10月26日 柿の日
高橋 バイトの先輩。記念日に詳しい。柿は好き。好きな柿は次郎柿。
田中 バイトの後輩。「〜っす」が口癖。柿は好き。干し柿の方が好き。
ここはとある郊外のコンビニ。
「高橋さん…ひっく…助けてください…ひっく」
「ど、どうした⁉︎泣いてる…わけじゃなさそうだな。もしかしてしゃっくりか?」
「そうなんすよ…ひっく…休憩時間の途中から止まらなくて…水を飲んだり、呼吸を止めて1秒真剣な眼をしたりしたんすけど効果なくて…」
「タッチじゃねーか。でも息止めるのももうやったんだろ?」
「はい…ひっく…3分ぐらい息止めしたんすけど、ひっく…止まらなくてですね…」
「肺活量えげつないな…うーん…海外だと紙袋を口に当てて呼吸するって止め方があるんじゃなかったかな?」
「それ、過呼吸のときじゃ、ひっく…ないんすか?」
「いやたしかしゃっくりにも使うはず。民間療法だろうけどな。そういや店長のおすすめコーナーに紙袋売ってなかったっけ?」
「ひっく…売ってますけど、1000袋セットでしたよ…ひっく…さすがにそんなにいらないっす…ひっく」
「そりゃそうか…じゃあレジにあるのを使おう。はい、試してみたら?」
「ありがとうございます…スー…フー…」
「どうだ?」
「…!止まりましたね!よかっ、ひっく…」
「ダメか…なかなか手強いしゃっくりだな」
「ぼくもうこのまま死ぬんすかね…ひっく…」
「死にはしないと思うけど…他には…舌を思いっきり引っ張るってのも聞いたことあるぞ」
「めっちゃ痛そうっすね…ひっく…それ誰に頼んだらいいんすかね?ひっく。閻魔様っすか?」
「そのまま引っこ抜かれるぞ…この場でやるなら俺だが…あんまりやりたくはないな、人の舌を引っ張るって…」
「ぼくも勘弁してほしいっす…ひっく…あー、しんどい…ひっく」
「他の方法…そうだ、柿のへただ」
「柿のへた?ひっく」
「しゃっくりが止まらないときに柿のへたを煎じて飲むって治療があったはず。果物の柿な」
「えー、効くんすかね…?ひっく…でもこれが止まるならなんでもいいっす…ひっく…柿なんて置いてましたっけ?」
「まかせろ。今日はたまたま柿を持ってるから」
「…柿ってたまたま持ってるようなものじゃないと思うんすけど…ひっく…なんで持ってるんすか?」
「日付変わって今日は柿の日だからな。バイト前に買ってきておいたんだ」
「柿の日?ひっく」
「全国果樹研究連合会カキ部会が制定した記念日で、柿の販売促進を目的とした日だそうだ。日付は俳人の正岡子規が1895年のこの日からの奈良旅行で、『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』って俳句を詠んだことに由来してる」
「へー…ひっく…」
「まあ試してみようか。ここのシンクの収納は謎に調理器具が揃ってるし。包丁もすり鉢もすりこぎもあるからな。へたとるだけじゃなんだから、ついでに柿も食べようぜ」
「あ、ぼくやりますよ。ひっく」
「しゃっくりで手元狂うかもしれないだろ?まかせとけ」
「すみません…ひっく…ありがとうございます」
「いいよいいよ。…田中くんとバイトするのもこれで最後だしな…このくらいやってやるよ」
「…えっ?ど、どういうことっすか…?」
「今日研究関係の国内留学の枠が突然空いたらしくてな。北海道の方なんだけど。せっかく声かけてもらったから行こうかと思って」
「…いつからっすか?」
「11月から。引っ越しなんかの準備があるから、無理言って今日でバイトを辞めさせてもらうことにしたんだよ」
「りゅ、留学ってことはこっちに戻ってくるんすよね⁉︎」
「どうだろうな…うまくいけばあっちに定住かも。あっ、マンションはしばらくそのままにしとくから自由に使ってくれ」
「…」(じわぁ)
「そんなわけで…って、うぇ⁉︎」
「う…あ…」(ポロポロ)
「待て待て待て⁉︎泣かないでくれ!嘘だよ、嘘!冗談だから‼︎」
「…えっ?」(ポロポロ)
「驚かせたらしゃっくりが止まるかと思って…すまん、明日からも普通にバイトしてるから…」
「…よかったぁ…グスッ…これで…お別れなのかと…グスッ…」
「本当に申し訳ない…ちなみにしゃっくり止まった?」
「…止まりましたね…ありがとうございます…グスッ…代わりに高橋さんの息の根も止めていいっすか?」
「やめて、ほんとに悪かったから」