175話 天使少女の現代旅行記・その26『唯一の繋がり』
芹那は、両親の顔をあまり覚えていない。
というのも、まともに顔を合わせる機会がなかったからだ。
物心ついた時、隣にいたのは母でも父でもなくて、乳母だった。
両親のことを聞いても、とても忙しい方なので、という答えしか返ってこない。
初めて両親と顔を合わせたのは、五歳の頃だった。
顔が似ていた。
声が似ていた。
雰囲気が似ていた。
本能的に直感した。
なるほど、この二人は、確かに私の両親のようだ。
ただ、それ以上の感情は湧いてこない。
生まれてから五年、ずっと放置されていたのだ。
両親を求める感情なんて消えた。
愛情が欲しいとも思わない。
だけど……
「はじめまして、芹那。私が、キミの父親だ」
「私が母よ。元気そうでなによりだわ」
父と母は違ったらしい。
とてもぎこちない笑顔を浮かべて。
迷子になった子供のような不安そうな顔をして。
それでも、芹那に声をかけてきた。
今日は良い天気だね、とか。
大きくなったね、とか。
どうでもいい話題ばかり。
でも、父と母は一生懸命に話をしようとしていた。
娘とコミュニケーションを図ろうとしていた。
それを見た芹那は、幼いながらに悟った。
ああ……この人達は、とても不器用なんだ。
本当の本当に仕事が忙しいから、生まれてから五年も芹那を放置してしまったのだろう。
そのことを申しわけなく思っていて、今更ではあるが、親子としてやり直したいと思っているのだろう。
でも、親子なんてやったことがないから方法がわからなくて、こうしてぎこちなくなってしまうのだろう。
なんだ。
両親は、私と同じじゃないか。
そう感じた芹那は、父と母に笑顔を見せた。
特になにも言わず……
ただ、二人に抱きついた。
会えて嬉しいよ……と。
――――――――――
それからは、両親は、最低でも1年に一度は顔を見せてくれるようになった。
たまに、年にニ回という時もあった。
とても少ない。
ともすれば顔を忘れてしまいそうだ。
それでも、芹那は両親に会える日を楽しみにしていた。
毎日毎日、その日が近づいてくることを嬉しく思っていた。
両親も芹那に会えることを楽しみにしてくれていた。
家にやってきた時は、ややぎこちないながらも笑みを浮かべて。
ガラス細工を扱うかのように、そっと芹那を抱きしめて。
不器用ながらも、一生懸命にいっぱいの愛を示してくれた。
傍から見れば歪んだ家庭だろう。
だけど、芹那は幸せだった。
確かに、心の底から笑うことができていた。
しかし……
ある日、両親が事故で他界してしまう。
あまりに唐突なことで、現実感がない。
嘘だった、夢だった、と言われた方が納得できる。
また今度、何事もなかったかのように両親と会うことができる。
そう思うことができて。
でも、すぐに思えなくなって。
芹那は両親の死を受け入れて、泣いて……
心は空っぽになった。
それでも吉乃などの優しい人に迷惑をかけたくなくて、笑顔を浮かべるようにした。
なんでもない……と。
大丈夫だ……と。
優しい仮面を被ることにした。
それでも心は悲鳴をあげている。
両親の死によってできた傷は癒やされないまま、放置されて、傷口が広がっている。
それと、両親が残した遺産も問題だ。
高校生からは想像もできないような、莫大な財。
それが、たった一人に受け継がれた。
途端に、今まで無関心を貫いてきた親戚が声をかけてきて。
この度は残念だったね、力になるからね、と心にもない言葉をかけてきて。
笑顔の下で卑しい顔を浮かべていることがすぐにわかり。
人間不信に陥った芹那は、仮面を被るようになった。
誰と接する時も本心を見せない。
誰も信じてはいけない。
誰も味方になることはない。
全て敵だ。
ただ……
そんな時、不思議な女の子に出会った。
とても綺麗なのだけど、どこか抜けていて。
愛らしい外見とは反対に、やや鋭い目つきが特徴的で。
そして……
とても透き通った心を持つ人。
芹那は彼女にだけは心を許した。
というより、自分でも気づかないうちに心を許していた。
彼女と一緒にいる時は自然体になることができる。
普通に笑うことができていた。
だから……
芹那にとって、イリスは初めての友達なのだ。