158話 天使少女の現代旅行記・その9『見え隠れする影』
「ふむ」
男達に丁寧に教育を施した後、イリスは客間に戻った。
幸い、芹奈にも吉乃にも気づかれていないようだ。
ちなみに、男達は記憶操作を施した後、遥か遠くの山奥に捨ててきた。
治療なんてしていないため、まともに下山できるか怪しいだろう。
それ以前に、獣の餌になるかもしれない。
が、それはそれで構わないとイリスは考えていた。
男達は自分勝手な都合で女性達を襲い、何人もの被害者を生みだしていた。
中には命を奪われた者もいる。
そんな事実を知り、殺さない、という約束を守る気は完全に失せた。
ほどほどに痛めつけただけなので、致命傷ではない。
しかし、無事に帰ることができるかどうか、それは運任せ。
神様が彼らを見放さなければ生きて帰れるだろう。
そうでない場合は、どうでもいい。
「それにしても……あの害虫共が口にしていた、『あの人達』というのが気になりますわね」
男達には協力者がいる様子だった。
ただ、詳細は知らないらしく、どれだけ脅しても魔法を使っても、情報を得ることは叶わなかった。
ただ、芹奈を襲えと命令された、と言うだけ。
今回の事件。
男達の欲望が暴走しただけではなくて、裏で糸を操る者がいるかもしれない。
その者の狙いは、芹奈や吉乃にあるかもしれない。
「……異世界に来て早々、きなくさい事件に巻き込まれましたわね」
イリスは曇った夜空を見上げつつ、ため息をこぼすのだった。
――――――――――
「おはようございます」
リビングに移動すると、先に起きていた芹奈が笑顔で挨拶をした。
イリスも「おはようございます」と返しつつ、彼女の笑顔を見て、昨夜のことは気がついていないと判断する。
それから、ちらりと吉乃を見た。
「本日は和食にしようと思っていますが、イリス様は、なにか苦手なものはございますか?」
「いいえ、大丈夫ですわ」
「それはよかった。では、少しお待ちください」
吉乃は微笑み、キッチンに消えていく。
どうやら彼女も気がついていないらしい。
騒動を知られず、安堵するが……
しかし、危機意識が足りていないのでは? と、やや心配にもなる。
「ところで、つかぬことをうかがいますが」
「はい、なんでございましょう?」
「この家の防犯設備はどうなっていますの? 嫌なことを言いますが、これだけの家ならば、よからぬことを企む者が近づいてきてもおかしくないと思いますが」
「そう、ですね……一応、警備会社と契約をしていますが」
警備会社とはなんだ?
傭兵のようなものか?
イリスは勝手にそう解釈した。
「それ以外はなにも」
「なにも……ですの?」
「日本は平和な国ですから。滅多なことは、そうそう起きませんよ」
昨夜、その滅多なことが起きそうになったのだけど……
「ふむ」
やはりというか、この家の者は危機意識というものがまったく足りていない。
警戒心がゼロ。
昨夜のような愚か者がやってきたら、二人だけで対処することは難しいだろう。
それ以前、なにかしらの詐欺に引っかかるような気もした。
「もう少し、警備を厳重にした方がよろしいのでは?」
「それは……お嬢様次第ではありますが、私としては、あまり必要はないかと。物々しくしてしまうと、ご近所様に迷惑をかけてしまいますからね」
「その考え、お人好しですわね」
どこかの誰かを思い出す。
「やれやれ、ですわ」
イリスはため息をこぼしつつ、吉乃が作ってくれた卵焼きを一口、ぱくりと食べた。