160話 天使少女の現代旅行記・その11『長良亮斗』
「ところで」
朝食を食べ終えたイリスは小首を傾げた。
「芹奈さんはどちらへ?」
「お嬢様でしたら、お客様の対応をしておりまして……」
「お客様?」
言われてみると、芹奈でも吉乃でもない人間の気配がした。
気配だけなので断言はできないが……
非常に臭い。
ろくでもない人間の気配がした。
「ふむ」
イリスは「ごちそうさま」と口にして、リビングを後にした。
それから外に出て、トンと軽く跳躍して屋根に上る。
そこで耳を澄ませた。
彼女は人間と変わらぬ姿をしているが、最強種というまったく別の生き物だ。
その身体能力は桁違い。
聴力も比べ物にならず、屋敷の中の会話を盗み聞くことができた。
――――――――――
「やあ、久しぶりだね。元気そうでなによりだよ」
「長良の叔父様も、元気そうでなによりです」
「といっても、最近、医者に注意されてしまったけどね。もう少し、お酒とタバコを控えないとダメらしい」
「健康が一番ですよ」
「そうだね、気をつけよう」
「ところで、今日はあの話の続きをしに来たのだけど……」
「……後見人について、ですか?」
「ああ、そうだ。芹奈ちゃんは賢い子だけど、まだ若い。色々とわからないことは多いだろう?」
「それは、そうですけど……」
「お金だけではなくて、株などもある。それらが問題にならないように、僕なら適切に対応ができると思うんだ。もちろん、芹奈ちゃんが嫌に思うことはしない」
「……もう少し、考えさせてくれませんか?」
「ふむ。まだ時間が足りないのかな?」
「えっと……その、はい。私なりにしっかりと考えたいんです。父と母が遺してくれた大事なものなので」
「なるほど。確かに、その通りだ。うん。僕が答えを急かしていたみたいだね、すまない」
「いえ、そんな……」
「じゃあ、また来るよ」
――――――――――
「まったく……これだから子供は困る。これからどうするべきか? なにが最適なのか? そのようなこと、考えなくてもわかるだろう。そう、僕が全て正しい」
「あんな子供に数千億の遺産とか、まさに猫に小判だ。僕が活用してこそ、初めて正しい方向へ導くことができる」
「それだというのに……やれやれ、なぜ、あんな意固地になっているのか。ああいう愚図な娘を見ていると、イライラしてくるよ」
「とはいえ、藤堂のようにバカはできないから……もう少し、様子を見てみるしかないか。それでもダメなら……その時は仕方ない」
――――――――――
「これは、また……」
盗み聞きを終えたイリスは、屋根の上でため息をこぼす。
詳細はわからないけれど、大体の事情は把握することができた。
芹奈は両親から莫大な遺産を継いだ。
そして、その遺産を狙う者が、最低、二人はいるようだ。
昨夜の青年も、どちらかの指示によるものだろう。
大方、力で従わせようとしているのだろう。
ただ、今、屋敷を訪ねてきた人間の指示ではないような気がした。
長良と呼ばれていた男の方は、芹奈を言葉で従わせようとする。
いざとなれば暴力に手を染める雰囲気はしたが、まだ、一線は超えていないだろう。
「芹奈さん、思っていた以上に、厄介な状況になっていますわね」
見知らぬ異世界。
イリスが持っていた知識がまるで通用しない。
普通に考えるのなら、厄介事は避けるべきなのだけど……
「見捨てられませんわね」
イリスの主なら、我が身可愛さに芹奈を見捨てるなんてことは絶対にしない。
それだけではなくて……
イリスにとって、芹奈は恩人だ。
知識と食事と家を提供してくれた。
ここまでしてもらっておいて、はいさようなら、なんてことはできない。
人間にも良し悪しがあると知った今、放置は止めだ。
「さて、どういたしましょうか?」
◆ お知らせ ◆
新連載です。
『ネットゲームのオフ会をしたら小学生がやってきた。事案ですか……?』
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