戦いの後にて④
長い目覚めてしばらくしたある日、俺は机で突っ伏していた。片手にはペンを握り、もう片腕には、頭を預けている。
机の上には、大量の紙がこれでもかというほど積まれていた。これらは、カオスの報告書である。
「あぁ……頑張ってる俺に、ご褒美とかないわけ?」
俺がそう尋ねるのは、横に控えていたイチジクに対してだ。彼女は、座ればいいのに、背筋を伸ばしてスラリと立ったまま、横目で俺を見る。
「……黙って働いてください。そもそも、私をいつでも見られるというご褒美が、常にもたらされているではありませんか」
「えぇーー、もっと愛想の良い子がいいなぁ」
ちらりとイチジクを見てそう言うと、イチジクは、その腕の形状を変化させた。
それは、完全なる銃であった。
 
彼女は、無愛想極まれりといった顔で銃口をこちらに向ける。
「……誰の、愛想がないんです?」
……お前以外に誰がいるんだよ!!
 
とは、思っていても口には出さない。
「いやぁ、なんの話だか!? さて、休憩も済んだし、仕事がんばるぞぉ!」
苦笑いをしながらそう言って、俺は再び山積みの紙の上から、一枚目を自分の前に持ってきた。
そんな俺の耳に、イチジクの蚊の鳴くような声が聞こえる。
「私に愛想なんて……胸でも揉ませれば……?」
 
な、なんだとぅ……
正直、イチジクの声ははっきり聞こえた。
だが、ここは聞き逃すか、聞こえてもスルーするところだろう。
これは、紳士として黙っておくのが吉と見た。
そう思って、俺は口を開く。
「イチジク、胸を揉ませてくれるのか?」
「……ええ、いいですよ?」
ま、ま、ま、誠でありますか!?
俺は、目と口をこれでもかというほど大きく開き、イチジクの方を見た。
イチジクは、表情筋をピクリとも動かさずに、俺の目を見ている。
う、うーーん……
俺は、そんなイチジクのなんの照れもしない顔を見て、少しだけ冷静さを取り戻す。
だ、だめだ落ち着け……この手の話には、十中八九裏がある。
  
後から高額な金を請求されたり、触ろうとした瞬間、殺されたり……
しかし、どれだけ考えても、しっくり来る答えが見つからない。
こいつ、何を考えてるんだ……!?
そのとき、一つ確かな答えにたどり着いた。
なんだ、そういうことか……
俺は、余裕の表情でフッと笑う。
「お前、俺に惚れてるのか?」
すると、イチジクは目線をそらしてうんと溜めてから……
「……………………はぁ」
ため息をついた。
え、何この反応!? 違うなら違うでツッコんで欲しかったんだけど?
俺が一人、次の言葉を探していると、ノックもなしにドアが勢いよく開かれた。
「ナベェェエ!!」
……この、バカみたいに騒がしい声を出す奴は、この館に一人しかいない。フードを被る厨二病の少年ヨシミだ。
「なんだ、ヨシミ……また何かやらかしたのか?」
こいつは、大体何か面倒ごとを引っさげてくるのだ。しかも、そのおおよそは自業自得の……
しかし、今回は違ったようで、ヨシミはその頬を膨らませた。
「何故、我が常に問題を起こす前提で話をするのだ」
「じゃあ、何しに来たんだよ? お前の部屋は、この隣だぞ?」
「……もう、ちょっと黙ってろ! 今回は、提案しにきたのだ」
……提案?
俺は黙って、話の続きを促す。
「さっき、始まりの森からエルフたちが帰ってきた。今日はカオスが倒れてからはじめての本格的な狩りなのだ」
それは、報告としてきている。
これまでは、カオスのレベルを上げないように狩りは禁止されていたが、今なら大丈夫ということで、試しに今日はエルフたちに狩りをお願いしていたのだ。
「それなら、知ってるが……?」
まさか、なにか問題があったのだろうか?
しかし、ヨシミの表情を見る限り、そんな知らせではないようだが……
彼は少しだけ笑みながら言った。
「それで、たくさん食料がとれたらしい」
ほほぅ……それは朗報だ。
始まりの森は、もともと多くの生物の住む地、その気になれば、かなり多くの食べ物が手に入ると計算していたが……
カオスが死んだ影響が出ないか心配してたんだよな……
「まぁ、それはいいとして、提案ってのはなんなんだ?」
すると、ヨシミは得意顔で、胸を張った。
「ふふふっ……今日、その食物を使い、宴をしよう!」
「宴……?」
「うむ! 宴だ!」
 
