135話 母達の昼休み
「んー」
とあるカフェ。
スズは熱いほうじ茶をちびちびと飲む。
ほうじ茶は好きなのだけど、熱い。
見た目の通り猫舌なので、一気に飲むことは難しい。
合間に、一緒に頼んだわらび餅を食べる。
ぷるぷるの食感と、深みのある黒糖蜜の甘さがとても幸せだ。
「はぁ……こうして、のんびり過ごすのは楽しいですね」
スズは尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
そんなスズを見る視線が二つ。
「スズちゃん、スズちゃん。それ、おいしい? 私も頼もうかなー?」
「わらび餅は、ちと大人向けじゃからのう。ミルアにはまだ早いかもしれぬぞ?」
「むー。アルちゃん、意地悪言わないでよー。私は、もうとっくに大人なんだから!」
ミルアとアルだった。
偶然、街で一緒になり、こうして午後のティータイムを過ごしているというわけだ。
「ところで、最近はどうですか?」
「うん、タニアちゃんはとても元気だよ! 仲間に指示して、こっそり見張らせているんだけど、特に問題はないみたい」
「ミルアよ……お主、ストーカーみたいじゃぞ?」
「え?」
まったく自覚がないらしく、ミルアがきょとんと小首を傾げた。
「まあ、親というものは、いつになっても子を気にかけてしまうものですからね。ミルアさんの行動も仕方ないかと」
「スズ、お主が甘やかすから、ミルアが調子に乗るのじゃぞ?」
「調子になんて乗ってないもん。ぶー」
「やれやれ、なのじゃ」
アルは紅茶を飲む。
キンキンに冷えたアイスティーだ。
一方のミルアは、オレンジジュース。
搾りたて、果汁100パーセント。
飲み物を見ても、それぞれの性格が現れているようだった。
「まあ、子供の話をしてもいいんですけど……今日は、お互いの近況報告などをしたいですね」
「ふむ、近況報告とな?」
「ミルアさん。なにやら、最近、不穏な噂を聞いたのですが……」
「不穏な噂?」
「竜族の里で、とある女性を無理矢理手籠めにしようとしている、という」
「んー? ……あぁ!」
ややあって、事情を理解したという様子で、ミルアはぽんと手の平を叩いた。
「そういえば、最近、私、襲われたんだよねー」
「わりと物騒なことを気軽に言うのう……で、どうなったんじゃ?」
「もちろん、撃退したよ♪」
ミルアはにっこりと笑いつつ、言う。
「私はパパのものだからね♪ あと、タニアちゃんのもの。他の人にあげたりしないよ」
「相変わらず、ラブラブですね」
「ちなみに、お主を襲おうとした哀れな竜族はどうなったのじゃ?」
「うーん……お星さまにしたから、よくわかんない」
お星さまというのは、物理的に空の彼方まですっ飛ばした、ということだろう。
いかに竜族とはいえ、無事ではいられないだろう。
無事だったとしても、夜這いをしようとして逆に返り討ちに遭うなど、いい笑いものだ。
その者は、二度と里に戻ることはできない。
「これは、どちらに同情するべきかのう……」
「襲う方が悪いに決まっていますよ」
「そうなんじゃけどな。ほれ。世の中、過剰防衛という言葉があるじゃろ?」
「それでも、襲う方が悪いですよ」
「ま、それもそうか」
あっさりと納得してしまうアルもまた、ちょっと倫理観などが変わっていた。
「アルの話も聞きましたよ」
「うっ……な、なんの話じゃ?」
色々とやらかしている自覚があるらしく、アルは気まずそうだ。
「わがままを言って、駄々をこねて、そのくせ正論と理屈で徹底的に追い詰めて、長を泣かせたそうですね」
「うぐっ」
精霊族の里の防衛に関する話をした時。
長は、とある人間達が気軽に転移門を使用することに異を唱えていた。
それに対してアルは、その必要性と正当性を訴えて……
ついでに子供のような感情論も加えて、徹底的に長を叩いた。
あまりに大人げない行為である。
結果、長はしくしくと泣きつつ、転移門の使用を許可したとか。
「な、なぜそのことを知っておる……?」
「風の噂でちらりと」
「スズの情報網は、本気で侮れんのう……恐ろしくて、なにもできなくなりそうじゃ」
「でもでも、スズちゃんも、この前、パパさんとケンカしたんだよね?」
「……知っていたんですか?」
「ちらっと聞いたんだー。なんでも、ケンカで里が半壊したとか」
事実である。
最初は軽い口論だったのだけど、徐々にエスカレートして、やがてガチバトルに発展した。
フウリは大人しい猫霊族ではあるが、スズと結ばれるだけあって、実は、なかなかの武闘派だったりする。
二人は、里を巻き込んだ大ゲンカをして、大乱闘を巻き起こして……
結果、里が半壊した。
猛省した二人は謝罪に回り、連日、壊れた家の修理に追われたという。
「……」
「……」
「……」
三人は沈黙して、
「もっと楽しい話をしましょうか」
「うん、そうだね!」
「楽しい話といえば……」
のんびり午後のティータイムを楽しむのだった。