119話 閑話・ルナ先生の料理教室
「我の名前は、シャイニールナ……おっと、いけない。あれは秘密なのだ」
ルナはこほんと咳払いをして、言葉を続ける。
「では、改めて……我はルナなのだ! 精霊族で一番の美少女にして、至高の頭脳の持ち主。おっと、微少女とか思った者、名乗りでよ。ぶっとばしてやるのだ」
にっこりと笑う。
反論を許さない笑みだ。
「最近、我が姉が奇妙奇怪奇々怪々な料理教室を開いているらしい。そんなものに惑わされないように、我がしっかりとした料理を伝授しよう、と思ったわけなのだ」
ルナはキッチンに立ち、材料を並べていく。
「今日は、つけ麺なのだ。ラーメンもおいしいが、まだまだ暑いからな。つけ麺の方がさっぱりと食べられるのだ。おっと、つけ麺はラーメンと認めない、なんて不毛な争いをしてはいけないぞ? どっちもおいしいから、それでいいのだ」
ルナは、水を注いで、それから火にかけた。
たっぷりの水だ。
沸騰したところで、市販の生中華麺をほぐしながら入れる。
「水はたっぷりなのだ。沸騰するのが遅くなるからといって、少なくしてはいけないぞ? 少ないと麺がくっついたりするからな。麺は市販のもので大丈夫なのだ。手打ちするなんて、よほどの凝り性でない限りできないからな。また、やったとしても美味しくならん」
ぐつぐつと沸騰するお湯で麺を茹でる。
菜箸で麺をかき混ぜるのも忘れない。
「指定の時間の30秒くらい経ったら、そこで終わり。冷水で冷やして、キュッとしめるのだ。麺の種類にもよるが、少し早めにあげるのがポイントなのだ。お湯からあげてザルに移す、までの間にちょこっと時間がかかるからな。その間、余熱が通ってしまうので、少し早めにあげるというわけなのだ」
ルナはしっかりと冷水で麺をしめる。
「硬い麺がいい人は、さらに早めに。柔らかい方が好きという人は、さらに1分プラス、というところだな。その辺はお好みなのだ。我が姉のように、30分も茹でるとか、そんな極端なことをしなければ、多少の調整はまったく問題ないのだ」
30分も茹でられた麺は、原型を保つことはなくて、合体してしまっていた。
さらに、どろりとスライムのように。
その時のことを思い出して、ルナは顔を青くした。
「あぁ、やめて、そんなものを食べさせないでください、お願い、なんでもしますからそれだけは……はっ!?」
虚ろになっていたルナの目に光が灯る。
「し、失礼なのだ。ちょっとトラウマを思い出してしまったのだ」
こほんと咳払い。
気を取り直して続きへ。
「次は、つけ汁なのだ。基本、市販のつけ麺には、だいたいタレがセットになっているのだ。でも、今回はそれをさらにワンランクアップさせるコツを教えるのだ」
付属のタレを取り出して、器に注ぐ。
それからルナは、ネギとレモン。
みりんとごま油とラー油。
「付属のタレに、レモンを加えて酸味をプラスするのだ。酢でもよいぞ? こうすると、さっぱりして、美味しく食べられるのだ」
ルナはレモンを絞る。
「それから、刻んだネギ。みりんを加えて、味を調整。さらに、香り付けにごま油と、ちょっとしたアクセントにラー油。これで、タレは完成なのだ」
基本、市販のタレは濃い。
薄いと味のパンチ力がなくなり、商品の印象が薄れてしまうからだ。
もちろん、食べられないほど濃いものではない。
多くの人の好みに合うように調整されている。
それでも、濃いと思う人は濃い。
そんな人のために、ルナは色々な調味料などを加えて、さっぱりと食べられるように仕上げたのだ。
「最後に、麺の方に氷を入れてもいいぞ。最後まで冷たく食べられるからな。ただ、その場合は麺に水がついて、食べ進めていくとちょっとタレが薄くなるから、濃い目にするため醤油を足してもいいな」
「いいえ、それだけでは足りません」
「ひぃ!? わ、我が姉よ!?」
どこからともなくソラが現れた。
大魔王と遭遇したような感じで、ルナが腰を抜かす。
「さきほどから見ていれば、なんですか、この料理は。肝心のものが足りていないじゃないですか」
「か、肝心なもの……?」
「料理はレシピが全てではありません。アレンジが全てではありません」
どの口が言う、というブーイングがまたもどこからか聞こえてきそうだった。
「それよりも前に、大事なものがあるでしょう」
「な、なんなのだ、それは……?」
「愛情です」
「……む?」
ルナは、鳩が豆てっぽうを受けたような顔になった。
そんな妹を気にすることなく、ソラは得意そうに語る。
「料理は愛情です。なによりもまず、それが一番大事なんです。食べてもらう人のことを考えて、その人のためだけに作る。味を整える。それが大事なんですよ?」
「まあ、それは……」
我が姉にしてはまともなことを言うな?
はっ!?
もしかしたら、こやつ、偽物!?
……なんて、ルナが失礼なことを考えていることに気づかず、ソラは続ける。
「なので、最後の一手間を加えないといけません」
「そ、それはいったい……?」
「これです」
ソラはつけ麺の前に立ち、両手をかざす。
「ソラのお願い☆ おいしくなーれ♪ おいしくなーれ♪ るんるんるん」
「……」
痛い。
あまりにも痛すぎる。
姉の痴態に耐えきれず、ルナはその意識をそっと手放した。
……後日。
ソラが妙なおまじないを始めたことで仲間達からものすごく心配されたが、それはまた別の話。