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とある少女の視点にて③



太陽がようやく顔を出し始めた早朝。わたしは、まだ誰もいない広い訓練所の真ん中に立ち、一本の槍を両手で構えていた。





槍……といってもその刃は木でできており、殺傷能力はない。






そんなわたしに向き合うは、二つの拳をつくったアン様だ。





彼女の手に武器はなく、その細い腕が二本あるだけだ。





この方は、戦うときにこれといった武器を使わない。別に剣や槍が使えないわけではないのだが、どうやらそこまですべき敵がいないようだった。





なんでも少し前、S級の魔物である『ルビィドラゴン』を倒したらしく、その経験値によってレベルがかなり上がったのだという。






ただでさえ種族としては最強に近い半魔族。アン様は、それに加えてとんでもないレベルとステータスを所持しているのだ。






そりゃ強いに決まっている。







そんなアン様とこれから一戦交えるわたしは、己に気合いを入れるように声を張り上げる。






「では、アン様!! いくでありますよ!」





それに、少しゆったりとした落ち着きのある声が返ってきた。






「はい、いいですよ!」







わたしはニヤリと笑う。






「……では!!!!」






ダッッ!





その瞬間、わたしは思い切り地面を蹴った。





出来るだけ素早く、交互に足を進める。一気にアン様との距離をつめようと、ひたすら交互に左右の足を回転させる。






アン様は一歩も動かない。あの普通に立っただけの状態から、わたしの攻撃をいなすつもりなのだろう。





わたしはそれを見て、より一層脚に力を入れて、一歩の幅を大きくする。





槍の先をアン様の胸元に向け、そのまま突撃する。







こちらを見て優しく笑う彼女との距離が、次第に小さくなっていく。






一歩、また一歩……







「はぁぁぁああああ!!!!」







そして、いよいよ刃先がアン様の急所……心臓の目前へと迫る。







「もらったであります!」








その時だ。







……スッ







目標が直前、目にも留まらぬ速さで左に体をそらせた。







本来アン様の胸元を狙っていた槍が空を切る。







「ふふっ、私もそう簡単にはやられませんよ」





すると。その状況を待っていたかのようにアン様の方から手が伸びてきた。






その手は、わたしが突き出した槍をつかもうと伸びる。





武器を掴まれたらなすすべがなくなるのは、言わずもがな明白だった。そこでわたしは槍を持つ手にスナップを利かせて、刃の部分をアン様の方へと向けた。







そしてそのまま一閃……







……ビュンッ!






掴もうとする腕ごと弾き飛ばそうと、思い切った槍による横払い。








この素早い切り替えによる連続の攻撃は流石に防げないだろう……






槍はぶれることなく、最短最速でアン様のももへと向かう。寸止めする躊躇などない。全身全霊をかけた攻撃。







……しかし、その槍はものの数秒で止まることになる。






アン様の言葉とともに。







「マユコさん、今のはなかなかいい攻撃でしたよ!」






「……は、ははっ、これすら止めるでありますか」








驚きで乾いた笑いをあげながらも、内心ではやっぱりか、と納得する自分がいる。







視点を槍の方へと動かすと、やはりわたしの振るった槍は、物の見事にアン様に止められていた。







それも、たった人差し指一本で。







グッと力を加えるが、その槍が動くことはない。アン様の方へと向かった槍は、彼女が前に突き出した人差し指によって、それ以上にアン様の方へ進むことを遮られていた。






アン様は、真っ直ぐ立ったまま私の攻撃を止める。






すると、その制止を打ち破るようにアン様が口を開いた。







「では、次は私の番ですね?」






そう言った瞬間、わたしの理解が追いつく前に、己の腹のあたりに衝撃が生まれた。







……ブワァァアンッッツツ!!!!







