232話 ニーナの場合
「……はい?」
扉をノックする音が聞こえたため、ニーナは玄関に移動して扉を開けた。
今、家にはニーナ一人だけ。
やや不用心ではあるものの……
幼いけれどニーナは最強種。
そこらのチンピラなんて片手一つで十分だ。
甘く見たら痛い目に遭う。
「突然、すみません。私は、騎士団ホライズン支部のライアンと申します」
騎士の姿をした男は、一礼。
それから、さっと騎士の紋章を見せた。
ただ、すぐにしまってしまう。
あまりに早すぎたため、ニーナはよく見えなかった。
「なん……ですか?」
「こちら、レイン・シュラウドさんのお家ですね?」
「ん」
「私は騎士ではありますが、詐欺などの特殊犯罪を担当していまして」
「とく……しゅ?」
「とある犯罪の捜査の途中で、シュラウドさん名義の銀行口座が悪用されていることを突き止めました」
「あくよー……」
「捜査にご協力願えないでしょうか? もしも断るようであれば、シュラウドさんも犯罪に加担していると判断せざるをえず……そうなれば、罰金だけではなくて、懲役刑は免れないでしょう」
「ちょー……えき」
「ですが、協力していただけるのならば、恩赦が与えられます。刑罰が与えられることもなく、今まで通り、なにも変わらない日々を過ごすことができるでしょう」
「おん……しゃ」
「いかがでしょう?」
「……???」
騎士を名乗る男の話を聞いたニーナは、頭の上に無数の疑問符を浮かべた。
いったい、この男はなにを言っているのだろう?
なにやら、大変なことを言っているような気がするが……
ただ、言っている言葉が難しいため、よくわからない。
懲役とはなんだ?
恩赦?
そもそも銀行口座とは?
まだ幼いニーナには、よくわからないことが多すぎた。
「えっと……」
ニーナの戸惑いを察したらしく、騎士を名乗る男も戸惑う。
「……他に人はいないかな? お父さんとかお母さんは?」
「……どっちも、いない……」
「えっ」
「わたし……一人……」
「……」
騎士を名乗る男が明らかに動揺した。
それに気づくことなく、ニーナは言葉を続ける。
「パパも、ママも……どこにいるか、わからなくて……」
「そ、そうなのかい……」
「ずっと一人……」
「……」
「でも……今は、レインがいるから」
「そ、それは……」
「みんなも、いて……楽しい。ぽかぽか……うれしい」
「……っ……」
騎士を名乗る男は、手で顔を押さえて上を向いた。
肩がぷるぷると震えている。
――――――――――
男はしがない詐欺師だ。
小さな詐欺を働いて。
足がつく前に別の街に移動して、また詐欺を働く。
そうして金を得ていた。
ホライズンにやってきたのは、ただの偶然。
レインの家をターゲットにしてのも、ただの偶然。
幼い子供が出てきたのは予想外だったが……
子供は子供で騙しやすい。
言いくるめて金貨など、金目のものを持ってこさせればいい。
そう考えていたのだけど……
(なんだ、この可愛そうな女の子は……!?)
話をしてみたら、けっこう不幸な女の子だった。
それでいて健気だった。
家族と離れ離れになって。
寂しいはずなのに、しかし、他に仲間らしき人がいるから大丈夫……と。
なんという。
なんて清らかな心を持つ子なのだろうか!
それに比べて自分はどうだ?
こんな女の子を騙して利用しようとする……どうしようもないほど汚れて、廃れているじゃないか。
なんて恥ずかしい。
この子に比べたら、自分はゴミのようなものだ。
いや、それ以下だ。
男は今までの行いを後悔した。
深く反省した。
そして……
――――――――――
「すまない!!!」
「ふぇ?」
いきなり騎士を名乗る男が謝罪を始めて、ニーナはびっくりして尻尾をぴーんと立てた。
「俺は、俺は……なんて愚かなことを!」
「えっと……?」
「キミのおかげで目が醒めたよ……ありがとう。俺は、もう少しでどうしようもないところまで落ちて、引き返せなくなっていたところだった」
「ふぁ……?」
「このまま、この街の騎士団支部に自首するよ……罪を償えるかどうかわからないけど、俺も、キミのようにまっすぐ生きないとな。それが、俺のやるべきことなんだ!」
「はぅ……?」
「ありがとう、俺の小さな女神よ。できれば、また会えることを祈って……それじゃあ!」
騎士を名乗る男は、言いたいことだけ言って立ち去る。
一人残されたニーナは、ただただぽかーんとするばかりだ。
――――――――――
「なぁなぁ、レインの旦那」
「うん?」
「この前、よそからやってきた詐欺師が捕まったらしいで。よーわからんけど、女神に顔向けできないとかなんとか、そんな理由で自首してきたらしいで」
「本当によくわからないな……まあ、改心したのなら、いいことなのか?」
「かもなー。でも、ああいう連中って性根が腐っとるやろ? それを改心とか、いったいなにがあったんやろなー?」
「うーん……なんだろうな? 俺も思いつかないよ」
レインとティナがそんな話をする中……
「~♪」
ニーナはいつもと変わらない様子で、ごきげんにティナが作ったおやつを食べているのだった。