「町のみんなでか?」
「そう! 昨日、隣村に避難していた人たちも帰ってきた。復興も進んでる! カオスを倒した記念に、パーッとやろう!」
宴、か……
「たしかに、みんなカオスのために頑張ってくれたし、たまには息抜きも必要か……」
本音を言うと、俺がこの業務から逃げたかったのだが……イチジクが怖いから決してそんなことは言わない。
俺は、チラリとイチジクの方を見る。
「……お好きにどうぞ」
「よし! なら、今すぐ準備をするぞ、ヨシミ!!」
「任せるのだ!」
そう言ってヨシミはフードより深く被り、きらりと目を輝かせた。
かくして、イスト帝国最北の地、ペイジブルにて多種族による宴が始まった。
参加者は、人族、獣人族、エルフ、それにゴブリンたちもいる。
夕方。
俺は、色々準備をしている間に沈みゆく太陽を背に、彼らの前に立ち、ジョッキを片手に叫ぶ。
「ペイジブルに集いし者たちよ! 俺は、この町の領主をしているシルドーだ!! これから、挨拶をさせてもらう」
「「「うぇーーい!!」」」
こいつら、もう出来上がってるんじゃないだろうな……
「お前らは良くやった! 今回のような偉業を成し遂げられたのも、ここにいるお前ら全員がいたからだ!」
俺は、肩を組み合う獣人族とエルフ族を見ながら、声を張る。
「獣人族だけならこの景色は叶わなかっただろう! エルフ族だけでも、もちろん人族だけでもだ!! それだけじゃない、ここまで復興が進んだのは、ゴブリンたちがいたからだ!」
そこで、俺は拳を固く握り締め、真っ直ぐに前を見つめた。
「これから、沢山の難題がこの町に降りかかるかもしれない! だが、俺は確信している! ここを乗り切ったお前らとなら、どんなことでも乗り越えられると」
そこで訪れる静寂……
「以上だ、あとは思いっきり楽しんでくれ!!」
「「「「「うぉぉおおお」」」」」
その声は、あらゆる方向から聞こえてきた。獣人からもエルフからも、冒険者やゴブリンたちからも……
その瞬間、宴の真ん中に準備しておいた巨大な焚き火に火がともり、各々の顔を眩くてらした。
その光は、これからの町の発展を暗示しているようであった。
いよいよ飲み食いの始まった宴を見ながら、俺は最後に一言だけ言った。
「今日は、日頃の復興作業での汗を洗い流す意味も込めて、この屋敷の大浴場を無料で貸し出している! 時間制だが、男女共に楽しんでいってくれ!」
やはり、大きな風呂というのはどの世界でも嬉しいようだ。人々の喜ぶ顔が目に入る。
それに満足した俺は、ゆっくりと台を降りた。
そこに、いつにも増して煌びやかな着物を着た龍帝が、シアの乗った車椅子を押しながらやってきた。
「領主よ、思いの外きちんとした演説じゃったぞ?」
「ははっ、そりゃどうも」
思いの外なんて言葉は余計だと思うが、今日は宴だ。まぁよしとしといてやろう。
「ちょ、ちょっと! 龍帝様!! お姉ちゃんは私が押すから、龍帝様がそんなことしなくても!!」
よく見れば、龍帝の後ろには、シルも付いてきていたようだ。
彼女は、龍帝の周りをワタワタと動き回って、龍帝様にそんなことさせられない! と困っていた。
俺は、気を利かせて龍帝に言ってやる。
「龍帝、お前はシアのために……と思ってしてるのかもしれないけど、シルが困ってるぞ? ちなみに、シアも」
そう、車椅子に座るシアも、おこがましい……といった様子で、萎縮していたのだ。
しかし、龍帝もそれには気づいていたようだ。
彼女は目線をそらし、口を尖らせる。
「じゃが、これは唯一今の妾にできる償いなのじゃ……シアがこうなったのも、妾に責任がある。こんなことでは罪滅ぼしにはならんじゃろうが、せめて……」
そこで、龍帝は口をつぐんでしまった。
まぁ、その気持ちは分かるんだけどさぁ……
自分の上司が後ろにずっと張り付いていると想像して欲しい。それこそ、心休まる瞬間がないだろう。
シアはいつもの笑顔で言った。
「龍帝様ぁ? この体は私のものです……どう使おうが、どこを失おうが、私のものなんです……これは、私が望んで行動した結果」
そう言って、シアは笑顔のまま、何もない左足を見た。
「だからぁ……私にとってはこれが正解で、唯一無二の正解、なんですよぉ」
それに付け足すように、龍帝の後ろからシルの声が聞こえた。
「それに、龍帝様が助かったなら、これ以上の喜びはないわ! 普段、龍帝様が私たちのために頑張ってくれていたことは知ってるの……でも、その間私たちは何も出来なかった」
そこで、シルは力強く、後ろから龍帝にだきついた。
「だから、私たちは龍帝様の命を救うなんてことごできて、心の底から嬉しいのよ!!」
  
