123話 おまけのチャーハン回
「さて……そろそろ人間を滅ぼしましょうか」
復讐に燃える少女。
その名前は、イリス。
彼女は、過去に人間から受けた酷い仕打ちを忘れていない。
同胞の無念を覚えている。
故に、その手を血で汚す覚悟を決めていた。
さあ、復讐の始まりだ。
自分達がそうされたように、人間達も血と涙の渦に沈めてやろう。
「……とはいえ、お腹が空きましたわね」
街を歩くイリスは、すらりとしたお腹に手を当てた。
「まずは、この空腹を満たしましょう。行動に移すのは、それからでいいですわ」
さて、今日はなにを食べようか?
イリスは、キョロキョロと周囲を見る。
いくつもの食事処が並んでいた。
とはいえ、所詮、人間が作るもの。
大したことはないだろう。
期待なんてするだけ無駄。
「まあ、適当でいいですわね」
イリスは、目についた適当な店に入る。
すると、むわっとした熱気が飛んできた。
「これは……」
暑い。
店内が熱気で包まれていた。
冷却用の魔法が使われているようだけど、それでも追いつかないほどだ。
その原因は、奥の厨房にあった。
やたら火力の高いコンロがいくつも設置されていて、巨大な半球の鍋を豪快に燃やしていた。
あれが店内の熱の原因だろう。
なんで、あんなものを使うのだ?
不思議に思いつつ、イリスはカウンター席に座る。
「らっしゃっせー!」
アルバイトの青年は、イリスにおしぼりと水を差し出した。
イリスは天族という最強種ではあるが……
普段は翼を隠しているため、見た目は人間と変わらない。
そして、儚さと美しさを兼ね備えた、とびきりの美少女。
アルバイトの青年は、普段よりもいくらか声を高く、元気よく接客をする。
「ご注文、決まりましたら、お呼びくだしゃっせー」
「ここは……どういう料理を扱うお店なのですか?」
「え? 中華ですけど……」
「チューカー?」
初めて聞く料理だ。
イリスは小首を傾げた。
「その、チューカーというのは、どういう料理なのですか?」
「えっと……中華は中華っすけど。ラーメンとか、麻婆豆腐とか。色々っす」
「ふむ」
ラーメンがあるらしい。
イリスは、ちょっとよだれを垂らしそうになった。
しかし、耐えた。
わたくしは誇り高き天族。
食べ物でよだれを垂らすなど、あってはならない!
「ちなみに、おすすめはなんですの?」
「そうっすね……まー、王道にチャーハンっすかね。一番、売上出てるんで」
「ふむ……では、そのチャーハンをいただきますわ」
「チャーハンっすね。承りましたー」
アルバイトの青年が奥に消えて、オーダーを伝える。
その背中を見つつ、イリスは水を一口飲んだ。
「チャーーーハン……妙な名前の食べ物ですが、まあ、売上が一番というのなら、食べられないものが出てくることはないでしょう」
それでも期待はできない。
どうせ、人間が作ったもの。
空腹をごまかすことはできても、心を満たすことはできないだろう。
そうして斜に構えつつ、料理を待つこと5分。
「おまたせしやしたー、チャーハンっす!」
アルバイトの青年がチャーハンを運んできた。
平たい皿に、半球状に盛り付けられたご飯……のようなもの。
ご飯であることに間違いないが、ほかほかと湯気を立てているところを見ると、炒めたのだろう。
具は、卵とネギとチャーシューだけ。
とてもシンプルだ。
それと、セットのスープ。
やや量は多いものの、具はネギを軽く散らしただけ。
「はん」
イリスは鼻で笑った。
見ろ、これが人間が作る食べ物だ。
この程度のものしか提供できないのだ。
なんて浅ましく、愚かなのだろう。
これで、期待しろという方が難しい。
どうせ味も大したことはないだろう。
イリスは嘲笑を浮かべつつ、レンゲでチャーハンを口に運ぶ。
さっさと完食して、それから、まずはこの店から吹き飛ばして……
「っ!?」
一口食べた瞬間、イリスは雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
「こ、これは……とても美味しいですわ!?」
普通、米を炒めれば中の水分が出て、べちゃっとしてしまう。
しかし、このチャーハンは違う。
パラパラで、米同士がくっつくことがない。
嫌な感じが一切しない。
「いったい、どうして……っ!? そういうことですのね。だからこその、あの高火力……常識を超える強火で一気に煽ることで、余計な水分を飛ばしているのですね。なかなか考えられていますわね……はぐはぐっ」
考察をしつつ、イリスは次を食べる。
次を食べて、さらに次。
そしてまた次を食べて……
なんていうことだ。
食べる手が止まらない。
なぜだ?
