154話 天使少女の現代旅行記・その5『豪邸と不穏な気配』
「ここが私の家です」
「……」
芹奈の家に案内されて、イリスは思わず言葉を失う。
今日、驚くのはこれで何度目だろうか?
豪邸だ。
とにかく豪邸だ。
とんでもない豪邸だ。
……なんて、語彙力が著しく低下するほどの衝撃を受けるほどの豪邸だった。
広大な敷地の中、まず見えるのは緑豊かな庭だ。
様々な花が植えられていて、それ自体が絵画のよう。
中央に噴水。
それを囲むように、いくつかの池が作られている。
見た感じ、池には鯉が泳いでいた。
奥に見えるのは、イリスが見たことのない建築形式の建物。
木材をメインに使い、屋根は石材に似た、細く長いブロックが並べられている。
家を囲むのは高い塀。
こちらも木材で作られている。
家、庭、塀。
全てに一体感があり、見ていると心が和むかのようだった。
「どうぞ」
「お邪魔いたしますわ」
芹奈の案内で家の中に。
「あら」
家の中はとても落ち着いた作りになっていた。
派手な飾りはなく、あくまでも雰囲気を保つことを優先しているようだ。
木の温もり。
それと、心地いい空気の流れを感じる。
「素敵なおうちですわね」
「えへへ、ありがとうございます」
芹奈は嬉しそうに笑う。
「あら、お嬢様。おかえりなさい」
奥から老婆が現れた。
髪が全て白髪なところを見ると、それなりの年齢であると推測できるが、しかし、彼女はピシリと背筋を伸ばしていて、とても所作が美しい。
「ただいま、吉乃さん」
「はい、おかえりなさいませ」
吉乃と呼ばれた老婆は人の良さそうな笑みを浮かべ、芹奈の帰りを迎えた。
「おや? お嬢様、そちらの方は……」
「えっと……こちら、イリスさん。私の……友達です」
「まあ! まあまあまあ」
『友達』の二言に、吉乃の目がキラキラと輝いた。
そして、ぐいっとイリスに近づく。
「な、なんですの……?」
「あらあら、まあまあ。お嬢様に、このようなお綺麗なお友達がいたなんて……もう、それならそうと仰っていただければ。突然のことに、この吉乃、とても驚いてしまいましたわ」
「ご、ごめんなさい……えっと、それで相談なんだけど。イリスさん、ちょっと行くところがないみたいで、うちに泊まってもらっても……」
「はい。もちろん、問題ございませんよ。お部屋もお布団も余っていますからね。ご飯は……ええ、問題ありません。今夜と明日の朝食だけなら、なんとかなりましょう」
「ありがとう、吉乃さん」
「あの……芹奈さん?」
イリスはちょっと申しわけなさそうにしつつ、二人の会話に割り込んだ。
「その方を紹介していただけません?」
「あ、ごめんなさい。えっと……こちら、九丁吉乃さん。うちで、住み込みで働いてくれているハウスキーパーさんです」
「はうすきーぱー?」
なんだ、それは?
イリスは、コテンと小首を傾げた。
「あ、えっと、なんていうか……家政婦さんとかメイドさんとか、そんな感じの」
「ああ、なるほど」
それならば理解できると、イリスは小さく頷いた。
「吉乃さんには昔からお世話になっていて、今では、住み込みでお手伝いをしてもらっていて、家族のようなものなんです」
「あら、素敵な関係ですわね。わたくしは、イリスですわ」
「これはご丁寧に。私は、九丁吉乃と申します」
吉乃の穏やかなオーラにあてられたのか、イリスも穏やか笑顔を浮かべていた。
「ところで……」
簡単な自己紹介を終えた後、イリスは周囲を見る。
「他の方にも挨拶をしておきたいのですが、どちらに?」
「えっと……すみません。お手伝いさんは、吉乃さんだけなんです」
「これだけ大きな家なのに?」
「はい」
「……では、芹奈さんのご両親は?」
「その……少し前に他界してしまい……」
「……申しわけありませんでしたわ」
「いえ、気にしないでください」
これだけの豪邸にハウスキーパーと二人暮らし。
両親もいない。
なにかあるかもしれないと、イリスは小首を傾げるが……
(まあ、問題ありませんわね)
なにか起きたのなら、その時は力でねじ伏せればいい。
伊達に最強種なんて呼ばれていない。
レインのような人間がいたら、かなりまずいことになるが……
あのような人間がそこら辺にぽんぽんいてたまるものか。
イリスは無理に警戒することはやめた。
「……なんて、無理ですわね」
警戒するのは止めようとしたが、しかし、それはできない。
なぜか?
屋敷に入った途端に、刺すような鋭い視線と、粘ついてくるような醜い悪意を感じた。
休むために芹奈の家にやってきたが、しかし、それは敵わないかもしれない。
イリスは密かにため息をこぼしつつ、芹奈の後を追いかけた。




