179話 天使少女の現代旅行記・その30『おまたせしました』
「なんなんだ、いったい!?」
長良はありったけの声で部下を怒鳴りつけた。
そうしている間も、地震が起きているかのように屋敷が揺れている。
それもそのはずだ。
すぐ近くで、何度も何度も爆発が起きている。
その前は、鉄壁のはずの門が粉々に吹き飛ばされた。
ありえない。
ありえない。
ありえない。
長良は髪をかきむしりつつ、泡を飛ばすような勢いで叫ぶ。
「どうして、なにが起きているか、誰も理解していないのだ!?」
「そ、それが……高校生くらいの少女が攻め込んできた、という報告が」
「はぁ!?」
「いえ、その……ありえないと、何度も繰り返し確認をして、何度も報告を上げさせたのですが、やはり、答えが変わることはなくて……」
「バカなのか!? ここにいる連中は、全員、薬でもヤッているのか!?」
「そ、そのようなことは……しかし、その……」
部下は困惑しつつ、恐る恐る告げる。
「その話は……真実なのです」
「なんだと?」
「私も、監視カメラで確認したのですが……やはり、少女の姿が」
「……それで?」
「なにをしているか、まったく理解できないのですが……不思議な力で、次々と警備を突破していまして……あれはもう、魔法と呼ぶしかない、理解の及ばないものなのかと」
「そのようなものがあってたまるか!」
長良は怒りに身を任せて部下を殴りつけた。
「くそっ、くそくそくそ! 計画は完璧に進んでいたのに! あと少しで遺産を自由に使えるようになったのに! それなのに、どこで計画が狂った!? なぜ、このようなことになった!?」
「……あなたが、わたくしを敵に回したからですわ」
ドガァッ!!!
戦車の砲撃を受けても耐えられるはずの強化壁が、一撃で吹き飛んだ。
粉塵の中から姿を現したのは、一人の少女だ。
銀色の髪の、人形のように綺麗な少女。
ただ、見た目通りの存在ではなくて、相対すると、まるで猛獣を目の前にしているかのような恐怖感を抱いてしまう。
「なんだ、貴様は!?」
「なんだ、と言われましても……敵、としか答えようがありませんわね」
「そうか、貴様が報告にあった……! くそっ、化け物め!」
「あら。酷い言われようですわね。まあ……」
イリスはニヤリと笑う。
楽しそうで。
それでいて、瞳は絶対零度の眼差し。
まるで、全てを支配する神のようだ。
付け足すのならば、それは、邪神という類だ。
「そう思っていただけるのなら、都合がいいかもしれませんわね」
「な、なに……?」
「見たところ、あなたが一番偉い人ですわね? 質問があるのですが……芹奈さんはどちらに?」
「な、なんのことだ……?」
ようやく金の原石を手に入れたのだ。
相手が化け物であれなんであれ、素直に従うわけにはいかない。
欲をかいた長良は、そうしらばっくれるのだけど……
「ぎゃあ!?」
「ぐあっ」
部屋の端に控えていた護衛達が、悲鳴をあげてうずくまる。
銃弾でも受けたかのように、肩や足から血が流れていた。
「答えていただけませんか?」
イリスはにっこりと笑う。
一方の長良は、顔を恐怖に引きつらせた。
ばかな。
いったい、今、なにをした?
まるで見えない。
まるで理解できない。
銃を持っているようには見えない。
かといって、武器がないわけではない。
ある意味で、銃よりも凶悪な攻撃方法を確保しているのだろう。
それよりも厄介なのは……
この少女、そのものだ。
要塞と呼ばれていた屋敷を半壊させるほどの力を持ち。
一切の迷いなく、人を傷つけることができる。
悪魔のような所業だ。
逆らってはいけない。
長良は本能的に、イリスが自分よりも圧倒的に上に位置していることを理解した。
「芹奈は……奥の部屋に、いる」
「教えていただき、ありがとうございます。ついでに聞きますが、乱暴な真似はしていますか?」
「い、いや……うまいこと言いくるめるつもりだから、そのようなことはしていない。多少の不自由はあるかもしれないが、最大限に歓待させてもらったつもりだ」
「本当に?」
「ほ、本当だ……!」
長良の背中に汗が流れた。
もしも、嘘と認定されたら?
この少女の不興を買ってしまったら?
その先は想像したくない。
「……まあ、いいでしょう。まずは、芹奈さんと合流しましょうか」
イリスは奥の部屋に向かうべく移動して……
「そうそう」
途中で足を止めて、振り返る。
そこに笑顔はなくて。
瞳は絶対零度のように冷たく、刺すようで。
そして、死神を連想させるような、強烈な殺気を放っていた。
「今回だけは見逃してさしあげますが……このようなことは、二度と考えないように。また、繰り返すというのなら……その時は、完膚なきまでに叩き潰しますわ」
「……っ……」
「では、ごきげんよう」
イリスは一礼して、部屋を後にした。
残された長良は体をガクガクと震わせて、恐怖になぶられるしかない。
「……あ、あの」
「これから、どうすれば……」
護衛達が恐る恐る問いかけてきた。
これからどうする?
そんなことは決まっている。
「撤退だ! 撤退する! それと、二度と芹奈には関わらん! 全ての者に徹底させておけ、いいなっ!?」
「は、はいっ!」
「くそっ、くそくそくそ……なんだ、あの化け物は? あんなものが芹奈の近くにいるなんて、聞いていない。これじゃあ、もう、どうしようもないじゃないか……」
長良は肩を落として、力なくその場に座りこんだ。
その髪は、あまりの恐怖で一気に白髪化が進んでいて、この短い時間で10歳は老けたように見えるのだった。