こいつら、泣かせにきてるなぁ……まぁ、俺は泣かないけど。
そんな彼女らをみて、俺のできることはたかが知れている。
俺は三人に近づくと、腕を組んで宣言した。
「ってことだ! 俺にできるのはエルフたちが自由にこの町に住めるようにすることくらいだが、その辺のことは任せてくれ」
せいぜいできることといえば、場を整えるくらいなものだろう。
もともと、村を破壊されたエルフたちに行き場所はない。
実は、エルフたちが嫌がろうが、この町にエルフたちには住んでもらうつもりでいたのだ。
今更、エルフの村の復興なんてものを手伝わされるなんて面倒臭いし……
「誠に……感謝する」
「いいってことよ! 俺も、綺麗なエルフのお姉様方と一緒にいれて嬉しいわけだしな」
俺がそう言ってサムズアップした手を突き出すと、龍帝はクスリと笑った。
「その綺麗なお姉様には、こんなオババも入っておるのか?」
「ああ、もちろんだろ」
「そうか……しかし、残念じゃったな? 妾があと数十年若ければ、お主に求婚を申し込んでいたのじゃがな……なにぶん、歳をとりすぎたのじゃ」
「……そんなこと気にするなよぉぉ!! いいじゃないか! 今だって! 頑張って俺に求婚をしてくれよ!!」
龍帝みたいに綺麗な姉御に告白なんてされたら、俺は首がちぎれんばかりに首を縦に振るだろうに……
必死でそう言った俺の前で、シアが反応した。
「あらぁ? 領主様の将来の嫁は私じゃなかったかしらぁ? そんな嫁の前で堂々と他の女を口説くなんてぇ……いけない子ねぇ」
「たしかに……なら、二人ともならどうだ?」
「ふふっ、悪くないのじゃ」
「そうねぇ……幸せな家庭が築けそうねぇ」
三人でそうやって和気藹々としていると、後ろからいつもの甲高い声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと! お姉ちゃん!! 龍帝様まで何言ってるのよ! なんで二人とも、こんな男と!?」
「黙るんだ、シル! お前みたいな幼児には関係のない話だ」
「だ、誰が幼児体型のちんちくりんよ!!」
「いや、そこまでは……」
「私だって、まだ成長段階なのよ! これから、おっきくなるんだから!!」
いつものごとくシルをいじって楽しんでいたら、シアがクスクスと笑い声をあげた。
「……あらぁ? わざわざこの話に割って入ってくるなんて、もしかして、シルも領主様のことが好きなのぉ?」
それに、シルは躍起になって返す。
「そんなわけないじゃない!! 誰がこんな冴えない男を」
こいつ、失礼なやつだな……
眉を顰めてそんなことを思う俺の前で、シアが言った。
  
「そう? なら、いいんだけどぉ……」
車椅子の彼女は、少し離れたテーブルの方を指さした。
「そうねぇ、龍帝様? あちらに美味しそうな野菜がありますぅ……行きませんか?」
「む……了解じゃ!」
「シルゥ? おねーちゃんだからって、なんでも譲ってあげるわけじゃないから、覚悟しておくのよぉ」
「なんの話してるのよ!?」
……野菜の話、だよな?
シアは食べ物に厳しいのか?
まぁ、俺には関係のない話か……
そう切り替えて、自分も宴に参加しようとした時、龍帝が進みながら思い出したようにこちらを向いた。
「そういえば領主よ……ゴブリンたちの手料理とお主の作る料理、美味さは全然違うのに、少し似ておる気がするのは、気のせいか?」
それに、俺は笑顔でこう答えた。
「ああ、気のせいだろ」
 




