187話 ソラの料理教室
「こんにちは」
ぺこりと、ソラは頭を下げた。
「まだまだ暑い日が続いていますね。なので、今日は暑い夏を乗り切るためのスタミナ料理を紹介したいと思います」
ソラは次々と食材を並べていき……
さいごに、桶に入った、まだ生きているウナギを取り出した。
「夏といえば、やはりウナギですね。疲労回復だけではなくて、スタミナをつけることができますよ。それに、美味しいですからね」
ソラは、ウナギをまな板の上に。
頭を固定すると、包丁を器用に使い捌いていく。
こうした作業は得意なのだ。
包丁の扱いも慣れたもので、危なっかしさは微塵もない。
熟練のプロ、という感じ。
瞬く間に、ソラはウナギをおろしてしまう。
「こちらに、炭火で焼くための台を用意しました。基本、うなぎはこういうところで焼きますね。余分な脂を落とせるだけではなくて、しっかりと火を通すことができるため、これが最適と言われています」
ソラは金属の串を持つ。
「串打ち三年と言われていますが、それくらい、串打ちは難しいことです。皮に近いギリギリのところに串を打ちます。この場所を間違えてしまうと、焼いている最中に串が外れてしまうことがあります。なので、串打ちはとても大事なんです」
ソラは慣れた手つきで串を打つ。
繰り返しになるが、彼女は、こういうことならば得意なのだ。
一見すると、料理のエキスパート。
しかし、実は……
それがソラだ。
「では、調理に入りたいと思いますが……ウナギの調理方法は、基本、二つあります。蒸して焼くか、蒸さずに焼くか。蒸す、蒸さないで食感が大きく変わるのですが、それぞれ特徴があり、どちらも美味しいですね。好みで選んでください。今回は、じっくりと焼いていきたいと思います」
ソラは炭火で作られたコンロの上に串打ちしたウナギを置いた。
ほどなくして、ジューと脂が弾ける音が聞こえてくる。
肉も焼けて、香ばしい匂いが漂う。
「一気に焼こうとしないでください。それなりに焼けたら、裏返す。そして、様子を見て裏返して、また裏返して……交互にじっくりと焼いていく感じでしょうか? 一気に焼こうとすると、表面だけとか焦げてしまうとか、そういう失敗に陥りやすいです」
ソラは、やはり慣れた手つきで串を打ったウナギを返しつつ、焼いていく。
ほどよく焼けてきたところで、一度、タレに潜らせた。
ちなみにタレは、秘伝のタレだ。
精霊族が代々受け継いできた、命と言っても過言ではない極上のタレ。
このタレを作り上げるために、何人もの猛者が命を落としたとかなんとか。
「こうして、途中でタレにつける。あるいは、ハケなどでタレを塗る。そうして、また焼く……これの繰り返しですね」
ウナギに向き合うソラは、とても真剣な顔をしていた。
その姿は、ベテランのウナギ職人のよう。
最高のウナギを提供するために、ウナギと心から向き合い、命を捧げてきた。
そんな職人魂を感じさせる表情をしていた。
「焼きは一生と言われています。つまり、どれだけのベテラン職人でも、決してゴールに辿り着くことはできないという、とても険しい道です。ソラなんて、まだまだスタート地点に立ってすらいませんが……いつか、頂上まで踏破してみたいものですね……精霊族の名に賭けて」
そもそも精霊族はウナギの焼きに一生を費やしていない。
色々と誤解を生みそうな発言をしつつ、ソラはウナギを焼いていく。
炭火の近くにいるため、当然、暑い。
汗が流れていく。
それでも、ソラはウナギと向き合う。
汗が目に入ったとしても、瞬き一つしない。
だって、そんなことをしたら絶好の焼き加減を見逃してしまうかもしれない。
故に、じっとウナギを見続ける。
焼いて……
焼いて……
焼いて……
「っ!」
ここだ!
最高のタイミングを見て、ソラはウナギを引き上げた。
そして、あらかじめ用意しておいた、ほかほかのご飯の上に。
ほかほかのご飯ではあるものの、先に用意していたため、熱々ではない。
しかし、それでいい。
熱々だと、その熱でウナギに余計な熱が入ってしまう。
そうなると、絶妙な焼き加減が台無しだ。
それを避けるために、少し早く用意して、ちょっとだけ冷ましておいたのだ。
ウナギを白米にライドオン。
そして、秘伝のタレを一回し。
最後に、ぱぱっと山椒を降りかけて……
「完成です! ソラ特製、うな丼です!」
ババーン!
と、効果音が出そうな感じで、ソラは完成したうな丼を手に取る。
絶妙な塩梅で焼き上げられたウナギ。
ほかほかの白米。
それらをまとめる秘伝のタレ。
じゅるり、とソラはよだれを垂らす。
「我ながら改心の出来ですね。良い感じです」
ソラは完成したうな丼を持ち、テーブルへ。
席について箸を手に取る。
「では、実食です。いただきます」
まずは、ウナギを一口。
ほくほくで柔らかい。
余計な脂は落ちて、しかし、全てが落ちたわけではない。
ウナギの旨味と甘味を感じる。
そして、秘伝のタレ。
ウナギの濃厚な味をしっかりと受け止めるだけではなくて、その長所を何倍にも引き伸ばしていた。
続けて、ご飯を一緒に食べる。
「んんんぅ~~~♪」
ソラの目がきらきらと輝いた。
やはり、ウナギはご飯が一番だ。
白米と会わせることで、ウナギのポテンシャルが何倍にも膨れ上がる。
「最高ですね。やはり、夏はうな丼です。家庭で作るとなると、なかなか難しく、あらかじめ調理された店のものに頼ることになると思いますが……それはそれで、美味しいものです。暑い夏を乗り切るため、たまにはウナギなんていかがでしょうか? あるいは、ソラのように一から作ってみてもいいかもしれませんね。がんばれば、きっとこのように美味しく作れるはずですから」
「「「ダウト!!!」」」
「ダウトなのだ!」
突然、第三者の声が乱入した。
驚いて振り返ると、妹のルナ。
それと、カナデとタニアがいた。
「みんな、どうしたんですか?」
「どうした、ではないのだ!」
「あんた……ソラの偽物ね!?」
「えぇ!?」
突拍子のないことを言われ、ソラは驚きの声をあげた。
「あのソラにまともな料理が作れるわけないよ! つまり、あなたは偽物! ふふんっ、私の推理は完璧だね♪」
「穴だらけじゃないですか!? そもそも、ソラの料理はいつも完璧です」
「語るに落ちたな、姉の偽物よ」
「ソラの料理は、いつも壊滅的よ!」
「うんうん。あれは料理じゃなくて、究極完全無敵絶対破壊銀河的最終秘奥義兵器、っていう感じだよね」
「盛りすぎでは!?」
決して盛りすぎではないのだけど……
本人はそのことにまったく気づいていない。
大罪である。
「みんな、偽物を捕まえるわよ! 本物のソラをどこに連れて行ったか、吐かせないと!」
「らにゃー!」
「待っているのだ、姉よ。今、この偽物を成敗するからな」
「そ、ソラは……ソラは本物ですぅうううううーーーーー!!!?」
普通にうな丼を作っただけなのに、なぜこんなことに……?
訳がわからないと混乱しつつ、ソラはどこかに連れていかれてしまうのだった。