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戦いの後にて⑤





龍帝たちと話し終わった俺は、何やら宴の中に、人だかりを見つけた。




「……何を見てるんだ?」




その人だかりは、真ん中に位置する誰かのことを囃し立てているようだった。





気になった俺は、そこへ向けて足を進める。





「いいぞぉお!!」


「負けるな副隊長!」


「頑張れよ、領主んとこのおバカちゃん」




近づくと、そんな煽り声が聞こえてくる。




副隊長……ということは、コダマか?




「それじゃあ、おバカちゃんの方は……」





人の頭との間から顔を覗かせると、そこには案の定ヨシミがいた。




「やっぱりお前か……」





その隣には、コダマがいた。二人とも向き合って、地面にお尻をつけてあぐらをかいている。


互いの手には空になったジョッキが握られていて、辺りには空き瓶が転がっていた。





「クックック! 我が宿敵よ……貴様、もう限界だというのか?」




顔を真っ赤にしたヨシミが、上機嫌にコダマを煽る。




「……ヒック! あぁ? 何言ってりゅの? それはこっちのセリフなの! ……ック、しゃっしゃと負けを認めるの!!」




負けじと、呂律の回っていないコダマが言い返す。





てか、子供に酒を飲ませるなよ……





しょうがないなぁ、と頭を掻いた俺の目に、騒動の中でコダマを応援していたコダマの夫が入る。




人混みをかき分けて、その男の後ろから声をかけた。





「よう! 何やってんだ?」




俺の声に気づいたようで、彼は首をこちらに向けた。





「これは、領主様! すみません、うちの副隊長がみっともないところを……」




「まぁ、今日くらいは無礼講ってことでいいんだが……あいつらは、何を意固地になってるんだ?」




すると、コダマの夫は俺から目線を逸らした。




「えーっと、ですね? あの二人、互いに賞金をかけてるんですよ……酒を多く飲めたほうが勝ちってルールで」




……賞金?



それは、あの二人があそこまで必死になるようなものなのだろうか?





「それで、その賞金ってのはなんなんだ?」




「……まぁ、これくらいはいいですかね」




そんな言葉とともに、夫は眉を八の字にして苦笑いぎみに言った。




「ヨシミさんは、『指ぬきグローブ』で副隊長は『レザージャケット』です」





指ぬきグローブに、レザージャケット?





「それって、両方俺があげたやつじゃないか?」




「ええ、二人ともそれのためにあの有様になってるんですよ……まぁ、そういうことです」





なるほどな……






コダマの夫の言葉で、ヨシミとコダマの気持ちがよく分かった。






俺は、やれやれといったように、ため息を一つついて口を開く。






「あいつら、やっぱり子供だなぁ……」





「……は? 領主様は何を……」





「ん? 何をって……あの二人って、ようは互いの持ってるものを欲しがってるんだろ? まさに子供じゃないか」





子供ならではの感情だと思う。大した物ではなくとも、誰かが持っていると、良いもののように見えてしまうのだ。





恐らく、あの二人も普段から身につけているものを見ていて、羨ましくなったのだろう。





俺が一人納得して頷いていると、それを聞いていたコダマの夫が、笑顔を引きつらせた。





「……はぁ、コダマちゃん、大変そうだなぁ」



「……なにがだ?」






そしてこの次の日、ヨシミが俺のところに来て「我の物を渡したくはない……から、コダマの分の指ぬきグローブを作るのだ!」とせがんできたことから、勝ったのはコダマだったのだろう。






