167話 天使少女の現代旅行記・その18『当ててみてくださいな』
「オラオラオラオラァッ!!!」
男は両拳を交互にイリスに叩きつけた。
何度も何度も何度も……
一撃一撃に殺意を乗せて、骨を砕くつもりで殴りつける。
周囲の部下達は顔を青くした。
彼らの主は、一度キレたら止められない。
相手を血の海に沈めるまで殴るのを止めない。
故に、こう呼ばれ恐れられていた。
バーサーカー。
少女の舐め腐った態度が男の逆鱗に触れたのだろう。
何十の拳を浴びてしまっている。
もはや重傷は避けられないだろう。
それどころか、死が確定してしまって……おや?
ふと、部下達は違和感を覚えた。
一度始まったら相手が倒れるまで止まらないラッシュ。
通称、地獄への誘い。
過去、何度か男がキレたことがあるのだけど……
例外なく、彼を相手にした者達は病院送り、あるいは、墓地に送られることになった。
それほどまでに凶悪な技。
なのだけど……
「お、おい……おかしくねえか?」
「なにがだよ?」
「だって、あれだけのラッシュを受けて、なんで、あのガキ、その場に立っていられるんだ?」
「……あ」
部下達が覚えた違和感。
それは、イリスがその場からまったく動いていないことだ。
数十を超える拳を受けて……今も受け続けているはずなのに、吹き飛ばされていない。
地面に足が固定されているかのように、一歩も後退していない。
ありえないことだ。
「ふふ」
「っ……!?」
拳を受けているイリスが、そんな中、小さく笑う。
その笑みに不気味なものを感じた男は、一度攻撃を止めて、後ろに下がる。
「……なんなんだ、てめえ」
「なんだ、と言われましても……見ての通り、乙女ですわ♪」
「ふざけんな……ただのガキが、俺の拳を受けて耐えられるわけねえだろ」
「耐えられますわ」
「はぁ?」
「だってあなた、弱いですもの」
「……」
あ、やばい。
部下達は揃って顔を青くした。
暗くてハッキリと顔は見えないものの、男の雰囲気が変わったのはわかる。
完全に『キレ』た。
こうなったら、男はなにをしでかすかわからない。
以前男がキレた時は、公衆の面前で女性を殴り殺してみせた。
周囲の目を気にすることなく、制止されても無視をして。
自らの暴力を発散させることだけしか考えられない。
そういうやばいヤツなのだ。
なにをするかわからない。
下手をしたら巻き込まれてしまう。
部下達は恐れ、自然と距離を取る。
そして男は懐に手を入れて……
「お前、マジで殺すわ」
拳銃を取り出した。
「あら? それはなんですの?」
「おもちゃと思っているのか? 残念、こいつは本物だ。で、今からこいつでてめえの頭を打ち抜いて、脳みそぶちまけてやるよ」
「あら、それは面白いですわね。ふふ。できるものならやってみてくださいませ」
「……コロス!!!」
男は迷うことなく引き金を引いた。
タンッ、と公園に乾いた音が響く。
しかし……
「今、なにかしまして?」
「な、なに……?」
イリスは健在だった。
何事もないように微笑んでいる。
「ふむ。見た感じ、弓矢と似たような武器なのですね。ただ、その機構はとても素晴らしいですわ。それだけコンパクトでありながら、矢以上の速度で金属の塊を射出することができる。おまけに、扱いもわりと簡単そう。素敵ですわね」
「て、てめえ……なにをした?」
「なに、と言われても……避けただけですが?」
「は?」
当たり前のように言われ、男は困惑した。
「あなたの攻撃を素直に受け止める理由がありませんので。まあ、さきほどは力量差をハッキリとさせるため、あえて受けておりましたが……やれやれ。まさか、あれでもまだわからないなんて」
「ふ……ふざけんなぁっ!」
男は激高して、さらに三発、連射した。
しかし、イリスはその全てを避けてみせる。
銃弾を避けるなんてありえない。
映画や漫画の世界ではないのだ。
いったい、この少女は……?
……もしかして自分は、絶対に敵に回してはならない相手を敵にしているのだろうか?
男は、本能的な危機感を覚えるものの、撤退するという選択肢は出てこない。
ここで少女一人を相手に逃げてみろ。
いい笑いものだ。
二度と成り上がることはできないだろう。
「くそっ……てめえなんざ、弾さえ当たれば……」
「では、当ててみてくださいな」
「なに?」
「わたくしは動かないので、当ててみてくださいな。よろしいですよ? さあ、どうぞ」
イリスは微笑み……
それから、指先をちょいちょいとやり、わかりやすく挑発してみせた。
「このっ……ガキがぁあああああっ!!!」
男は獣のように吠えつつ、再び引き金を引いた。
銃弾が射出されて。
しかし、イリスは宣言通りに動くことはなくて……
「……っ……」
銃弾がイリスの頭部を捉えた。
ガンッ! と殴りつけたような音がして、イリスが仰け反る。
……しかし、倒れることはない。
仰け反る体勢のまま、しばし、動きが止まる。
ややあって、イリスは体を元に戻して、やはり、微笑む。
「少し痛いですが……ですが、やはり大したことありませんわね?」
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く』
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