9月21日 スケッチブックの日
高橋 バイトの先輩。記念日に詳しい。スケッチブックといえばテレビのカンペ。
田中 バイトの後輩。「〜っす」が口癖。スケッチブックといえばいつもここから。
滝川 バイト仲間。本名は滝川 照。あだ名は「クリス」(命名 田中) スケッチブックを持って写生に行くのが趣味。
なぜかホラーになりました。なぜ…?
ここはとある郊外のコンビニ。
「はあ…」
「どうした?店長のおすすめコーナーの前でため息なんかついて」
「あ、高橋さん…ちょっとこのPOPを見てくださいよ」
「どれどれ。へー、可愛らしい絵だな。酔っ払ったネコかな?この丸文字は店長の筆跡じゃないな。誰が作ったんだろう?」
「これですね、クリスちゃんが作ったんすよ」
「滝川くんが?うまいもんだな。ん?ため息の理由がみえないんだが?」
「これめっちゃ可愛いじゃないっすか!そりゃため息もでますよ!」
「ああ…感嘆のため息だったか…」
「あの美少女がこんなに可愛いものを生み出すなんて…これは人間国宝かノーベル平和賞に認定した方がよくないっすか?」
「君は滝川くん絡みのことだとおかしなことを言い出すな…あとPOPは可愛いが、売ってるものは可愛くないな…スピリタスって…」
「アルコール度数96%っすか…でもこのPOPの可愛さがあればぼくにも飲めるかも…」
「やめとけ。ただでさえ酒弱いんだから…しかしこういうPOPを作れるのはすごいな。尊敬するわ」
「高橋さん、字が独特っすもんね。絵はどうなんすか?」
「普通だと思ってはいるが…どうだろうな。あんまり日常的に描くわけでもないし」
「あれ?でも今日スケッチブック持ってませんでした?あれはなんに使うんすか?」
「ああ、今日文房具屋に行ったときに、スケッチブックの日だったの思い出したから買ってみたんだよ」
「スケッチブックの日っすか?」
「うん。日本を代表するスケッチブックメーカーのマルマン株式会社が創業100周年を記念して制定した記念日なんだ。日付は1920年9月21日が創業日ってとこからきてる。ちょっと待っててくれ…ほら、これが今日買ったスケッチブック。見たことあるだろ?」
「あ、たしかにスケッチブックといえばこのデザインっすね。100年も歴史があるとこが作ってたんすねー(ペラッ)ん?」
「あっ」
「これ高橋さんが描いたんすか?犬の絵っすよね?」
「あ、ああ」
「可愛いじゃないっすか!こういうデフォルメした感じ絵を描くんすねー ちょっとイメージと違うっす」
「妹と弟の子守をしてたときに、あの2人がこういう絵が好きだからよく描いてたんだ。そのときの癖が抜けなくてな…も、もういいだろ、返してくれよ」
「えー、いいじゃないっすかー ぼくこの絵好きっすよ!あっ、こっちは猫っすね」
「なんか恥ずかしいな…そういう田中くんは絵はどうなんだ?」
「実は超苦手なんすよね…見た人からは大体、『独特な絵』だって言われます」
「ふーん、ちょっと見てみたいな」
「いや、それはちょっと…」
「こっちの絵は見ただろ?…まあ無理にとは言わないが」
「うーん…じゃあちょっとだけ描きます。…笑わないでくださいよ?」
「ああ」
「描けたっす。犬の絵です」
「どれどれ」
一目見た瞬間に戦慄が走った。半ば無理矢理絵を描かせたのだから笑ったりしないようにと気をつけていたが、予想の斜め上の絵だった。…犬って言ってたよな?なんで火を吹いてるんだ?…いや違う。これは舌だ。顔よりも大きいが、おそらくそうだろう。体は異様に小さく、足が5本生えている。いや、1本は尻尾か。全体的に線が歪んでいるため、アメーバ状にも見える。体中に風穴があいているようにみえたが、おそらくぶち模様なのだろう。
しかし、これまで挙げた点など気にならないほどにこの絵を異様たらしめているのは眼だ。その他の部分に比べて凄まじく描き込まれており、その眼は虚そのものだ。引き込まれる…まるで深淵を覗いているかのように…
「高橋さん!」
「はっ!」
「大丈夫っすか?呼びかけても返事がなかったんで心配しましたよ」
「あ、ああ、すまん。なんというか…独特な絵だな」
「やっぱりその感想なんすね…自分としては普通だと思うんすけどねー」
「…これもらっていいか?」
「えー、恥ずかしいんですぐに捨ててくださいよー」
「そうか…そうだな。無理に描いてもらって悪かったな」
「いえいえ。でもぼくの絵ってなぜか欲しがる人が一定数いるんすよね。いつも断るんすけど、小、中、高で4回掲示してあった絵が盗まれたことがあります」
「それはすごいな。でもちょっとわかるわ。なんか不思議な魅力があるんだよな」
「ふふん!ぼくの魅力がなせる技かもしれないっすね!」
「ふふふ、そうだな」
後日知ったことだが、田中くんの絵を盗んだ犯人のうち、2人は行方不明、1人は餓死寸前で発見され、1人は精神科病院に入院しているらしい。偶然かはたまたあの絵に引き込まれたのか…あのとき絵をもらわなくて本当によかったと思う。