171話 天使少女の現代旅行記・その22『スカウト』
数日後の放課後。
「ふむ?」
イリスは芹那と一緒に帰路を歩きつつ、周囲の様子を探る。
少し前までは、ハエのように尾行者がつきまとっていた。
しかし、先日、完膚なきまでに叩きのめしたからか、綺麗サッパリ消えていた。
(とはいえ、また別のハエが湧いてきているようですが)
少人数ではあるが気配がした。
尾行をしているというわけではなくて、なにかしらの方法を用いて、遠くから芹那の行動を観察しているようだ。
(潰しても構いませんが……また別の連中みたいですから、下手に手を出すと警戒させてしまいますわね。ならば泳がせて、油断させた方がよろしいでしょう)
イリスは無視することにして、芹那との会話に意識を戻した。
ちなみに今は、『すまほ』なるものの操作のレクチャーを受けていた。
色々なことができるから持っていた方がいい、と言われて芹那にもらったものの、操作方法がさっぱりわからない。
タップ?
スワイプ?
なにそれ?
数日経ってもまともに操作ができないため、芹那に教わることにした。
彼女は教師に向いているかもしれない。
この世界の知識ゼロのイリスではあるが、それでも、芹那に教わることで少しずつ『すまほ』なるアイテムの使用方法を理解することができた。
今では、通話とメールができるようになった。
SNSを使いこなせるようになるのも時間の問題だろう。
「ただ、ガチャにハマってはいけませんよ?」
「がちゃ? なんですの、それは?」
「とても恐ろしい沼です……一度ハマれば最後、なにもかも搾り取られるまで抜け出すことはできません」
「そ、そのような恐ろしいものが……」
「なので、イリスさんは絶対に気をつけてくださいね?」
芹那の言葉には、重く深い真実味があった。
きっと、彼女は『がちゃ』なるものに悩まされたのだろう。
「すみません」
なんて、適当な話をしつつ歩いていると、若い男性に声をかけられた。
スーツを着ているものの、ネクタイは外していて、どことなく『軽い』雰囲気を受ける。
「はい、なんですか?」
「自分、こういうものなんですが……」
「えっと……芸能プロダクション、スカウト部?」
「ええ、ええ。ぜひ、お二人を我がプロダクションに! と思いまして」
「……ふぇ!?」
驚く芹那と、怪訝そうなイリス。
イリスは、男には聞こえないように、小声で芹那に問いかける。
「……これ、なんですの?」
「……た、たたた、大変です! 私達、芸能人になっちゃうかもです!」
「……なるほど、だからスカウトですか。それ、怪しくありませんか?」
イリスもこちらの世界に来て、ある程度の常識を学んだ。
まだまだ知らないことは多いが、簡単に有名人になれることはできないはずだ。
それに、この男は臭う。
血の臭いがする。
「行きましょう、芹那さん」
「え、でも……」
「詐欺かもしれませんわ。この手の話は、まず疑ってかかるべきかと」
「詐欺……うん、確かにそうかもですね」
納得した芹那を連れて、イリスはその場を離れて……
「ま、待ってくださいよ! ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいじゃないですか? 詐欺とかじゃないから、ホント。ね? ちょっとだけだから」
「……」
必死に食い下がる男を見て、イリスは眉をしかめた。
ますます怪しい。
こちらの世界のスカウトの常識は知らないが、とにかく怪しい。
なにか隠し事をしている態度の人間によくある表情、仕草をとっていた。
「わたくし達は興味ありませんので」
「まあまあ、そう言わずに」
「ですから……」
「まずは話だけでも。その後で、断っていただいても構いませんから」
「あの……」
「では、事務所へどうぞ。歩いてすぐの場所なので」
「……」
強引に事を進めようとする男に、イリスの苛立ちは頂点に。
明後日の方向を見て、
「あ。芹那さん、あちらに空飛ぶハンバーガーが」
「えっ、ハンバーガー!?」
じゅるり、とよだれを垂らしそうな感じで、芹那は、イリスが指さした方を見た。
もちろん嘘であるが……
こんな嘘に騙される芹那のことが心配になる。
「そして」
「へ?」
イリスは、芹那の意識が明後日の方向に向けられている間に、男の額に指先を当てた。
「あなたは、さようなら……ですわ♪」
ばちん!
「へぶぁ!?」
デコピンが炸裂して、男が吹き飛んだ。
交通事故に遭ったかのように吹き飛ばされて、ゴミ置き場に突っ込む。
「あれ? 今、なにか大きな音が……あっ、大変です! さっきの人が……」
「気にしないでよろしいですわ」
「えっ、でも……」
「あの方、ゴミの匂いがたまらなく大好きみたいなので」
「そうなんですか? 変わった人ですね」
信じるんかい、とイリスは心の中でツッコミを入れた。
自分で言っておいてなんだが、芹那はとても純粋な人間だ。
以前も思ったことではあるが、いつか騙されてしまうだろうと心配になる。
まあ……
「帰りましょうか」
「はい♪」
自分が隣にいればいいか、と考えるイリスだった。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について』
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