156話 天使少女の現代旅行記・その7『友達』
柚木グループ。
グループ全体の利益は、年数千億。
系列会社は百を超えて世界中に散らばっている。
従業員数は、全ての会社をカウントすれば千人を軽く超えるだろう。
それだけの巨大企業は、たった一代で築き上げられた。
芹奈の両親の手によるものだ。
彼女の両親は商才に恵まれていた。
まずは小さな会社を作り、基盤となる財を得る。
そこで得た財を投資に回して何倍にも増加させた。
そこで満足することなく、ここからが本番。
投資で得た財を全て注ぎ込み、画期的な医薬品の開発に成功。
莫大な利益を生みだして……
しかし、やはりそこで止まることはない。
土地、建物、飲食、娯楽……ありとあらゆる分野に手を伸ばしていく。
時に失敗することはあったけれど、しかし、全体で見れば利益の方が圧倒的に多い。
そうして、柚木グループは世界に進出して、誰もが知るような巨大企業に成長したのだ。
「芹奈さんは、その柚木グループを起ち上げた方の一人娘……と?」
「はい。なので、そこそこお金を持っているんです」
たぶん、そこそこ、なんて言える金額ではないだろう。
元の世界で換算すると、金貨数十万枚くらいは持っているのではないか?
イリスはそんなことを考えた。
すぐ損得勘定をしてしまうのは、とあるメイドのせいかもしれない。
……などと責任をなすりつけていると、芹奈は寂しそうな顔をする。
「生活に困っていないので、そこは両親に感謝しているんですけど……ただ、なかなか友達ができなくて」
「まあ、そうでしょうね」
人間は金で簡単に態度を変える。
芹奈が受け継いだ財産目当てにすり寄ってくる者はたくさんいただろう。
「だから、イリスさんみたいな友達ができて、私、嬉しいです!」
「わたくし……ですの?」
思わぬ話にイリスは目を丸くした。
「え?」
「え?」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「あぅ……す、すみません。あつかましかったですね、勝手に友達認定して……」
しゅん、と芹奈は肩を落とす。
その姿は、どことなくイリスの仲間に似ていた。
大好きな魚を食べられないと知り、本気で涙した仲間とよく似てて……
「くすっ」
ついつい、イリスは笑ってしまう。
「わ、笑わなくても……」
「すみません。ただ、早とちりはいけませんわ」
「え?」
「わたくしは、芹奈さんが友達で問題ありませんわ。今まで人間の……いえ。なかなか友達を作る機会がなかったので、驚いていただけですの」
「じゃあ!」
ぱあっと、芹奈の顔が明るくなった。
「わたくしでよければ、喜んで」
「は、はい! よろしくお願いします!」
二人は笑顔で握手を交わした。
――――――――――
その後……
イリスと芹奈は遅くまでおしゃべりをした。
芹奈にとって、イリスは初めての友達と言ってもいい。
嬉しくて嬉しくて、あれこれと話をする。
イリスはイリスで、人間の初めての友達だ。
思っていた以上に心地いい時間に安らいで、おしゃべりを純粋に楽しんでいた。
吉乃に止められるまで二人はおしゃべりを続けて……
その日は、それでおしまい。
イリスは風呂をいただいて、芹奈の寝巻きを借りて、案内された客間のベッドに横になる。
「ふぅ」
なかなか眠気が訪れない。
高揚感が残っている。
それは全部、芹奈とおしゃべりをしたものだろう。
「まさか、わたくしが人間の友達を作るなんて……」
以前のイリスを考えれば絶対にありえないことだ。
「わたくしも丸くなったのでしょうか?」
それは喜ぶべきことなのか?
それとも、忌避すべきことなのか?
その答えは……
「ふむ?」
物思いから脱却して、イリスは体を起こした。
窓の前に移動してカーテンを開く。
月は雲に隠されていて、暗い夜だ。
明かりがなければ周囲を見通すことは叶わない。
そして、その闇の中に複数の人の気配がした。