153話 天使少女の現代旅行記・その4『異世界の友達』
「よかったら、事情を話してくれませんか?」
イリスは迷う。
まったく知らない異世界に転移してしまい、頼れるものはなにもない。
通貨すら持っていない。
下手をしたら、騎士と似た警察とやらのお世話になるかもしれない。
そんな状況なので、芹奈の申し出はとてもありがたい。
力になってもらえるというのなら、喜んで飛びつきたいところだ。
とはいえ。
(レイン様以外の人間を信用していいものか……それと、わたくしの話を信じてもらえるかどうか)
情報を整理したところ、この地球という世界には魔法という概念がない。
創作物の中で扱われていることは多いけれど、実際に存在するものと考えるものはいない。
そんな中、異世界から転移してきました、なんて言って誰が信じるだろうか?
イリスの知る猫耳少女なら、やはり爆笑するだろう。
とはいえ、この縁を放り捨てるのはあまりにも惜しい。
芹奈がイリスに恩義を感じていることは確か。
できる限り利用させてもらおう。
「実はわたくし、ちょっとした迷子なのですわ。簡単に言うと……」
ちょっとしたトラブルがあり、遠いところからやってきた。
しかし通貨を持っておらず、身元を証明するものはなにもない。
付け足すのならばこの国にとても疎い。
異世界などの単語は控えつつ、イリスは己が置かれている状況を簡潔に説明した。
「……と、いうわけで、わたくしは今、とても困っておりますの」
「なるほど、そんなことに……」
異世界云々を置いたとしても、わりと怪しい話ではあるのだけど……
それでも芹奈は信じたらしく、神妙な顔で相槌を打っていた。
この子、詐欺などに引っかからないかしら?
知り合ったばかりの人間とはいえ、ついつい心配になってしまうイリスだった。
「あの……よかったら、うちに来ませんか?」
「え?」
「私の家、ちょっと特殊というか……一人、増えるくらいなら問題ありませんから」
「……本気ですの?」
「え? はい、もちろんです。こんな冗談は言いませんよ」
正気か?
イリスは芹奈の頭を疑う。
いくら助けてもらった恩義があるとはいえ、出会ったばかりの相手を家に泊めるだろうか?
警戒心という単語を知っているだろうか?
おマヌケさんなのだろうか?
イリスはわりと酷いことを考えていた。
「どうですか?」
「どうもこうも……」
イリスは迷う。
とても都合の良い話だ。
あまりに都合がよすぎて罠を疑うレベル。
ただ、この世界にやってきたばかりのイリスを罠にハメるなんてこと、する意味がない。
強いて挙げるのなら、さきほどの男達のように、イリスに『女』としての価値を見出して犯罪に手を染めること。
ただ、芹奈がそんなことをする意味はやはりない。
「……なぜ、そこまでするんですの? わたくしが恩人だから?」
「それもありますけど、困っている人がいるのなら、放っておけませんから」
「極論ですが、世界を見れば困っている人なんて山程いると思いますが、あなたは、その全てに手を差し伸べるつもりで?」
「無理ですけど……でも、目の前で困っている人くらいは、なんとかしたいな、って思います」
芹奈が笑う。
その笑顔は、イリスが知るとある男性にそっくりで……
「……」
イリスは、思わず言葉を失ってしまうのだった。
芹奈の言葉は100パーセント善意によるもので……
それでいて、きちんと自分の限界を自覚している。
偽善と言われるかもしれない。
そうだとしても、誰かを助けようと、芹奈はがんばり続けるのだろう。
そんな人間なのだろう。
イリスは苦笑した。
「わかりました。では、お言葉に甘えることにいたしますわ」
どちらにしても、この世界でなにも伝手のないイリスが力を使わずに生きていくことは不可能だ。
ならば、芹奈に甘えてしまう方がいい。
「では、改めてよろしくお願いいたしますわ」
「はい、よろしくお願いします!」
「やたら嬉しそうですわね?」
「えっと……私、友達がいないので……おとまりなんて初めてで、わくわくしています」
さらっと寂しい事実を告げられて。
それと、友達とデフォルトで認識されていて。
イリスはなんだか複雑な気持ちになって……
「あれ? どうしたんですか、イリスさん。突然、そっぽを向いて」
「……なんでもありませんわ」
赤くなった顔を隠すように、イリスは明後日の方を向いて、ジュースをストローですすのだった。




