136話 ハンバーガー
「今日は涼しいですわね」
イリスは軽やかな足取りで街中を歩いていた。
ここ最近、暑い日が続いていた。
殺人的な猛暑で、外に出て1分で汗が出てきてしまう。
故に、宿に引きこもりになっていた。
食事は宿で食べるか、あるいは、最近流行りの食事配達サービス『ビーストイーツ』を頼んでいた。
そんな感じで、だらだらと過ごしていたのだけど……
風呂上がり。
気まぐれで体重計に乗ってみたら、とんでもない事実が判明した。
これはいけないと、散歩に出たのだけど……
思いの外涼しい。
鼻歌でも歌いたくなるほど快適で、足がどんどん進んでいく。
猛暑の時のような不快なものではなくて、気持ちのいい汗をかくことができた。
宿に帰り水を浴びれば、とてもスッキリするだろう。
「その前に、食事にいたしましょう」
たくさん歩いたため空腹だ。
イリスは人通りの多い道を歩いて、飲食店を探す。
「さて、今日はなににいたしましょうか?」
肉、魚、野菜……どれにしよう?
やはり、ガッツリと肉でいくべきか。
それとも、上品な魚?
あるいは健康志向で野菜でもいいかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、とある店の看板で目が止まる。
「ハンバーガー?」
見覚えのあるハンバーグが、なぜかパンに挟まれていた。
サンドイッチのようなものだろうか?
それにしても、聞いたことのない料理だ。
それは周囲の人も同じらしく、目を止めるものの足を止めることはなくて、立ち去ってしまう。
店内は客がゼロのようで、とても閑散とした様子だ。
しかし、イリスは店の中に足を踏み入れた。
天族としての勘が告げている。
この店は、とても良い店だ……と。
……そんなことのために天族の名前を出されてしまう。
彼女の家族がそのことを知れば、とても複雑な想いをしたただろう。
「い、いらっしゃいませ!」
店主らしき人物がイリスを席に案内した。
やや緊張している様子だ。
「こ、こちら、メニューになります」
「一つ、よろしいですか?」
「は、はい! どうぞ」
「ハンバーガーというのは、なんなんですの?」
「えっと、その……は、ハンバーグを特製のパンでサンドしたものです!」
「……」
「……」
「説明、それだけですの?」
「は、はい……」
どうやら接客が苦手な店主のようだ。
これでは流行らないのも当たり前。
この分だと、料理も期待できそうにない。
とはいえ、たぶん、初めての客であるイリスが呆れて店を出ていったら、店主は心に再起不能のダメージを負うだろう。
もしかしたら、将来、料理人として大成するかもしれない。
そう考えると、少しは優しくなるイリスだった。
「わたくし、ハンバーガーなんてものは知りませんわ」
「そ、そうですか……」
「なので、オススメを教えてくださる?」
「え? ……あっ、は、はい!」
イリスが出ていくと思っていた店主は、思わぬ言葉に動揺しつつ、嬉しそうに解説をした。
「え、えっと……当店のオススメとしましては、こちらの『特製チーズバーガー』になります」
「では、そちらをいただけますか?」
「か、かしこまりました! セットのドリンクは、いかがいたしましょう?」
「そうですわね……アイスティーで」
「は、はい。しょ、少々お待ちください!」
緊張した様子で、店主は店の奥にある厨房に戻った。
早まっただろうか?
イリスはさほど期待せず、先に運ばれてきたアイスティーを軽く飲みつつ、ハンバーガーとやらが出来上がるのを待った。
そして、10分。
「お、おまたせいたしました! 『特製チーズバーガー』……です!」
「これは……」
丸いパンの間に、ボリューミーなハンバーグが挟まれていた。
それだけではなくて、レタス、トマト、たまねぎなどの野菜もある。
それと、パンズからはみ出ているほど巨大なベーコン。
贅沢にニ枚。
ベーコンとハンバーグの脂が混ざり、したたる。
そして、それらを覆う圧倒的なチーズ。
数種類のチーズが使われているのだろう。
色の異なる層ができていて、それらはハンバーグとその他の具材を覆い尽くしていた。
脇に添えられているのは、揚げたポテトだ。
細切りにされて塩がまぶされている。
妙に香ばしい。
良い油を使っているのだろうか?
「ど、どのように食べればよろしいの……?」
「えっと……て、手で掴んで、がぶりとかじりついていただければ……」
「手で!?」
なんて下品な。
でも、不思議とそれが一番のように感じられる。
なんだろう、この背徳的な感じは?
イリスはドキドキしつつ、チーズバーガーを両手で持つ。
改めて見ると、とても大きい。
自分の顔くらいあるのではないか?
そんなものにかぶりつく?
口も顔も汚れてしまうではないか。
ああ、でも。
なぜかわからないが、そうしなければいけないという、妙な使命感がある。
そうするべきなのだ。
「あむっ」
イリスは小さな口をいっぱいにあけて、チーズバーガーにかぶりついた。
「……っ!?」
まず最初に感じたのは、ガツンとした肉の味だ。
これだけの具材に囲まれているというのに、まったく負けていない。
一番だ。
ハンバーグがこれでもかというほど肉を主張していて、その脂と旨味が口の中で踊る。
スパイスも効いていて、それでいてジューシー。
幸せの味だ。
そして、次に濃厚なチーズが飛び込んできた。
ハンバーグに乗せて焼いたのだろう。
とろとろに溶けたチーズは、肉にしっかりと絡みついていた。
とろとろでふわふわ。
そして、濃厚でありつつも、メインを邪魔しない控えめな味。
チーズの食感がプラスされるだけではなくて、肉のジューシーさを見事に引き立てていた。
とろりと絡まるチーズと一緒にハンバーグを食べると、もうたまらない。
旨味と旨味の二乗で、どこまでも口の中が幸せになっていく。
驚くべきことに、チーズと野菜の相性も抜群だった。
いくつもの種類のチーズを使っているため、普通なら、ややくどく感じただろう。
しかし、そこに野菜があることで、くどさが緩和されている。
なるほど、このための野菜なのか。
イリスは納得しつつ、二口目。
「やはり、これは……!」
単品で美味しいハンバーグをわざわざパンで挟む。
そのような行為になんの意味があるのだろうか?
最初は、そう疑問を抱いていたイリスだけど……
今では納得していた。
やや甘めに作られたパンは、ハンバーグの旨味をしっかりと受け止めていた。
いや、受け止めるだけではない。
旨味を何倍にも引き立てている。
主役をもり立てる名脇役だ。
それだけではない。
ハンバーグの脂、チーズの旨味など、あふれたものをしっかりと受け止めて吸収している。
そのため、噛めば噛むほど笑顔になってしまうのだ。
パンの旨味もまた、倍増している。
ハンバーグを挟んだからこそできる芸当だ。
「ああもう、これは……これは……!」
「も、申しわけありません!? お、お口に合わなかったでしょうか……?」
「あなたは、なんていうものを食べさせてくれたのですか……!!!」
イリスは泣いていた。
本気で涙を流していた。
それくらい、ハンバーガーなるものに感動していた。
この店は当たりだ。
定期的に通い、全メニューを制覇しよう。
体重?
そんなものはどうでもいい。
今はなによりも、この幸せを網羅することこそが自分に課せられた使命なのだから……
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後日。
とある少女がとても美味しそうに食べるところを見て、ハンバーガーショップは過去最高の売上を記録するのだけど、それはまた別の話。




