11月4日 いいよの日
高橋 バイトの先輩。記念日に詳しい。「いいよいいよ」ってよく言う。よくなくても言ってることがある。
田中 バイトの後輩。「〜っす」が口癖。「いいよ」ってよく言われる。いろんな意味で。
田中太郎 田中の兄。高校時代は4番キャッチャー。
ここはとある郊外のコンビニ。
「高橋さんって滅多に怒らないっすよね」
「そうか?ちょくちょく怒ってるつもりだけど」
「ほら、陰キャとかぼっちとかいわれても全然怒らないじゃないっすか」
「それ直接言ってくるの君だけだけどな」
「そこで怒らないから相手が調子に乗るんすよ!ちゃんと怒らないと!」
「それは君の匙加減だろ…まあ事実陰キャでぼっちだしな。本当のことに怒ってもしょうがないだろ」
「イジってるぼくがいうのもなんですけどそれはちょっと達観しすぎだと思うんすけど…でも他のことでももっと怒っていいと思いますよ」
「たとえば?」
「たとえばメガネを壊されたり、家で吐かれてマットレスをダメにされたり、肋骨を折られたり…」(ズーン)
「思い出してる君の方がダメージ受けてんじゃねーか…ほんとに大丈夫だから、もう気にしないでくれよ。そういう田中くんはときどき怒ってるな。太郎くん相手が多いけど」
「あの男は的確にぼくの怒りポイントをついてくるんすよ!たまに後日思い出し怒りすることもあるくらいムカつきますからね!」
「なんだそりゃ…」
「そんなことより高橋さんの話っすよ!なんか最近怒った話、略して怒バナはないんすか?」
「懐かしのサイコロトークの番組みたいな略し方だな…そうだな…この前代打で夕勤入ってそのまま予定の夜勤をしたことがあるんだけど、夜勤明けに店長からおすすめコーナーの入れ替えの手伝いを頼まれてな」
「働きすぎでしょ…そんなに設置に手間取る特集だったんすか?」
「ほら、この前謎にイルミネーションがあった日のやつだよ。稀にあるんだよな、店長の気まぐれイルミネーション」
「なんすかそれ…サラダじゃないんすから…」
「それが昼過ぎまでかかって、そのまま研究室に行ったけど予定がおして、不眠のまままた夜勤に入ったときは寝不足でイライラしてたな」
「そりゃそうでしょ…ん?イルミネーションがあった日の夜勤って…ぼくと一緒じゃなかったっすか?」
「そうそう。俺が眠そうにしてたから、田中くんから体調管理に関して叱られたんだよな」
「…ぼく1時間弱ぐらい語りませんでしたっけ…?す、すみません、そんな過酷な日だったとは知らずに…やっぱり内心怒ってましたか…?」
「なんで?俺のこと心配して言ってくれてただろ?耳は痛いが怒る要素ないだろ。あのとき怒ったのは休憩中にスマホの指紋認証が3回連続で失敗したときだな」
「怒りのツボがよくわかんないっす…でも…そういう物事の捉え方するの、高橋さんは得意っすよね。なんというか…優しくていいと思います」
「そ、そうかな。まあ怒らなくてすむならそれに越したことはないしな。それに今日は11月4日でいいよの日だし」
「…」
「待て、親父ギャグじゃないからな。実際にある記念日だ」
「あっ、そうなんすか!あやうく殺意の波動に目覚めるところでしたよ!」
「あぶねぇ…いいよの日は聴きプロの北原由美さんが制定した記念日だ。『いいよ』とほめる社会、『いいよ』と許す社会になればとの願いが込められているそうだ」
「聴きプロ?」
「文字通り話を聴くプロの人だな。どんな思いも人それぞれの大切な感情の一部であり、それを否定も肯定もせずに受け止めてくれるらしい」
「なるほど、それはプロのワザっすね!…ぼくも怒らず『いいよ』って許すような人間になるべきっすかね?」
「うーん、どうだろうな。個人的には怒ることは悪いことじゃないと思うぞ。譲れないところがあるってことだしな。まあ田中くんらしくいるのが1番じゃないかな」
「高橋さん、いいこと言いますね!もしかして聴きプロだったりとか?」
「いや、違うけど…あーそういやちょっと怒ってることあったわ」
「おっ、なんすか?」
「君、漫画をうちに追加で置き過ぎだろ。たしかに持ってきてもいいとは言ったが、すでに最初の倍ぐらいになってんじゃねーか」
「うっ…あはは…ほ、ほら!今日はいいよの日ですし!大目に見ていただくということで…」
「あのなぁ…まあいいけどさ…」
「あはは…ほんとにすみません…」