ご飯を少量の具と炒めただけ。
たったそれだけの料理が、なぜこんなにも美味しい?
「はっ!? こ、これは……この、一見浅く見えるものの、実は奥深い味は脂なのですね!?」
そう、イリスの見解は正しい。
この店では、チャーハンを作る際に、チャーシューを煮込んだ時にできるラードを使用していた。
もちろん、チャーシューは自慢の一品。
そこから生まれるラードには、自慢のチャーシューの旨味がたっぷりと染み込んでいた。
そのラードを使い、米を炒める。
そうすることで、一粒一粒が脂でコーティングされて、旨味も染み込んでいく。
旨味がプラスされるだけではない。
香りもついて、さらに、調理場に漂う匂いも打ち消していた。
「こ、このような調理法を考えつくなんて……なるほど。だからこその、この少数の具材なのですね?」
あれこれと具材を追加したら、いかに上質な脂でもカバーすることはできない。
具材から出る味と味が殺し合ってしまい、せっかくの脂が台無しだ。
だからこそのシンプルな具。
……ちなみに。
この店では、チャーハンを作る料理人は限られていた。
店主の厳しい試験を潜り抜けた者しか作ることを許されていない。
それだけ重要視しているのだ。
なぜか?
それは、店主がチャーハンこそが中華の王道であり、至高と考えていて……
そして、チャーハンに人生を救われたからだ。
店主は、元冒険者だ。
それなりに名を響かせるほどの実力者ではあったが、しかし、ある日、悪質なトラップにかかり、深い傷を負ってしまう。
幸いにも一命はとりとめたが、冒険者を続けることは不可能だった。
冒険こそが生きる道。
そんな店主にとって、冒険者を引退することは死ぬことと同意義だった。
その後は、抜け殻のような、なにもない生活を送っていたものの……
ある日、母親が訪ねてきて、チャーハンを作ってくれたのだ。
無理をしていないかい?
ちゃんと食べているかい?
今日は、私が美味しいものを作ってあげるから、いっぱい食べなさい。
そうして、作ってもらったチャーハンは涙が出るほど美味しかった。
その日から、店主はチャーハンに強い思い入れを持つようになった。
母に作ってもらったような美味しいチャーハンを作りたい。
そして、それをたくさんの人に食べて欲しい。
自分が救われたように、料理で人を救いたい。
そんな想いがきっかけとなり、店主は料理の修行を始めて、チャーハンを極めて、店を構えて……今に至る。
母の愛情こそが今の店主を作り上げて。
そして、至高のチャーハンを生み出したのだ。
そんなチャーハンは、イリスの心に染み渡る。
胃を満たすだけではなくて、心を優しく包んでくれる。
「あぁ、これは……とても素晴らしい味ですわ。美味しいだけではなくて、とても温かい……そう、まるで母様の料理のような……ぐすっ」
涙を流しつつ、チャーハンを勢いよく食べる少女。
不思議な光景だが、店主はいつもの無愛想面でイリスに近づいた。
そして、おかわりの半チャーハンを差し出す。
「食べな、サービスだ」
「……ありがとうございます」
イリスはチャーハンを食べた。
米を噛みしめる度に、心が満たされて、温かくなっていって……
なんかもう。
最終的に、復讐とかどうでもよくなっていた。
「ごちそうさまでした」
その笑顔は、とても満たされていたという。