144話 運動会・その8
騎馬戦という大パニックを乗り越えて、次の競技へ。
次はパン食い競走だ。
本人の強い強い強い……
ものすごく情熱的で強烈な熱望により、カナデが出ることになった。
対戦相手の中で特筆する選手は……ミルアさんだ。
カナデと同じように瞳をキラキラと輝かせて、ちょっとよだれを垂らしている。
尻尾は、嬉しそうにビタンビターン! と地面を叩いていた。
「……母さん……もうやだ、恥ずかしい……」
母の勇姿を見て、タニアは赤くなった顔を隠すように両手をやって伏せていた。
えっと……どんまい!
『さあ、残る種目は、このパン食い競走を含めて三つ! そして現在、赤組と白組の得点差は55。赤組、やや劣勢です。巻き返しを狙うために、このパン食い競走は制しておきたいところですが、はたしてどうなるか!? みなさんの注目が集まっていると思います!』
選手と観客は、パン食い競走にも妙な仕掛けがされていないか? というところに注目していると思う。
『では、みなさまの健闘を祈り……よーい、スタート!』
ナタリーさんの合図で、選手が一斉に走り出した。
カナデなどの一部を除いて、全員、表情が硬い。
みんな、『何事もありませんように』と祈っているのだろう。
ただ、コースは平凡だ。
パンが吊り下げられたチェックポイント以外、なにも設置されていない。
落とし穴がないとは限らないが……
障害物競走ではないので、さすがにそれはないだろう。
「一番乗りだよ♪」
さすがというべきか、最初にチェックポイントに到着したのはミルアさんだ。
カナデもニ位と健闘しているが、どうしても叶わない。
「いただきまーす!」
ミルアさんはぴょんと人間離れした跳躍力を見せて、高いところに吊られたパンを一回で咥えた。
そのまま笑顔でもぐもぐと食べて……
「……!?!?!?」
顔を真っ赤にする。
「ひぃああああああああああ!? あっ、あっ、あひ、ひうぅううう……んゃあああああ!?!?!?」
な、なんだ!?
ミルアさんがいきなり悲鳴をあげて、地面を転げ回っている。
涙目で悶えているけど、いったいどういうことだ?
ただ、パンを食べただけ。
ミルアさんがどうにかなるとは思えない。
毒が仕込まれていたとしても、ミルアさんに効くとは思えないし……
『おおっと、ミルア選手、とんでもない不幸だ! 運がない、とても運がない! この反応はおそらく、超激辛パンを食べてしまったようだ! ちなみに、世界中のありとあらゆる辛味を集めて作ったパンです。辛さ基準は、普通の唐辛子の10億倍!!!』
「そんなもの人の母親に食べさせてるんじゃないわよ!?」
たまらずにタニアからツッコミが飛んだ。
「お、恐ろしいパンを考案しますね……」
「……我は、姉の料理の方が恐ろしいぞ」
「なにか言いましたか?」
「イエ、ナニモ」
それにしても……
いくら最強種でも、辛さとか酸味とか、そういう味覚には耐性がない。
そこを突いた、実に恐ろしいトラップだ。
『さあ、他にもトラップパンはたくさんあります! どのような味があるのか!? 再び辛いのか? それとも酸っぱいのか? 甘いのか? それは、食べてみるまでわかりませんっ!』
「「「……ごくり……」」」
カナデを含めて、残りの参加者達が足を止めて恐れおののいた。
その視線は、地面を転がり、ぴくぴくと痙攣するだけになったミルアさんに向けられている。
もはや虫の息だ。
あんな風になりたくない。
誰もが絶望めいた表情を浮かべている。
「うぅ……私、とんでもないものに参加しちゃったよ……ど、どうしよう?」
「カナデ、がんばれ! たぶん、同じようなパンは用意されていないから、他は、激辛ってことはないと思う! それに、全部ハズレだとつまらないから、当たりも用意されているはずだ!」
「そ、そうだよね……うんっ、私、がんばるよ!」
「男は度胸だ!」
「あぁ!? 先を越された!?」
カナデが迷っている間に、追いついてきた冒険者らしき男がパンにかじりついた。
そして……
「ぐあぁあああああ!? す、す、すっぱっ……な、なんこれ、すっぱすぎて、あっ、あああああぁ!!!?」
冒険者らしき男は絶叫して、痙攣して、悶えて……
そして、そのまま白目を剥いて気絶した。
「「「……」」」
残りの走者の足がピタリと止まる。
ハズレは一つじゃない。
まだ、他にも隠されているかもしれない。
「うぅ……ふにゃぁ」
カナデはすっかり怯えてしまっていた。
耳がぺたんとなって、尻尾がへんにゃりと垂れている。
足を止めてしまっているが、そこは問題ない。
他の選手も怯えてしまい、パンに飛びつくことができないでいる。
「カナデー! ビビるんじゃないわよ、気合よ、気合!」
「ファイトなのだ! 姉の料理を思い出せばいけるのだ!」
「だから、なぜそこでソラの料理が出てくるのですか?」
「がん、ばれ」
「気合と根性や! 女は度胸やでー!」
「うぅ……よ、よし! がんばるよ!」
みんなの応援で気合が入ったカナデ。
瞳に闘志を燃やして、勢いよく跳躍……そのままパンにかじりついた。
「はむっ」
何度か咀嚼して……
「ひぐぅ!?」
白目を剥いて倒れた。
「「「……」」」
最強種を二人、昏倒させるほどのパン。
他の参加者はすっかり怯えてしまい、棄権者が続出。
結局、このレースは無効となってしまうのだった。
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余談ではあるが……
カナデが食べたパンは、とある人の料理が入っていたらしい。
その人の名前は、その人の名誉のために伏せておくことにしよう。