169話 天使少女の現代旅行記・その20『愚かな男の末路』
「さて、そろそろだろうか」
藤堂は口に咥えていたタバコを地面に捨てて、ブーツのかかとで踏み潰した。
最近、芹那の近くに妙な少女が現れた。
見た目は可憐な少女ではあるが、中身は化け物。
人とは思えない強さを持ち、鉄壁のガードを敷いているとか。
真偽はさておき……
その少女に、藤堂の子飼いの者がやられたことは確か。
邪魔になっていることも確か。
舐められたままで終わるわけにはいかない。
強者であるという情報をバカにするのではなくて、信じて、百人近い部下を向かわせた。
殺さないように命じているから、死んではいないだろう。
ただ、それ以外の尊厳やらなにやら、色々と諦めてもらうことになるが。
「いくぞ」
最も信頼できる部下、四人を連れて、藤堂は現場になっていると思われる公園に向かう。
そこで、少女を捕らえた部下が待っていることだろう。
さて、どんな命令を下そうか?
まずは、芹那に関する情報収集だ。
協力的だったのなら、殴り、犯して、風呂に沈めるくらいで許そう。
そうでないのならば……
「まったく……人を一人消すというのは、けっこう面倒なんだけどな、くそ」
事が順調に運びますように。
そう願いつつ、藤堂は公園に足を踏み入れた。
「……は?」
待っていたのは、まったくの予想外の光景だった。
あちらこちらに部下が倒れていた。
ある者は地面にめりこみ。
ある者は、めちゃくちゃになった遊具に絡め取られるようにして拘束されていた。
うめき声がこぼれているところを見ると、死者はいないようだ。
しかし。
しかし……だ。
ここまでの惨劇、いったい、どうやって引き起こすというのか?
それこそ、漫画やゲームに出てくる正義の味方でないと成し遂げられないだろう。
「あら? ごきげんよう」
積み重ね上げられた男達の上に、少女の姿があった。
ちょうど、男の手を掴んでいて……
ボキッ、と骨が折れる鈍い音が響く。
それでも少女は顔色一つ変えない。
男の手を離すと、男達の上で優雅に礼をする。
「はじめまして。わたくしは、イリスと申しますわ。あなたが、この方達の飼い主とお見受けしましたが……?」
「そうなるな」
藤堂は一瞬で動揺を収めてみせた。
伊達に、一つの巨大な組織を束ねていない。
この少女が部下達を全滅させた?
たった一人で?
あまりにも予想外の力だ。
ただ、限界はある。
個人では決して敵うことができない、圧倒的な暴力というものが存在する。
いざという時は銃を使えばいい。
……と、現状を知らない藤堂は、まったくの見当外れで意味のないことを考えていた。
「こんばんは、お嬢さん。俺は、藤堂というものだ。その者達の飼い主であり、そうだな……まあ、とある会社の社長と思ってくれ」
「やっと釣れましたのね」
「うん?」
「いえ、なんでもありませんわ。それで、社長さんがどうしてこちらへ?」
「なに。キミのことを探していてな」
「あら、わたくしを?」
「最近、私の島を荒らす野良猫がいると聞いてな……たかが猫。放置してもよかったのだけど、すると、どんどん調子に乗ってきてな。ここらで一つ、おしおきをしようかと」
「その猫がわたくし、ということですか」
「話が早くて助かる。さて……ずいぶんと好き勝手暴れてくれたみたいだが、この落とし前、どうつけてもらおうか? 部下達の治療費だけで、一千万は超えそうではあるが、それだけのお金を持っているのか? それとも、芹那に頼るのかな?」
「はぁ……なぜ、わたくしが謝罪するという前提で話が進んでいるのでしょうか? わたくしは、降りかかる火の粉を払っただけ。非はあなた達にありましてよ?」
「……吠えるなよ、小娘が」
藤堂の雰囲気が変わる。
穏やかな仮面を脱ぎ捨てて、暴力と欲望に満ちた、獣のような目をイリスに向けた。
「多少は腕が立つみたいだがな。お前のような小娘、消すのは簡単なんだよ。社会的に抹殺してしまうのも簡単だ」
「……」
「いいか? 今後は、私の機嫌を損ねるな。その時点で、風呂か海に沈めてやるぞ。わかったのなら、おとなしく……」
「やれやれ」
藤堂の脅しに対して、イリスはため息で返した。
「勘違いもほどほどにしてくださいません?」
「勘違いだと?」
「この場の主導権を握っているのは、あなたではありません。わたくしですわ」
「殺せ」
藤堂は迷うことなく、側近に命じた。
側近は銃を手に取り、その引き金を……
「来たれ、嘆きの氷弾」
「ぎゃっ!?」
「ぐぁっ!?」
どこからともなく氷の弾丸が飛来して、側近達がまとめて吹き飛ばされた。
「ふふ。あまり実験はしていなかったのですが、どうやら、こちらの世界でも魔法は問題なく使えるようですわね」
「な……今、なにを……」
「とりあえず」
イリスは、人差し指をくいっと上げる。
その動きに反応して、大地が爆ぜた。
藤堂の隣に大穴が開く。
まるで爆撃をされたかのようだ。
「あまり調子に乗るようならば、殺してしまいますわよ?」
「なっ……あ、ぅ……」
イリスが微笑む。
その笑みは優しく、穏やかなものなのだけど……
その裏に込められている殺気は本物だ。
藤堂は足を震わせて、立っていることができず、その場にへたりこんだ。
なんだ、この小娘は?
なんだ、この途方もない殺気は?
裏社会で今の地位を築き上げるために、藤堂は、数多もの修羅場を潜り抜けてきた。
時に、人を殺した。
時に、殺されかけた。
そんな藤堂ではあるが、天使のような可憐な少女に怯えていた。
彼女の放つ殺気は桁が違う。
次元が違う。
圧倒的だ。
自分はライオンであり、狩る側だと思っていたが……
とんでもない勘違いだ。
イリスは、その上をいく存在……さながら恐竜といったところか。
圧倒的な差がある。
勝てるわけがない。
この少女のことが心底恐ろしい。
一瞬で心折れた藤堂は、立ち上がることができず、その場で震えるしかない。
そんな彼の前にイリスが立ち、にっこりと笑う。
「その様子だと、ようやく、わたくし達の立場の違いを理解いたしましたわね?」
「あ、あぁ……す、すまなかった。い、いや、すみませんでした……あ、謝ります。謝罪します。だから、どうか命は……」
「まあ……よろしいでしょう。少し手間がかかったものの、己の立場を理解したのならば、無理に殺すつもりはありませんわ。今のわたくしは、人間に対して、それなりに優しいつもりですので」
「ただし」と間を挟み、イリスは続ける。
「二つ、約束をしていただけませんか?」
「な、なんでしょう……?」
「これから色々なことをお聞きしますが、嘘偽りなく、全て真実と本音で答えること」
「わ、わかりました……約束します」
「それともう一つ」
イリスは笑みを消して、藤堂を鋭く睨みつけた。
「芹那さんの前から姿を消しなさい」
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く』
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