193話 小悪魔天使は懐かれた・後編
「……」
子猫を腕に抱いたイリスは、とても暗い顔をしていた。
街の広場に向かい、ゆっくりと歩いていく。
「イリス、大丈夫か?」
「ええ……問題ありませんわ」
隣を歩くレインに心配される。
イリスはぎこちないものの、笑顔を浮かべてみせた。
「その……残念だったな」
「いえ、それは……そのようなことはありませんわ。この子の飼い主が見つかったのですから」
イリスは愛しそうに、そして切なそうに、腕の中でおとなしくする子猫を見た。
子猫は事情をよくわかっていない様子で、にゃーんと鳴いている。
子猫は野良ではなくて、飼い猫だった。
逃げ出してしまい、迷子になっていたところをイリスが保護したのだ。
首輪をしていないのは、飼い主が風呂に入れようとしていたから。
その時に嫌がった子猫が逃げ出してしまったという。
逃げ出した猫を探してほしい、という依頼をレインが冒険者ギルドで見つけて……
依頼主に会って話を聞いたところ、イリスが保護した猫ということが判明したのだ。
そして今日、飼い主に引き渡すことになっている。
「みんなも寂しそうにしていたな」
子猫の飼い主が見つかったと知り、カナデ達は喜んだものの、でも、寂しがっていた。
お別れしなければいけない。
ニーナなんて、泣いていたからな……
とはいえ、本来の飼い主がいるのだから、返さないわけにはいかない。
俺とイリスで、飼い主のところへ向かう。
「イリスは、その子とちゃんと別れをしたか?」
「それは……別に、その必要はありませんわ。この子に愛着なんて、別にありませんので」
……なんて言うイリスは、子猫をしっかりと両手で抱いていた。
絶対に落としてたまるものか、という強い意思を感じる。
それでいて、一度も子猫の方を見ようとしない。
たぶん、見たら心が揺れてしまうからだろう。
我慢できなくなってしまうからだろう。
不器用な子だ。
ついつい苦笑してしまう。
「もうすぐ着くから、しっかり抱えてて」
「ええ、もちろんですわ」
――――――――――
「本当にありがとうございました!」
飼い主に猫を引き渡して……
そして、何度も何度も頭を下げられた。
「いえ、これも依頼ですから」
「今度は、しっかりしてくださいませ」
「はい、はい! もちろんです」
依頼主は涙目で頷いた。
その腕の中で、子猫は気持ちよさそうに寝ている。
とても安心した様子だ。
そんな姿を見せられるのは、依頼主が本当の飼い主だからなんだろうな。
「では、これで……」
「……ぁ……」
「はい? なんでしょうか?」
「……いえ、なんでもありませんわ。子猫ちゃんと仲良く」
「はい、ありがとうございました」
依頼主は何度も頭を下げて、この場を離れた。
その後ろ姿を見送り……
それから、ぽんぽんとイリスの頭を撫でる。
「な、なんですの……?」
「よくがんばったな」
「……なにがでしょうか?」
「ちゃんとお別れできたこと。偉いと思う」
「もう。レインさまは、わたくしのことをなんだと思っているのですか? 子供ではありませんのよ」
「そうだけど……でも、子供だろうが大人だろうが、大事な人と離れる時は、とても寂しいものだろう?」
「……」
イリスは俯いてしまう。
ややあって、ぽすっと抱きついてきた。
「イリス?」
「……もう少し、このままでお願いいたします」
「ああ」
イリスをしっかりと受け止めて。
それから、しばらくの間、頭をゆっくりと撫で続けた。
――――――――――
「……」
イリスは、ぼーっとした様子で窓の外を眺めていた。
子猫を返した日から元気がなくて、憂鬱な様子だ。
そんなところにカナデがやってくる。
「イリス、イリス」
「……なんですの?」
「えっと、その……」
カナデは耳を赤くしつつ、ちょっとあざと可愛いポーズを取る。
「あ、あの子の代わりに、私を……か、可愛がってほしい……にゃん?」
「……」
たぶん、イリスを励まそうとしたのだろう。
でも、とても恥ずかしいのだろう。
カナデは真っ赤になっていた。
対するイリスは、ぽかんと目を丸くして……
「はっ」
ややあって、鼻で笑う。
「にゃあ!? 酷い反応!?」
「カナデさんでは、とてもではありませんが、あの子の可愛さに届きませんわ。代役を務めることは不可能かと」
「辛辣ぅ!?」
「……ただ」
今度は、くすりとこぼす。
「いつまでも落ち込んでいられませんわね。あの子に笑われてしまいますわ」
そう言って、イリスは笑ってみせた。
その笑顔は明るくて……
そして、力強いものだった。