腹を中心に、とんでもない風圧が襲いかかってくる。






物理的な攻撃は来ない。ただ、その風圧だけで体がくの字に折れ曲がる。






「…………ゴハッ!?」







息ができない。






唾が口から溢れ出し、意識が持っていかれそうになる。






全身から冷や汗が流れ、目線が衝撃のあった方に向けられた。






そこには自分の体の直前で止められた脚があった。







それを見てようやく理解が可能となる。

アン様は、素早い蹴りを放ったのだ。いや、正しくは手加減して、蹴りを寸止めしたのだ。






「はぁ……はぁ……さすがであります。アン様」






頬を伝う汗を自覚しながら、アン様の方へと目を向ける。





「いえいえ、私なんて彼の方に比べたら……まだまだです」






そういって笑う彼女は、そんなセリフのわりには、その『彼の方』とやらを思い出してか、なんとなく嬉しそうな顔をしていた。





わたしは負けを示すように、槍を地面に放り投げた。






「あぁ、これが記念すべき百敗目でありますな」






すると、アン様はあげた脚を下ろし、こちらに微笑み掛けてきた。





「安心してください。マユコさんはきっちり強くなってますから! 私が保証します!」





「アン様の保証なら、間違いないであります!」





そんな会話をしていると、訓練場の出入り口の方からこちらに向けての大きな声が聞こえてきた。






「おーい二人ともぉお!! 交代の時間だぞ!!」






その声を聞いて、わたし達の顔はそちらを向く。







その目線の先にいたのは、筋肉隆々の男性だ。目立つ金色の髪と、かなり優れたルックス。街中を歩いていれば、色めく町娘たちは間違いなく振り返るであろう……というより、実際に街を歩いていれば大勢の女子が振り返った。





それに彼は、ルックスだけでモテているというわけではない。





彼の名前はジャニー。

その枕詞には『自警団イーストシティ支部団長』がつく、超エリートなのだ。






しかし、そんな彼の前でもアン様の表情はなんら変わらない。顔を赤らめることもなく、いつものように佇んでいる。






ちなみに、わたしも町娘のような顔になることはない。なにせ、彼は『彼女』ではなく『彼』……れっきとした男なのだ。





わたしが男にときめくなんてことはありえない……そう、あり得ないのだ。







「どうやら、夜の班が帰ったみたいですね。私たちも見回りの準備をしに戻りましょうか」




「はいであります! アン様」






そう言って、わたしは地面に落ちたままの木でできた槍を持ち上げると、団長の方へと足を進めた。



アン様が隣に駆け足で並ぶ。







そのまま訓練場の出口に近づくと、壁にもたれかかって腕を組んでいた団長が、横目でアン様の方を向いた。






「あの……だな、アン殿」






団長は、少し申し訳なさそうに頬をかく。






「実は、『半魔の英雄』……アン殿にお貴族様から、第二夫人に来ないかってお誘いが来てるんだが……」







わたしは、ため息混じりにアン様の方を向いた。





「はぁ……また、でありますか」






そう、『また』なのだ。初めは嫌われ者の半魔族であったアン様も、今では半魔の英雄としてこの街で地位を築きつつある。


もともとアン様の容姿は、女のわたしでも時より見せる仕草にドキリとするほど整っているのだ。それに加えて、この健気な性格である。




街のお貴族様が手に入れようとするのも頷ける話だ。






すると、そらにアン様がいつものようににこやかに答える。





「すみません、またジャニー様にご迷惑をおかけすることになるとは思いますが、お断りください」







そう、いつも控えめなアン様ではあるが、この手の話に首を縦に振らない。






そのなにも受け付けないような言葉を聞いた団長が、仕方ないといったようにわずかに頬を上げた。





「まっ、そうだよな! 気にするな! 念のために聞いただけだ」




「ですが、本当に貴族の方々は物好きが多いですね? 私には何の魅力も無いと思うのですが……」





私はアン様の方を向いて、思わずため息が漏れる。





「はぁ……アン様、そういうところですよ」






この方は、自分の魅力を半分……いや、微塵も分かっていない。




さっきの発言だって、アン様の本心からの言葉なのだ。アン様は、自分の可愛らしい顔を自慢することもなく、己の強さに奢ることもない。






まさに完成された天然美女。






私がそんなアン様を見ていると、団長がこちらに背を向けて訓練場から離れ始めた。





しかし、数歩のところで足を止めてアン様には問いかける。





「アン殿、貴族になりゃ金も名誉も好きにできるってのに……やっぱり『あいつ』は譲れないのか?」






アン様はそれに静かに頷く。





「はい、『彼の方』こそ私の生きる意味なので」







あいつ……彼の方……







詳しくは知らないが、アン様の命の恩人であるらしい。







そうして休みに入る団長を見送った後、わたし達も朝食を食べるべくギルドの待合室の方へと歩き出した。


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