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とある少女の視点にて②




「おはようございます。マユコさんは、今日も早いですね」





上司にあたるアン様が、イスに腰かけたままいつものように敬語で話しかけてくださる。




わたしはそんな彼女に顔を向けながらも、入り口の扉から離れて、自分のロッカーへと向かう。






「はい! ずっとアン様の隣にい続けるためにも、『副団長補佐』という役割から落ちるわけにはいかないでありますから!」






アン様は、副団長……そして、わたしはそんな彼女を最も近くから支える副団長補佐なのだ。


それなりの役職に着こうと思えば、それだけ強さが必須なこの業界。もちろん、副団長補佐も立派な階級で、相応の力が必要だ。



わたしは、その相応の力とやらを手に入れるために、毎日こうして早朝トレーニングを行っているのだ。





ロッカーに手をかけ、中から槍を取り出す。すると同時に、女の子らしさのない簡素なロッカーの中身がからになった。





「アン様、おヒマでしたら、夜の見回り隊が帰ってくるまで、朝の訓練に付き合ってもらえないでありますか?」





「はい、もちろん構いませんよ? 私もいざという時のために鍛えないといけませんから」





そんな慈愛に満ちた言葉を聞いて、思わずその場にこうべを垂れそうになる……が、流石に変な子だと思われそうだったから堪えた。







アン様はこういった心配りが出来るからこそ、巷では『半魔の英雄』なんて二つ名がつくのだろう。





彼女はこれまで人族にひどい扱いをされ続けたらしい。それが、あることがきっかけで、こうして人族を助ける立場へと変化していったのだという。







アン様という半魔族のおかげで、最近では半魔族に対する差別やら偏見やらは少しずつ減ってきているようだ。


しかし、半魔族が酷い扱いを受けていたことにすら気づかず、のほほんと生きていた過去の自分が恥ずかしくなってくる。







わたしが槍片手に空っぽになったロッカーと向かい合っていると、後ろから声をかけられた。





「……マユコさん? どうかしたんですか?」





わたしは、聞いてもいいのかという不安と、何も出来なかったのに、という申し訳なさに顔を少しだけ歪めながら、アン様の方を向いた。







「……失礼を承知で聞いてもよろしいでありますか?」





そう尋ねると、アン様はキョトンと首を傾げながら、こちらを向いた。




「……? 私に答えられることなら何なりとどうぞ」




その言葉を受け、咳払い一つしてわたしは再び口を開いた。






「アン様は、人族のことをどう思っているのでありますか?」





「……どう、と言うのは?」




「はい……アン様は、つい最近まで人族に酷いことをいっぱいされてきたと聞いたであります。きっと、たくさんの恨みがあったはず……ですが、今は人族のために拳を振るっているであります。そのことについて、少し気になったのであります」





わたしが、中途半端な質問で終わってしまわないように、思っていたことを全部ぶつけると、アン様は椅子に座ったままニッコリと笑んだ。






「たしかに、私は人族に酷い扱いを受けてきました」





普段から晴れやかな笑顔を見せてくれるアン様が、眉を八の字にして少し困ったように笑う。





「ですが、その人族とはあくまで『一部の』人族。悪い人族がいるように、悪い亜人族も、もちろん悪い半魔族だっています。逆に、良い人族も……そこの善悪を、種族でくくってしまうのは、違うと気がついたんです」






アン様は、良い人族のところで、誰かの顔を思い出したようで、これまでになく笑顔になった。





「ですから、私は別に人族を恨んでいません。それに、私は変わりたいんです。過去の弱かった自分から」





「そう、で、ありますか……」





わたしは、そう呟くことしかできなかった。この場にふさわしい言葉はいくらでもあった。素晴らしい考えだと崇めることもできたし、尊敬のすることだって出来た。








でも、わたしはそれをしなかった。








そんな薄っぺらな感情の一部分では、アン様のその心に対して失礼に当たると思ったからだ。







何を大げさに……と、差別を受けたことのない人たちは言うだろう。わたしだって差別は受けたことがないし、わたしごときが分かったような口を利く気もない。







それでも、わたしは知っているのだ。







嫌いだった『人種』を好きになることの難しさを。過去の弱い自分から変わることの難しさを。







わたしは、過去に『男』にされてきたことを思い出しながら、改めてアン様の方を向いた。






「さぁ、アン様! さっそく訓練所まで行くであります!」




「……? はい、もちろん! 行きましょうか」






アン様が、木でできた椅子からカタコトと音を立てて立ち上がった。






その時、なんだか良い香りがふわりとした。




くねりと曲がったツノが小豆色の髪の間からこちらを覗く。





それは、半分魔族の血が流れている証であり、同時にアン様を精神的に長い間傷つけてきた原因だ。





わたしの目はそこに釘付けになる。






何故だかわからない。普段からアン様の側に控える者として見慣れているはずなのだが、ただ、今日はいつになく……これまでにないくらいに……






それが美しく見えたのだ。

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