166話 天使少女の現代旅行記・その17『忘れ物』
「イリスさん、大人気でしたね」
「そうでしょうか? ふふ。ですが、とても楽しい時間でしたわ」
カラオケを楽しんで。
それから、みんなでファミレスで食事をして。
それから解散となり、イリスと芹那は二人で夜道を歩いていた。
遅くなってしまったけれど、都会の夜はまだまだ明るい。
店も開いていて、人通りもある。
……これなら大丈夫だろう。
イリスはそう判断して、足を止めた。
「イリスさん?」
「すみません、芹那さん。わたくし、忘れ物をしてしまったみたいで」
「え、大丈夫ですか? 私、一緒にいきますよ」
「いえいえ。わたくしのミスに突き合わせてしまうのは、申しわけないですわ。どうぞ、先に帰っていてください」
「でも……」
「すぐに追いつくので。そうですね……もしかしたら、最初から家に置き忘れていたかもしれないので、芹那さんは家を確認していただけると」
「えっと……はい、わかりました。でも、気をつけてくださいね? まだそんなに遅くないですけど、夜は夜ですから、危ない人もいるかもしれません」
「大丈夫ですわ。だって……」
イリスはにっこりと笑い、当然のように告げる。
「わたくし、最強なので♪」
――――――――――
当然ながら、イリスはこの世界について……日本という国について詳しくない。
地理なんてさっぱりだ。
ただ、芹那から『スマホ』なる道具をもらった。
まだ完璧に使いこなせていないけれど、地図の使い方は問題ない。
地図を確認しつつ、イリスは夜の街を歩く。
人気がないところ。
明かりがないところ。
……最終的に、一般常識のある女性ならば絶対に歩かないような、寂れた公園に辿り着いた。
イリスは足を止めて、暗闇に問いかける。
「この辺りでよろしいかしら? さあ、舞台は整えてさしあげましたわ。そろそろ姿を見せてはいかが?」
イリスの呼びかけに応じるように、物陰から男が姿を見せた。
一人、二人、三人……どんどん増えていく。
最終的に、公園を埋め尽くすほどの人数になる。
男達の姿、まとう雰囲気は、一目見てまっとうな人間ではないとわかるものだ。
一般人であれば顔を青くして震えて、どんな理不尽な要求でも飲んでしまうだろう。
ただ、イリスは平然とした様子で、髪の毛を指先でいじっていた。
「こちらにいるみなさんで全部かしら?」
「……なあ、嬢ちゃん。俺等のこと、気づいていて一人になったのか?」
男達をまとめる立場にいるであろう、黒のスーツとサングラスを身に着けた男が、一歩、前に出る。
「ええ、もちろんですわ♪」
「へぇ……大した度胸だな。高井を転がしただけのことはあるが……嬢ちゃん、ちと、俺達を舐めすぎだな?」
男はサングラス越しにイリスを睨みつけた。
殺気すら混じる鋭い視線だ。
やはり、一般人ならば怯んでいただろう。
震えて、怯えて、泣いて許しを請うのが当たり前。
ただ、イリスはあくびをしていた。
(なんだ、このガキは……?)
男は、小さな違和感を覚えた。
子飼いの探偵の話によると、やたら腕が立つらしい。
高井は、半分、裏社会に足を突っ込んでいる人間だ。
それなのに、まったく歯が立たなかったという。
刃物を素手で受け止めたという話も聞いているが……
それは、自分のミスを少しでも帳消しにするための適当な嘘だろう。
少女は腕が立つのだろう。
だとしても。
本物の裏社会の住人に敵うはずがない。
一方的に蹂躙されて終わりだ。
それが理解できないほどバカには見えないが……なにを考えているのだろうか?
男はバカではない。
相手が年端もいかない少女だとしても、油断することなく、部下にいつでも合図を出せるように身構えつつ、話を続ける。
「高井、っていうヤツを知っているか? 少し前、嬢ちゃん達の身辺を調べていた探偵なんだが」
「正しいかどうかはわかりませんが、わたくし達の後をつけまわすストーカーならば、撃退させていただきましたわ。ついでに、色々と貴重なお話を聞かせていただきました」
「……やっぱ、嬢ちゃんで間違いねえか。あのなあ……そこまで舐めた真似をして、タダで済むと思っているのか? なあ、後のことを考えたことはないのか?」
「もちろん、考えていますわ」
イリスはにっこりと笑う。
「こうやってあなた達を誘い出すことで、芹那さんに付きまとう羽虫を薙ぎ払うことができる。ほら、とても合理的だと思いませんか?」
「あー……」
男は夜空を見上げた。
今夜は寒い。
北風が強く、体感温度は一桁だろう。
それでも、男の頭を冷やすことはできない。
組織内で出世をして、荒くれ者達をまとめる役になった。
先を征く者として、懐が深く、頭脳派であるところを見せなければいけない。
が。
時に我慢できないこともある。
我慢してはいけないこともある。
「ちと痛い目に遭わせて、柚木の嬢ちゃんに対するカードとして利用しようと思っていたが……ここまで舐められたら、もう仕方ねえよな。てめえが悪いんだぜ?」
「あら。つまり、どういうことですの?」
「ぶっ殺す」
男は、鋭く言い放つと同時に地面を蹴り、イリスの懐に潜り込んだ。
そのまま、イリスの顔に拳を叩き込む。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新連載です。
『堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く』
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