪くなり、もう駆け足になった。急いで家に帰ろうとした。でも……二人目の足音が消えてくれない。後ろから、タッタッタと近づいてくる。どれだけ足を速くしても消えてくれない。むしろ、どんどん近づいてくるんや……」
「「「っ!?」」」
「足音はどんどん近づいてきた。そして、ついにKちゃんの真後ろに……!」
ティナはさらに声のトーンを下げて言う。
「なにかが……いる!」
「「「……っ……」」」
「振り返りたくない。でも、気になる……Kちゃんは迷い、悩んで、その末に、ちょっとだけならと振り返る。そして、そこで見たものは……」
「「「見たものは……!?」」」
「……」
ティナはすぐに答えない。
たっぷりと間を置いて。
この場も静寂に包ませて。
それから、静かに。
感情のないトーンで。
それでいて凍えるような声で言う。
「振り返ると、そこには血まみれの女の子が!」
「「「っ!?」」」
「ねぇ……私を置いていかないで……? ねぇ、ねぇねぇねぇねえええええ!!!?」
「「「っっっ!?!?!?!?」」」
こういう話に弱いカナデは、顔を青くして失神寸前だ。
他のみんなも震えている。
そこまで怪談に弱いというわけじゃないけど……
ティナの語りがうますぎて、すっかり飲み込まれている様子だ。
「……翌日。Kちゃんは街から消えていた。最初からいなかったかのように、こつ然と」
「ど、どういうことなの……?」
「以前から、とある噂があったんや。幼くして事故で亡くなってしもうたかわいそうな女の子……女の子は一人が寂しくて、一緒に遊んでくれる相手を求めていた……相手の意思を確認することなく。そして、一人でいる人を見ると、あの人も私と同じだ……そう思って声をかけて、最後には……」
「「「さ、最後には……!?」」」
「……どうなったんやろなー」
雰囲気を一転。
いつものティナの様子で、けろっと笑顔で言う。
逆にその態度が怖い。
Kちゃんの行方は?
女の子はどうなった?
さらなる被害者は?
色々と疑問が残り。
それらが解消されていないため、不完全燃焼というか……
わからないものがわからない。
なにも全容が把握できていない。
その不透明さが妙な不気味さを生み出していて、怪談として完璧だった。
「ってな感じやけど、みんな、どうやった? ヒヤッとした?」
「し、したよぉ……はぅん。私の自慢の尻尾、しゅんってなっちゃった」
「ま、まあまあね。で、ででで、でも、このあたしが、こここ、この程度の話でびびびるとは思わないでよねねね」
「めっちゃビビっているのだ」
「でも、ソラはタニアの気持ちがわかります。まるで実際にあった出来事のようで、とてもひやりとしました」
「こわい……の」
ニーナがひしっと抱きついてきた。
頭を撫でて、落ち着かせてやる。
「まあ、いい感じだったんじゃないか? たまには、こういう怪談も悪くないかもな」
「ソラは、毎日やられたら死んでしまいます……」
「我もなのだ……」
「たまに、でいいさ」
「それなら、私もアリかな?」
「今度は、あたしがとっておきを披露しようかしら!」
「おっ、楽しみにしとるでー」
怪談も終わり、みんな、わいわいと笑顔で雑談をする。
……だからなのか、気づいていなかったのかもしれない。
コツコツ。
コツコツ。
……そんな足音が部屋に迫っていたことを。