そんな未来のことは知らない俺は、反対の方を見る。






「ま、勝敗は気になるけど、俺はあっちで一人酒を飲んでるお爺ちゃんのところに行ってくるよ」





そう言って指を指す先には、木にもたれかかり、おちょこに入れた酒をちょびちょび飲むリューがいた。





「了解しました! 副隊長のこと、よろしくお願いしますね?」



「……? ああ、分かったよ」





コダマの夫に別れを告げ、俺は人気のない木陰へと進む。







「……よう、リュー? 飲んでるか?」




俺がボーっとしていた彼に声をかけると、リューは右頬だけをニヤリと上げた。




「言われんでも……この、なんとも言えん不味さのゴブリンの手料理をつまみにしながらな」




「そりゃ、良かった」




そう言って、俺はその隣にドカリと座る。




「そういえば……お前、ここを出て行くつもりらしいな?」




「せやな……また、なんかやらかす前に立ち去ろう思ってな」





リューは、自身がカオスになってしまってことを引きずっているようだ。





「言っても無駄だとは思うが、この件に関しては、誰も悪くないんだぞ? それは、町のみんなもよく分かってる」





リューが差し出してきた酒を、クイッと飲みながら、言った。





「ははっ、そんな簡単な問題じゃないねん……俺は、これ以上あいつらを傷つけたないんや」




そう言って、リューはまっすぐ前を見る。そこには、肩を組んで歌を歌う獣人とエルフや、腹踊りをして笑いを取る冒険者などがいた。



それをする者も、見るものも……視界に入る全ての者が笑っていた。




「……そうだな、俺もそれには同感だ」



「やろ? 俺はな、あれを壊しかねへん存在やねん」




リューは、ゆっくりとそう告げると、俺の飲み終えたおちょこに酒を注いできた。




「そうか……」


「ああ……」




そこで、俺は思い出したように、手を打った。




「そうだ! あの時は返答できなかったけど、リュー、俺になんかくれるって言ったよな?」





すると、リューはニヤリと笑いながら、こちらを横目で見てきた。




「なんや? それで、俺をくれとかってのは、勘弁してくれや?」




「そんな気持ちの悪いこと言うか!」





しかし、今から言うのはそれとほぼ同じこと……





「お前の奥さん……リウさんだっけ? リウさんとの思い出の地、もう見たくもないって言ってたよな?」



まさか、リウという名が出てくるとは思わなかったのか、リューは少しだけ驚いたような顔を見せた。




「……あぁ、たしかに昔の話した時に言ったやろ」




その返答を待っていた俺は、ニヤリと笑う。




「これは、龍帝に聞いたんだがな? 龍帝の名前を受け継ぐ者たちに代々受け継がれる言葉があるらしい」





先ほど、野菜を取りに行くと足を進めた龍帝が、思い出したように教えてくれた言葉を思い浮かべる。




リューは、初代龍帝だ……が、この言葉は知らないだろう。知るわけがないのだ。





俺は、チカチカと光る焚き木に目を細めながら、言葉を口にする。







「生け贄の少女、この町を枕にして待ち人を待つ」






その瞬間、隣で何かが落ちる音がした。




コトンッ……という優しい音ともに落ちたとは、リューの手に握られていたはずのとっくりだった。



とっくりから漏れ出たお酒が、地面に広がる。




「お前……それって、まさか……」




「あぁ、紛れもなくリウさんとお前の子供たちのことだろな? これをあの初代龍帝に教えてやれって、今の龍帝が言ってたぞ?」




別に俺が今の龍帝に対して、リウさんのことを教えたわけではない。龍帝が、自らの口でそう言ったのだ。





「お前は、またリウさんを待たせる気なのか? 死んだリウさんは、ここで待ってるって言ったんだぞ?」





すると、リューは何がおかしいのか、笑い始めた。


その笑いは、いつものような豪快な笑いだった……が、少し、少しだけ潤んでいるように聞こえた。






「…………ははっ! はっはっはっ!! 俺はまたリウのやつと離れ離れになるところやったんか?」





「あぁ、お前が守ったのは、今ここにいる奴らだけじゃない……この地を築いた全てのものを守ったんだ」






リューは、カオスの原型なのかもしれない……だが、リューの魂が、カオスに抗って出てこなければ、本当にこの町は滅んでいたのだ。





リューがいなければ、この町は滅んでいた。





俺は、カオスとリューが同じものだとは思わない。




「お前がここを守ったおかげで、ここを作り上げてきた過去の人たちの気持ちも守ったんだよ」





それには、もちろんリウさんも含まれるはずだ。






酒が回っているのか、恥ずかしい言葉がポンポンと出てくる。





「だから……お前は、ちゃんとこの町を見ろ! リウさんとの思い出の地を巡れ! それは、全部……お前が守ったものなんだから」






そこまで言い切ると、俺は一旦落ち着いて、再び騒がしい民衆へと目線を合わせた。






「そう……か……」



「ああ、そうなんだよ」



「なら、今度こそ、ちゃんとリウのそばにいてやらなあかんな?」






リューはうつむいており、その表情はわからない……しかし、今のリューなら正しい選択ができるような気がした。






「それじゃ、俺は行くから……」





そう言って、俺は右手を地についてから、立ち上がった。






「なんや? もう行くんか?」





「ああ、どうやら、お前の魂……じゃなくて、体の方に用事がある獣人たちがいるらしいからな」





リューの体……コダマの父親、ガウルとかいう男のものだ。





今、俺の前にはそのガウルに助けられた者たちが、お礼を言おうと俺が立ち去るのを待っていたのだ。





「それに……ガウルさんの許可なくこの町を出たら、あの世でご本人に怒られるぞ?」




「なんやねん……そんなこと言われたら、出て行けへんやないか」




「なら、大人しくこの町にいるんだな。そんで、俺の手助けをしろ」






それだけ言うと、俺はスタスタと足を進めた。

後ろから声が聞こえる。






「はぁ……ところで、お前はそんな決闘に行く前の男みたいなキリッとした顔して、どこに行くんや……?」






なかなかにカッコいい言葉残し、その場を立ち去ろうとする俺に、リューが待ったをかけたのだ。






しかし、俺は足を止めない。





足を進むべき方向へ向けながら、一言だけ呟いた。







「ちょっとばかし、男の戦場へ……」








そうして俺は、力強く地面を踏みしめた。

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