174話 天使少女の現代旅行記・その25『長良の要塞』
都心から電車で数時間。
綺麗な山が連なる場所に、長良の別荘はあった。
山一つを丸ごと買い上げて。
その半分の敷地を使い、巨大な別荘を建設した。
ただ、それは別荘と呼ぶにはあまりにも巨大で。
そして、あまりにも無骨だった。
周囲を囲む門は高く頑丈で、至るところに監視カメラが設置されている。
それだけではなくて、一見しただけではわからないが、遠隔式の機銃も隠されていた。
競技場のような広大な庭。
樹齢100年を超える木々が植えられて、大きな池は錦鯉が泳いでいる。
ただ、それはフェイク。
表を外れた場所に、トラバサミから地雷まで、様々なトラップが設置されている。
そして、五階建ての本館。
和風の屋敷。
ともすれば、江戸時代の城に見えなくもない外観だ。
しかし、中は最新の設備が揃っていて……
まだ、快適に過ごすための設備も充実している。
……それと、侵入者対策の罠も完備。
もはや別荘ではない。
要塞だ。
長良の部下が、常時、百人以上待機している。
全員が銃と刃を手にして、しかるべきところで戦闘訓練を受けたプロだ。
ここを落とすとなると、警察官では無理だ。
特殊部隊でも難しい。
自衛隊に出動要請をしなければいけないだろう。
……そんな長良の別荘に芹那の姿があった。
――――――――――
「んぅ……?」
ふと、芹那は目が覚めた。
見たことのない天井だ。
体を起こすと、やはり見たことのない部屋が見えた。
学校の教室くらい広い部屋に、いくらかの家具と調度品。
それと、場を華やかにさせる美術品。
周囲との調和を保っていて、配置した者の品の良さを感じさせる。
今になって気づくものの、芹那が寝ているベッドも一級品だ。
とても寝心地がいいだけではなくて、温かい。
こんな布団が欲しいな……なんて、少し的外れな感想を抱きつつ、芹那はベッドから降りた。
「やあ、芹那ちゃん。目が覚めたかい?」
タイミングを見計らったかのように、中年男性が部屋に入ってきた。
実際、なにかしらの方法を使い、部屋の様子を監視していたのだろう。
男の名前は、長良亮斗。
芹那の遠縁の親戚。
そして……
彼女の財産を狙う悪人だ。
ただ、長良はいかにも善人です、というような笑みを浮かべて、芹那に優しく声をかける。
「大丈夫かい? 気持ち悪いとか頭痛がするとか、そういったことは?」
「いえ、ないですけど……ここは、どこですか?」
「私の別荘だよ。良いところだろう?」
芹那は、さりげなく窓の外を見た。
一面に広がる木々。
場所はわからないが、山の中ということは確定だ。
ろくでもないところに連れて来られてしまったみたいだ。
「えっと……どうして、私はここに?」
「私は、仕事の関係で都内を訪れていたのだけどね。そうしたら、道で倒れている芹那ちゃんを見つけたんだ。すぐに救急車を呼ぼうとしたのだけど、大した案件じゃない、と断られてしまってね。そこで私の別荘に運んだんだよ。ここなら、私のお抱えの医師もいるし、他にも色々と揃っているからね」
「……なるほど」
つまり、自分は誘拐されたわけだ。
芹那は的確に自分の置かれている状況を察した。
救急車が要請を断る?
移動手段に使いたいとか、水道管が壊れたとか、そんなバカな理由ならありえなくはないが……
倒れている人がいる状態で断るなんてこと、普通はありえない。
それに、わざわざ人里離れた別荘に運ぶ必要もない。
監禁しているようなものだ。
いや。
実際に監禁しているのだろう。
ある程度の行動の自由は許されるだろうが、別荘から出ることは許されないだろう。
「吉乃は……私の家のお手伝いさんのことは知りませんか?」
「ああ、彼女か。ちゃんと芹那ちゃんの無事を伝えているから、問題はないよ」
吉乃に手を出していない。
しかし、いつでも手を出すことができる。
暗にそう言いたいのだろう。
「まあ、芹那ちゃんも起きたばかりで、まだ疲れているだろう。まずはゆっくりと休んでほしい。それから話をしよう。今後の話について色々と……ね」
「……はい」
長良はいやらしい笑みを浮かべつつ、部屋を後にした。
彼に付き従う執事も部屋を出て……
そして、ガチャリと鍵の閉まる音がした。
芹那は改めて窓の外を見る。
「五階……かな?」
下を見ると、くらっとしてしまいそうな高さだ。
それと、眼下に広がる森。
道は見当たらず、人工物もない。
例えここから逃げ出したとしても、あっという間に遭難してしまうだろう。
下手をしたら獣の餌だ。
「はぁ……詰みですね」
芹那はベッドに戻り、膝を抱えるようにして座る。
そして、膝の間に頭を乗せて、深い深いため息をこぼすのだった。