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とある少女の視点にて①




「父上、行ってくるであります!」



「おう、今日も頑張れよマユコ」





父のその言葉を背に、わたしは家を飛び出した。





夜明け前、空はうっすらと藍色の染料をこぼしたような色をしていた。

しかしその中で、遠い、遠い東の空はほんのりと暖色を帯びており、橙とも黄色とも赤とも言えるような神々しさを放っている。






家を出たわたしは、そんな空の下を目的地めがけて一直線に駆けていく。






地面にはレンガが敷き詰められており、一歩足を進めるたびに、靴とレンガが擦れてスッスッと気前のいい音を立てる。






わたしが歩くここは、王都『イーストシティ』イスト帝国の中心地にして、あらゆる物が、人が、集まる地。






わたしはここで、この街を守る役割……『自警団』を生業としていた。胸元のバッジがそれを証明している。






騎士団が王直属の兵士なら、わたしたち自警団はこの街の兵士。






この街の西側で犯罪が起これば、すぐ西に駆けつけ、引っ捕らえる。


東側で馬車の下敷きになった子供がいれば、すぐ東に駆けつけ、馬車を持ち上げる。


北で喧嘩が起これば、すぐに北に駆けつけ、仲裁を行う。


南に悪の教団があれば、すぐに南へ駆けつけ、それを壊滅させる。


街の外に危険な魔物が出れば、すぐにそこへと駆けつけ、そいつらを根絶やしにする。







わたしは、そんな自警団の副団長補佐。





加入したのはつい最近だが、自警団に所属するある人への憧れから一心不乱に特訓し、見事にその憧れの人の側に立つ権利を得たのだ。






その憧れの人のことを思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。







「ふふっ、もうお目覚めでありましょうか? 早く会いたいであります」






気分が高揚したせいか、走っていたつもりが、気がつけばスキップに変わっていた。







そんなわたしに、街行く老人の夫婦が声をかけてくる。






「おや、今日も早いねぇ、マユコちゃん」



「マユコちゃんやぁ、今日も、この街は頼んだよぉ!」






もちろん、それにわたしも元気に反応する。






「はい、お任せするであります! あっ、また困ってることがあったら自警団まで来るでありますよ」






通り過ぎながら、わたしは笑顔で二人に手を振る。







彼らが呼んだ名前……『マユコ』がわたしの名前だ。






果物屋を営む父がつけてくれた名前……確か由来は、『昆虫のマユは、絹糸として人々に大切に扱われるから。同じように人から大切にされるように……』みたいな感じだったと思う。





ただわたしは、父譲りの太眉で、昔からよく眉毛の子という意味で、男の子から『眉子』とからかわれたものだった。





女友達曰く、「可愛いからついちょっかいをかけたくなるんだよ」とのことだったが、そんなこと信じられなかったわたしは、男という生き物がすべて苦手になった。






「ま、今でも男が嫌いなのは、例の事件があったからでありますが……」






そう呟いて思い出すのは、『ウェスト王国使節団、ラグダの少女誘拐事件』だ。






当時、まだ幼かったわたしは父の果物屋で店番をしていた。すると、下卑た笑いをした男どもがやって来たのだ。そして、わたしを連れ去った。睡眠系の魔術を唱えられ、気がついたら密閉された部屋に閉じ込められていた。





真っ暗な部屋の中、むせび泣く女の子の声が部屋中に響いた。もちろん、わたしもその泣く中の一人。





それから、昼か夜かもわからない部屋に、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと閉じ込められた。





後で聞いた話によると、ラグダという男は所有欲が人一倍強い権力者らしく、可愛い子がいればそれだけで自分のものにしようとしていたらしい。拉致をした子に何をするわけでもないが、自分のもの……そう、『物』として倉庫に放り込むのだ。








しかし……ある日、そんな絶望が渦巻く暗闇の中で、わたしたちは光を目にすることになる。







その光は、突然もたらされた。



これまで、わたしたちをあの世界から逃さなかった壁が……いくら頑張ってもわたしたちが逃げることを拒んできた壁が……







ドンッ……ガラガラガラガラッ!!






こんな音とともに、崩れ落ちたのだ。






その光の先から見えるのは、女性らしい一つの拳。





もちろん、その拳の先にはその拳を振るった人物がいるわけで……








そう、それこそがわたしが敬愛する自警団、副団長様なのだ。当時はまだ自警団に入っていなかったらしいが、それでも正義を遂行するために、あの大使館に乗り込んできたらしい。









「はぁ……かっこよかったでありますなぁ」







すると、そうやってついつい言葉が漏れるわたしの前に、ようやく目的の建物が見えてきた。そこは、自警団の本拠地……警備員ギルドだ。






わたしはそこに着くと、思い切りドアを押した。






すると、目の前のテーブルを挟んだ向こう側に、イスに腰掛ける人物が見えた。






彼女はこちらを見ると、にっこりと微笑んだ。それを見ただけで、体の中のすべての邪が浄化されたようにも感じる。






心が満たされていくのを感じながら、わたしは大きな声を出す。






「おはようございます、『アン』様!!」






こうしてわたしの1日が始まっていく。

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